第7話 新生活3
食後の片付けが始まってしまったので、ダイニングテーブルからソファーに場所を移す。
遥菜の目の前に座ったエルヴィスが、遥菜に向かって両手を合わせる。
拝まれた??
その後、左手首に視線を落とし、結婚の証である痣を擦る。
遥菜も左手首を確認した。
どうみても同じ痣だ。
「ハル様を私の伴侶とすることができ、大変光栄に思っています。ここでの生活は不便なことも多いでしょう。なるべくご希望に沿えるように致しますので、なんでも気軽に言ってくださいね」
遥菜は耳を疑った。
急に召喚師のおじさんたちが連れてきた女と結婚したのだ。不満こそあれ、それを光栄に思うなど信じられなかった。
なにか裏があるのではとエルヴィスを見ると、ニコリと微笑む。
顔はかっこいいのよ。優しいし。
「ハル様の世界では、お風呂はよく入られましたか?」
お風呂?
遥菜は独り暮らしだったので、シャワーで済ませてしまうこともあったが、日本人はお風呂好きだったと思う。
「お風呂は、好きな人が多かったと思います」
エルヴィスは遥菜の返事を嬉しそうに聞いている。
「こちらでは、浄化の魔法が便利なので、あまりお風呂の文化は浸透していないのです。でも、うちには大きな浴槽を用意してありますので、是非、先に入ってください」
お礼を伝えると、ちょうどネイサンが呼びに来た。
「お風呂が入りました。浄化の魔法を弱くかけてあります」
えっと、お風呂にも魔法をかけるの?
日本と入り方が違うのではないかと、不安になってきた。
「あの、私のお風呂の入り方と違うかもしれないので、グレースと入ってもいいですか?」
「お背中流させていただきます」
背中を流して欲しいわけではないのだが……。
よし! 少し強引に一緒に入ってもらおう!
「そうと決まったら、着替えを取りに行こう!」
「えっ? えっ?」
グレースの手を引っ張って階段を上る。
「グレースの着替えも取ってきてね」
自分の着替えの場所はわかる。
困惑するグレースを自分の部屋に向かわせて、遥菜は自分の着替えを用意した。
グレースがちゃんと着替えを持ってきたか確認して、お風呂に向かう。
「一緒に入ろう~!!」
「え? ハル様?? お背中を・・・」
やはり、グレースはお世話に徹するつもりだったようだ。予測できていたので、少し強引に誘う。
「一緒に入るの!! お風呂に入りながら、色々話したいし」
「えっ? お話しですか?」
「だから、使い方も教えて欲しいし、一緒に入ってね!」
嫌だとは言わせないように少し強めにお願いすると、グレースは観念したように笑った。
二人で服を脱ぎ、浴室に入る。浴槽は広いと言っても大人二人でギリギリの大きさだ。
お風呂の文化が浸透していないと言っていたし、これでも広い方なのかもしれない。
「ハル様、お肌がツルツルですね」
「えっ? そう?」
グレースは、ピチピチだけど。
「はい! ツルツルです! お風呂から上がったら、保湿をしましょう!」
グレースのテンションが上がっている。楽しそうなグレースが微笑ましい。
お風呂のお湯に浄化の魔法がかかっているので、そのまま入っても問題ないらしい。そのままドボンと頭のてっぺんまで潜り、それでお仕舞いという人もいるそうだ。
遥菜は今までの習慣もあり、汚れの気になる部分だけ石鹸で洗う。浴槽の外で髪にお湯をかけて汚れを流してから、浴槽に入った。
グレースも遥菜の真似をしてから。湯船に浸かる。
「グレースはいくつなの?」
「成人したばかりの18です」
日本で言えば、高校三年生ということか。
「私の八個下か~」
「えっ? ハル様、そんなに年上なんですか? もっと若く見えていました」
目を丸くするグレースが可愛らしい。
「グレースは、本当に私のお世話係でよかったの?」
満面の笑顔で大きく頷いた。
「えぇ、ハル様は、神の御座す地の娘です。王族同様の身分です。こんなハプニングでもなければ、私がお仕えできるような方ではありません」
王族がいるのか? イギリスみたいだ。
それにしても、その『神の御座す地の娘』と呼ばれるのは、仰々しくて苦手だ。
「そんなに、たいした人間じゃないんだけどなぁ」
ポリポリと頭をかくと、左手首の痣が目に入った。
結婚しちゃったんだぁ~
・・・結婚??
ちょっと待って!!
先ほど案内された、主寝室の様子を思い出す。
キングサイズのベッド、一つだった……。
あそこに二人で寝るのかしら?
そうしたら……。
エルヴィスはいい人。見目も良く、優しくしてくれている。
彼氏もいたから初体験って訳ではないけれど、エルヴィスのことは、まだよく知らない。
友人には、出会ったその日に意気投合してホテルに行くような子もいた。個人の自由だから、それが悪いとも思わない。ただ、遥菜はそういうタイプではなかった。
「はっ! あっ!」
「ハル様、どうされました?」
「あの、グレース……」
成人したばかりの若い子に相談してもいいことだろうか?
「逆上せてしまったのでしょうか?」
心配そうに、お風呂から出ようとするグレースを止める。
「あの、体調が悪いわけではないの。あの、私、結婚したのよね?」
「はい。ハル様は、エルヴィス様と愛の誓いを結ばれました」
やっぱり、そうよね。
「あの、その! 私の寝る場所は、あの主寝室なのかしら?」
まだ若いグレースに直接的な聞き方をしていいのかわからない。
「そうですね。奥さまですから」
「あの、主寝室にはベッドが一つしかなかったでしょ。一緒に寝るのかしら?」
「え~と、もしかして、初夜のことでしょうか?」
ほんのり頬をピンク色に染める。
ごめんね!! こんなことを聞いて。
グレースは、「う~ん」と唸りながら考える。
「今回は恋愛結婚ではありませんし、政略結婚でもありません。政略結婚だったとしても、事前に何度も会い、相性を確かめ、お互いに寄り添っていきます。今回は事前に会うこともできなかったのですから、これから愛情を育てていくのだと思います。でも、最終的にはエルヴィス様のお心に聞いてみないと……。ただ、エルヴィス様のハル様を見る目は、そういった感情ではないような気がするのですが」
そうよね。
エルヴィス様次第……
日本に帰るための魔法が今はなくて、しかも簡単に見つかりそうもない。長い時間過ごすのであれば、良い関係でいたい。
「それにしても、グレースは若いのに落ち着いているのね」
「若いといっても成人していますよ。それにハル様のお世話係にならなければ、政略結婚をするはずでした。まだ、私は会ったことがありませんでしたが、家同士では話が進んでいるようでしたので」
「グレース! 結婚する予定があったの?」
それは、申し訳ないことをした……。
「まだ、親同士の話です。うちの父は気が弱くて、無理矢理約束させられたようで、相手は良い噂のないかたでした。ハル様のお世話係になれて良かったんだと思います。ここなら連れ戻したくても遠すぎますから」
少しだけ遠くを見て、「ふふふ」と笑った。
「そうなの? 好きな人では、なかったのね。・・・あっ!! グレースは好きな人はいるの?」
「えっ? えっ? ハル様! それは内緒です!」
焦りかたが可愛らしい。
その反応はいるのね。
遥菜は密かに、グレースの幸せを祈った。
お風呂から上がり、各自パジャマに着替える。浄化水をグレースが用意してくれたので、遥菜は口を濯いだ。
「髪を乾かしましょう。ハル様が座れるように、椅子を借りて参りますね」
グレースが脱衣所から出ていったので、遥菜はボーッと今日一日のことを考える。
急に結婚することになって本当にビックリした。手枷をはめられて、放心状態で連れてこられたが、エルヴィス様もネイさんもいい人そうで良かった。二人と仲良くなるのは、これからって感じだ。グレースは、少しだけ仲良くなれた気がしている。
エルヴィス様の仕事を手伝いながら、日本への帰りかたを見つけたい。簡単ではないような雰囲気だったから、見つかればいいけれど。それに帰れたとして、日本でも時間が経っているのかな? 帰っても、私は行方不明? それとも、もう死んだことになっているのかな?
コン、コン、コン。
脱衣所のドアが叩かれた。
グレースが帰ってきたみたい。
返事をしてドアを開けると、目の前に
・・・あれ?・・エルヴィス様??
「ハル様。こちらにどうぞ」
手をとって応接室に連れていこうとする。
「あれ? グレースは?」
「グレースは、自分の髪を乾かしてもらっています。ハル様はこちらで」
遥菜をソファーに座らせると、エルヴィスは床に膝を付き、遥菜の左手をとり、上目使いに見上げてくる。
「ハル様。私が、髪を乾かしてもよろしいでしょうか?」
男の人に髪を触られるのは少し恥ずかしいが、断り辛い状況だ。グレースはいないし、この体勢で見上げられていると、頷くしかなかった。
「ありがとうございます」
エルヴィスは、胸の前で指を組んだ。
また? 祈られてる?
エルヴィスは遥菜の後ろに回り、杖から風を送って髪を乾かしていく。
優しく髪を梳かれているのは、安心感があり心地よかった。
・・・コク、・・不味い。眠りそうになった。
筋肉痛も残っているし、急なことに気を張っていたのかもしれない。
「ハル様。そのまま寝ても大丈夫ですよ」
髪を梳かれているのが、頭を撫でられているようで、瞼が閉じてきてしまう。
「乾かし終わりましたから、横になりましょう」
そのまま優しく頭を撫でられて、眠ってしまった。
自分の体が宙に浮いているような、変な感覚がした・・・気がする。
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