第9話 町への買い出し2

 門のところには、見張りがいるようだ。

 数人並んでいる。町に入るのに、審査があるのだろうか?

 まるで入国審査みたいだと思いながら、列の後方についてジリジリと進んでいくのを待つ。

 あと一組となったときに、騒がしいオジさんが走って向かってきた。

「エルヴィス様~!! 今回は早くないですか!? す、すぐに用意するので、少しだけお待ちいただいても!!」

「いや、今日は買い物に来ただけだ。ゆっくり見させてくれ」

「そ、そ、そうでしたか~!! それは、失礼いたしました~!! おい! この人達をお通ししなさい!!」

 オジさんは平身低頭している。

 そんなオジさんを気にすることもなく、エルヴィスは門を通過した。


 いいのかな? メッチャ頭下げてるけど。


 門からまっすぐの道沿いには、お店や屋台があり、買い物している人も多くて賑わっていた。

 ここまでの道中、家もまばらで人に会わなかったから、町の中の人の多さに目を丸くする。

 ガヤガヤと騒がしい中を、エルヴィスは迷うことなく、まっすぐ向かっていく。

「おやっさん。これ、頼むよ。今日は、かねに変えてくれ」

 見るからに高級店に入ったエルヴィスは、重そうな布袋を渡した。店主は中を確認すると、

「おっ、今日は多いね。しかもかねにするなんて珍しい」

「今日は買い物にきたんだ」

 遥菜とグレースをチラリと見ると、店主は訳知り顔で頷いた。

 おじさんは中身を取り出す。オレンジ色のピンポン玉より少し小さい宝石。完全な球だったら、ピンポン玉にしか見えなかっただろう。

 色が違うが、前にリーウェイ師長に渡していた魔石だろうか。壁には魔石からお金への変換率、お金から魔石への変換率がかかれている。

 次に取り出したのは、親指大の赤い魔石だった。

「いつも見事だね」

 感嘆の声をあげながら、おじさんは魔石の数を数えている。

「いつもの値段で変えておくよ。買い物じゃあ、細かい方がいいだろ。・・・多いな……。袋に入れて渡すから、確認してくれよ」

 エルヴィスは平然と受け取ったが、硬貨が袋にぎっしり入って重そうだった。




「さて、お昼にしましょうか。もう少し歩いた方が食事処は多いんですが、時間もお昼をかなり過ぎてしまいましたので、ここら辺で食べてもいいですか?」

 お腹が減って、ヘロヘロ。ご飯の後で買い物して、それから歩いて帰ることを考えたら、時間は無駄に出来ない。

「ここら辺で、エルヴィス様の好きなお店はどこですか?」

 レストランというより食堂と呼んだ方が似合う食べ物屋が軒を連ねている。メニューの名前だけでは、どれが美味しいのか、よくわからない。

「あそこの、鶏肉のトマト煮込みが美味しいですよ」


 私にもわかるメニューだった……。


 グレースは疲れはてた顔をしている。


 きっと私も同じ顔をしているのだろう。


 早く食事に漕ぎ着きたい。

「そこにしましょう」

 お昼も過ぎているので、すぐに座れた。トマト煮込みを鍋から皿に盛り付けてパンを添えただけのメニューは、すぐに運ばれてきた。


 ヘトヘトだったから、ありがたい。


 よく煮込まれた鶏肉をスプーンでほぐし、トマトのソースと共に口に運ぶ。

 トマトの酸味と甘味と、鶏肉の旨味が口に広がり・・・うん。普通よね。

 遥菜でも作れそう。

 なにか物足りない。


 まずは、塩ね。


「エルヴィス様、塩は貴重なのですか?」

 塩さえ手に入れば、これより美味しいものが作れそう。ただ、塩が貴重で高価でなければいいけれど……。

「ん? そんなことないですよ。特にうちは、海に近いから、取りに行けば無料みたいなものですね」


 昨日、馬車から見えたものが海だったとして、結構距離があったと思うのだけれど。まぁ、4時間歩く人であれば、近いのかもしれない。


「今日は、必要なものは、買って帰りましょう」

 悩む遥菜を見て、ネイサンが声をかける。

「でも、節約はした方がいいですよね?」

 私は、この世界の相場をしらない。何が高くて何が安いのか?

 ネイサンが、大きく首を降った。

「節約なんて考えてはダメですよ。もう一度買いに来るのは大変です。多めに買って帰りましょう」

 エルヴィスも同意しているし、そんなものだろうか。確かに4時間歩いて買いに来るのだから、買い忘れは避けたい。

 エルヴィスのために、トマト煮込みを作るには鍋も必要か。


 ちょっと待って!! 鍋はあるのだろうか?


 コックは節約のために雇っていないと言っていたし。昨日の食事は鍋の必要ないものばかりだった。

「エルヴィス様。鍋はありますか?」

「あぁ~? あったかなぁ?」

 エルヴィスがネイサンを見ると、ネイサンが「これくらいのものなら」と両手で丸を作った。


 小さいわね。


「ハル様が欲しいものは、買って帰りましょう」

 グレースが「えっ? えっ?」とキョロキョロしているので、どうしたのか聞いてみたら、

「ハル様は、神の御座す地の娘なのに、料理をさせるつもりなのかと思ってですね。私は厨房に立ったことはないので……」

 グレースはお嬢様のようだし、そんなものなのかもしれない。

 私だって独り暮らしで料理を覚えたのだ。エルヴィスは気にしていないようだし、私は料理が出来る。お金はかかるかもしれないが、初期投資だと思って料理器具を買ってもらうことにした。




 遥菜とグレースは、靴と服を買い足さねばならないらしい。

 二人分の靴と厚手の服を買っていると、食事の後、別行動していたネイサンが、台車を押してやってきた。


 この台車に乗せるほど買うつもり??


 次は調理器具を見にきている。ネイサンに聞きながら、大きめの鍋とフライパン、深さのあるお皿とボールを買ってもらった。

 大鍋は少し高いかなと思ったが、そんなものらしい。フライパンも似たような値段だった。

 品物を見ながら歩くと、皮製品が充実しているようだ。靴やバックなども皮で出来ていた。

 農機具、特に鍬を探したのだが、どこにも見当たらなかった。ジョウロの代わりにバケツを買い、小さなスコップだけ買ってもらった。

 絶対にあると思っていた種や苗だが、今のところ見つけられていない。いまから食料品の多いエリアに行くらしいので、そこであればいいのだが。



 エルヴィスとネイサンがワインを品定めしている間に売っているものを確認する。


 採れたて野菜が大量に積み上げられている、イメージだったのだけれど……。

 あまり、生鮮野菜はないみたい。


 ご満悦な二人が、ワインを二箱も台車にのせるのを待って、パン屋にきていた。

 柔らかいパンから固いパンまで色々と揃っているので、それぞれ買ってもらった。エルヴィスは固いパンだけで十分だったようなのだが、遥菜は柔らかいパンも食べたいし、痩せた子供には柔らかい方がいいと思ったのだ。

 一通り見て回ったが、生の野菜が少ない。トマトやパプリカは瓶詰めになっているし、フルーツはジャムに加工されている。

 種がないのなら、野菜の中から取り出せばいいと考えていた遥菜は愕然としてしまった。

 カボチャは半分に割って種を取り出してあるし、葉もの野菜は根の部分が切り取られている。

 小麦は小麦粉になっているし、米も玄米になっていた。

 遥菜が育てられそうだと思ったのは、玉ねぎとジャガイモだけだ。

 日本にいたとき、放置してしまった玉ねぎとジャガイモから芽が出ていたことあったからだ。


 遥菜は、小麦粉とトマトの瓶、玉ねぎとジャガイモを大量に買ってもらった。米は、玄米だったから諦めた。料理方法がわからない。

 他は色々と少しずつ購入した。

 全て買い終えると、ついに台車に乗らなくなり、各自少しづつ抱えて持ちながら、最後に肉屋に向かった。




「たくさんの種類がありますね」

 生肉は豚と鳥が中心だが、干し肉は聞いたことのないものがたくさんあった。

 遥菜が目を輝かせて眺めていると、エルヴィスが申し訳なさそうに謝った。

「なんでも買ってもいいのですが、生肉はダメなのです。帰るまでに痛んでしまいますから」


 そうだった……。4時間くらいかかるんだった。

 ……って!! この荷物を抱えて、4時間!?


 エルヴィスが、他の食材にあうように選んでくれたので、それでよしとする。鳥や豚はわかったけれど、何かわからない肉もあったしね。

 卵だけは、多めにお願いしておいた。


 魚……。痛むか……。

 牛乳も、バターもダメよね……。


 最後に油と、チーズ、砂糖、シナモン、カレー粉を見つけて買ってもらった。




 台車を押して門の方へ向かうと、ネイサンが馬がいるお店に吸い込まれるように入っていった。

 馬車を引き出して、大量の荷物を積み込んでいる。座席にも積み込んでいるようだ。


 よかった。馬車を借りておいてくれたんだ。


 全てのせると、座る部分が狭くなってしまったのだが、歩くよりはいい。

 あまりに狭いので、ネイサンが御者の隣に座った。道案内も兼ねるという。

 グレースが荷物を押さえるために、荷物のとなりに座る。自然と反対側は、遥菜とエルヴィスの二人になる。

 エルヴィスが困惑するくらい狭いのだ。

 小柄なグレースと遥菜が座った方がいい気がするが、そうするとエルヴィスが荷物を押さえることになってしまう。グレースは、頑として自分が押さえると言うだろう。

 仕方がなく隅に座ると、エルヴィスがそっと腰かけた。


 うん。肩がくっついている。満員電車以上の密着ね。


 少しでも居心地の良いようにと身動きしていると、エルヴィスが「大丈夫ですか?」と聞いてきた。

 心臓が跳ね上がる。


 耳元で囁くのは、反則よ!


 ただでさえ、体温が伝わってきてドキドキしているというのに。

 顔が赤くなっている自覚がある。

 恨みがましく見上げると、エルヴィスは頬を赤くして反対側を見てしまった。

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