第8話 町への買い出し1

 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて、寝返りを打つ。微睡みの時間が心地よい。

 鳥のさえずりが聞こえて・・・いや、違う。ギャーという恐ろしげな鳴き声が聞こえる。

 その異様な鳴き声に、自分の置かれた状況を思い出した。

 うっすら目を開けてみると、真っ白いシーツに大きなベッド。

 ガバッと起き上がると、主寝室だった。


 あれ? 応接室で寝たはずだけど?


 ベッドから立ち上がると、ソファーに薄手の毛布がかけてあった。ベッドは自分が居た場所以外冷たかったし、エルヴィスはここで寝たのだろうか? 遥菜がベッドを奪ってしまった形だ。

 申し訳なさが広がる。




 とにかく服を着替えなければ。部屋を出ると、ちょうどキッチンから水差しをもって出てきたグレースと目があった。

「ハル様、おはようございます。すぐに身支度に伺いますね」

「おはよう。自分で出来るから気にしないで~」

 応接室から出てきたエルヴィスにも挨拶されたが、ついでに拝まれたような気がした。



 朝食は・・・固いパンとジャム。

 もともと朝はたくさん食べられない質だが、それにしても質素だ。スープくらいあれば、固いパンも浸して柔らかく出来るのに……。栄養バランスも気になる。

 休憩を挟んで食べていたら、最後になってしまった。

 出掛ける準備をしながら、この食事を改善したいと強く思う。



 買い物には、4人全員で出掛けることになった。遥菜とグレースの衣料品が足りなくて、お留守番というわけにはいかなかったのだ。

 そうでなくても遥菜は買い物についていくつもりであった。


 玄関を出ると、エルヴィス様が屋敷に施錠をしている。鍵だけではなく魔法も使っているようだ。


 遥菜は、辺りを見回して、あまりの寂しさに愕然としていた。

 表の正面方向に見える家は二軒。他の家は人が住めないほどボロボロだった。片方の家の前には姉と弟と思われる姉弟きょうだいがしゃがみこんでこちらの方向をボーッとみている。痩せ細り、血色も悪く、不健康そうだ。

 虚ろな目で小さく口を開けている姿に、遥菜は全身凍りついた。

「ねぇ、あの子達って、どうしたの?」

 ネイサンに聞くと、屋敷の施錠が済んだエルヴィスが答えた。

「ここら辺ではまともな買い物も出来ませんからね。彼らの分のパンも買ってくる予定ですよ。とにかく買い物に行きましょう」

 明らかに不健康そうな彼らに、パンだけで大丈夫なのだろうか?

「あの子達には、親はいないの?」

「母親がいますが、食べ物を探しに行っているのではないでしょうか?」

 遥菜は、食べ物を採集で手に入れるということに驚愕した。

 左手の方から、二人の男の子が「お~い」と叫びながら駆けてくる。似ているから兄弟だろう。兄弟の駆けてくる方向に家が一軒建っているので、そこから出てきたようだ。

「エルヴィス様~!! 買い物ですかぁ~?」「ですかぁ~?」

 優しく頷くエルヴィスに、兄弟はキャッキャッと嬉しそうだ。

「おいしいパンが欲しいです~」「です~」

 遥菜が兄の真似をする弟の様子に頬を緩める。

 こちらの兄弟は、引き締まっているもののガリガリではなく、健康的だ。

 「わかった」と返事をするエルヴィスに、「やったぁ~」と跳び跳ねて喜ぶ。

「父ちゃんが、肉取りに行ってるから、交換~」「か~ん~」

「いつもよりたくさん買ってくるから、お父さんの手伝いをしっかりするんだぞ」

 「は~い」と言って、家の方に駆けていった。

 今の兄弟が楽しげにしてる間も、家の前に座っている姉弟きょうだいは、座り込んだまま動かない。


 どうして? 格差というやつだろうか?


 目の当たりにして、心臓がつぶれそうだった。

「とにかく出発しましょう。昼頃には着くと思います」


 えっ?


 早朝とまでいかなくても結構早い時間だと思う。体感としては7時半とか8時くらいだ。昼頃まで4時間ほどある。その間歩くということか。筋肉痛はほとんど無くなっているものの、4時間も歩いたことがない。しかも、帰りも同じ時間かかると思うと気が重くなる。

 しかし、子供達の食料のことを考えると、買い物には行きたかった。

 歩き始めたエルヴィスが、肩を落として呟く。

「神の御座す地の娘を歩かせるとは……」

「あの、その神の御座す地? の娘? ってなんですか?」

「ハル様のように召喚された女性のことです」



 こんな伝承が残っているらしい。

 昔、この地には神がいた。人々は、万能の神によって生かされていた。衣食住から、娯楽に至るまで神に願うことで、優雅な生活を送っていた。

 あるとき、神は心変わりした。急にこの地からいなくなったのだ。この地に住む人は、この地にはいない神に祈った。

 我々を助けたまえ。

 万能の神は、見捨てなかった。高い文明をもつ人間の召喚を許したのだ。

 少しずつ発達した文明を取り入れているらしい。

 しかし、召喚できる人間には厳しい制約がある。


 近年、伝承も薄れ、制約を軽視し、命を落とした召喚師がいるということも話してくれた。


 だから、男女間違えたと召喚師達は騒いでいたのね。


 遥菜は女性だから、神の御座す地の娘と呼ばれるのだとか。ちなみに男性だった場合、神の御座す地の息子らしい。


「神の御座す地の娘が召喚されると、発展します。ハル様は発展の象徴なのです」

 いや……、今まで召喚された人が、不便すぎてどうにかしようと頑張ってきただけなのではないだろうか。


 それに、全てを神に頼っていたのなら、神もウンザリするのではないかしら?


 そんなことを聞きながら、随分歩いた気がするが、まだ半分もきていないらしい。

 私もグレースも疲れてしまったので、木陰で座って休憩しつつ歩き続けた。




 とにかく歩く時間が長い。黙々と歩いていると色々なことを考えてしまう。

 朝会った子供達のことが、頭から離れない。

 明らかに栄養が足りていない姉弟。エルヴィスが少し顔色が悪いのも栄養不足が原因なのではないか。

 食材の仕入れに一日がかりじゃあ、そう何度も買い物にも行けない。大量にまとめ買いをするのであれば、日持ちする物になるのも頷ける。


 だから固いパンになるのね……。


 干し肉は日持ちしそうだから、新鮮な野菜が必要ね。

 屋敷の裏が広かったし、少しくらい作れないのかしら? 実家の母が作っていた家庭菜園。そんなに難しそうには見えなかったのだけれど。

 屋敷の裏には広大な土地があるのだし。

「あの、農業は出来ないのですか?」


 ガリガリに痩せて無気力な子供……。

 日本でも貧富の差はあった。身の回りにいなかっただけかもしれないけれど、あんなに痩せた子を見たことがなかった。


 何とかしないと。どうしたら助けられるのかな?

 食料や医療だけではなく、自力で生きていけるように、自立の支援も必要だったはず。

 まずは、食料の支援。それから、仕事の支援かな。


「農業か!?」

 弾むような声で答えたあと、「あっ! でも……」と途端に沈んだ声になる。

「農業は厳しいかな……」

「何故ですか? 食料の確保は生きるための第一歩ですよ。そのための農業は、一番基本の産業だと思うんですが」

「いや、種が手に入らないんです」

 残念そうに言う。

「良質な種は無理でも、野菜や果物の中には種がありますよね」

「南の地方が、独占するために、販売方法に制限をかけているんです。まぁ、行ってみればわかります」

 町の門が近づいてきたので、この話はここまでになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る