第6話 新生活2

 「これは、食器」「これは石鹸」と、取り出していく。

「あいつら、本当に日用品しか送って来なかったな」

「本当ですね。こんなことなら今日の晩餐も頼んでおくべきでしたね」

「結局、明日は、買い物か……」

 すごい面倒そうに呟いた。


 買い物が、そんなに面倒なのかな?


 グレースが服類を抱えようとしているが、さすがに一人で抱えられる量ではない。

「私も手伝うよ」

 一部を受け取ると、グレースは「ハル様に手伝っていただくなんて、も、も、申し訳ありません」と恐縮した。


 何だか、ずっと怖がられてるんだけど……


「私も自分の物はどこにあるか知りたいし、一緒に行こう」

 少しだけホッとしたグレースを促し、階段を上る。ウォークインクローゼットに入り、種類ごとに空いていた引き出しに仕舞っていく。ワンピースなどをワードローブにかけているグレースを見やる。


 馬車に乗り込むときに、この小柄な少女の腕には重そうな大きな荷物が抱えられていた。当然のようにネイサンの仕事を手伝っているし、置いていかれたということだろうか?


 張りのある肌やふと見せるあどけない表情から、高校生くらいだろうか。

 遥菜が高校生のころといえば、親の庇護のもと高校生活を満喫していた。そのころの自分が、一人で知らないところに置いていかれて平気なわけがない。

 遥菜は、自分より十ほど若い少女のことが気になってしまった。


「グレースは、あの召喚師の人達に、置いていかれちゃったの?」

「ハル様のお世話係を任命されましたので」

 笑顔に憂いは見えなかったが、お世話係などという大仰なものに驚く。

「それは、申し訳ない!! 私、独り暮らしもしていたし、家事はできるの。お世話係はいなくても大丈夫だと思うのよね。まだ、今は、戸惑いの方が多いけれど、ネイさんもエルヴィス様も悪い人じゃなさそうだし……、そりゃ、女の子のお友だちがいてくれれば心強いけど……。グレースは、自分がやりたいこととかあるんじゃないの?」

 グレースは慌てて、「えっ? えっ?」と戸惑っている。


 そうよね。

 グレースが自分で進んでお世話係になったわけないんだから、だれかに命令されているはず。それなのに、勝手に辞めるわけにはいかないよね。

「もしかして、グレースにはどうしようもないとか?? 一緒に考えるくらいしか出来ないかもしれないけど、私もグレースの力になりたい!!」

 こんな可愛いの将来を、私が奪ってはいけない!!

「あ、あの、ハル様? 」

「一緒に考えよ~。力になるからね~」

 グレースの白くて柔らかい手を握り、ブンブンと振る。

「ハル様! あの! 私、ハル様のお世話係になれて、光栄です!!」

「そういえば、エルヴィス様が、リーウェイ師長さんと知り合いっぽかったし、・・・」

「私にハル様のお世話をさせてください!!」

「へ?」

 えっと?

「ハル様のお世話係は、私にとって大変名誉なことです。是非、お世話させてください」

「え? でも、グレースは怖がっているように見えたのだけれど……。だから、嫌なのかなって」

「あぁっ!! それは……!」

 少し申し訳なさそうな顔をすると、思い返すように話し始める。

「ここに来るまでは恐かったです。ここが北の僻地で、回りには魔の森があるくらいで、他には何もないから……です」

 魔の森なんて、名前からして良い場所ではなさそうだ。

「あっ! お買い物にいけないのが嫌だったのね」

 勝手に納得していたら、グレースが慌てて否定した。

「いえ、それよりも、……仕える主人が、どのような方かわかりませんでしたから。会って良い方だとわかりましたが、北の僻地に住んでいる変わり者という噂があったので……」

「えっ? 変わり者?」

「ただの噂ですよ。エルヴィス様もネイサンさんも良い方のようでしたし、なんといっても、ハル様が優しい方で、誠心誠意お仕えしようと思いました」

 グレースは深々と頭を下げた。

「あぁ~!! やめて~!! 頭をあげて~!! こちらこそ、お願いします!!」

 グレースに優しいと言われ照れ臭いし、自分に仕える人ができるなんて変な気分だし、誤魔化したくてガバリと頭を下げた。

「ハル様~!! やめてくださ~い!!」

 グレースがオロオロしていると、ドアがノックされた。

「ハル様、グレースさん、何かありましたか? 開けてもよろしいですか?」

 少しだけビクッとしたグレースを見て、急いで遥菜が答える。

 自分の方が年上なのだから、しっかりしなければ。

 返事をして、ウォークインクローゼットの扉を開ける。

「遅くなってごめんなさい。話に夢中になってしまって……」

「ハル様が謝る必要はございません。時間がかかっているので、なにか問題があったのかと心配しただけですから」

 そこには、優しい笑顔を浮かべるネイサンの姿と、心配そうに遥菜を見つめるエルヴィスの姿があった。


 遥菜の手を取りエスコートしながら階段を降りるエルヴィスが、「実は……」と言い出した。

「男二人の食事では、ろくなものを食べていなくて……お恥ずかしい限りですが、食材がないのです。本当に、あいつら!! 花嫁を連れてくるならば、祝宴の食材も持ってくるべきでしょうに」

 男性二人では、あるもので食事が終わってしまうのも頷ける。北の僻地では、コンビニのような便利なお店もないのかもしれない。

「あの……、コックは辞めてしまったのですか?」

 グレースが首を傾げている。

「簡単に言えば、コックは雇っていません。節約です」

 ネイサンの言葉にグレースは「まぁ」と驚いている。

 遥菜にとっては、コックを雇っているほうが驚きだ。

 ただ、節約と言った。しがない学者という職業に関係しているのだろうか。

 もしかして、稼ぎが少ないから食材もない??

「あの、私、働きます!!」

 彼氏とも別れ、結婚が夢のまた夢になっていたとはいえ、付き合っていた頃には結婚のことも少しは考えた。

 結婚しても、遥菜は仕事を辞めるつもりはなかった。子供が出来たとしたら、働き方を考えたかもしれない。ただ、なにかしら働くのだろうと漠然と考えていた。

「は?」「ん?」

 エルヴィスとネイサンの声が重なった。グレースも声が出ていないだけで、ポカンと口を開けている。

「あの~、私、ここにいさせてもらうし、日本への帰り方も探してもらうのに、少しもお金を稼がないなんて、あり得ないと思うんです。少しくらいなら料理もできるし、私にできる仕事があれば良いのだけれど」

「神の御座す地の娘を働かせるなど……」

「エルヴィス様! ハル様! とにかく夕飯にいたしましょう。それから、お互いの価値観の摺合せをすべきかと」



 キッチンで取り出したのは、固めのパン。ネイサンが杖をナイフに変形させて薄く切り始めた。

 その様子を遥菜は見学する。

 杖は黒い。その回りに青白い光がナイフの形となっていて、それでパンが切れるのだ。

 遥菜が「すごい……」と見ていると、エルヴィスがジャムの瓶と干し肉を少し持ってきた。

 「葉野菜を摘んでくる」というので、遥菜もついていくことにした。

 魔法のある世界である。外がどうなっているのか気になったのだ。

 「こっちです」と裏口から案内されると、広大な土地が広がっていた。

 「広い……」と呟く遥菜に、「広いだけで、どうしようもないんです」とエルヴィスは興味がなさそうだった。

 確かに広い草原が広がっているだけで、建物はほとんど見当たらなかった。木もほとんど生えていない。

 吹き抜ける風が草を揺らしている光景が、なんとも寂しく不安な気持ちになった。


 エルヴィスは、家の横に生えているリーフレタスの葉を摘んでいる。

 株ごと抜かないで、一部を残しているようだ。遥菜も急いで手伝った。

 四人分摘み終えた頃、冷たい風が吹いてきた。

「少し寒いですね」

 腕を抱えるようにして風が吹いてきた先を見ると、真っ暗な鬱蒼とした森が広がっていた。まさか、これが魔の森……?

「ハル様が風を引いてはいけない。家に戻りましょう」

 『様』~??

「エルヴィス様!? 私は、『様』付けで呼ばれるような人間じゃないので!!」

「なぜですか? ハル様は、神の御座す地の娘ですよ」

「あの、その、とんでもない名前の娘の自覚もありませんし、『様』とか言われると、何かムズムズするというか、何か変な感じがするので、お願いです。やめてください」

 エルヴィスは、ポカンとしたまま固まっている。

 冷たい風が吹き付けて、遥菜が小さくくしゃみをした。

「ハル様が風邪を引いたら大変です。早く入ってください」

 裏口のドアを開けてくれたのだが、『様』呼びは直っていない。遥菜は小さく嘆息して家に入った。

 採ってきたリーフレタスをネイサンに渡し、先に席に着くように促される。

 最後まで手伝った方がいいのではないかとグレースを見れば、座るように促されてしまった。

 席に座ると、グレースが配膳をしてくれ、グラスにワインを注いでくれた。

 皿の上には、先ほど見た食材が乗せられていた。


 少ない気が……。


 エルヴィスがグラスを持ち上げた。乾杯かなと、グラスを持ち上げる。

「ハル様と、私の結婚を祝して」


 そうだった……。


 結婚したことはわかっている。

 実感がないだけで。

 エルヴィスから言われると、急に意識してしまうではないか。優しげに細められた瞳にドキッとしてしまう。

「うちは、使用人が少ないから一緒に食事を取っているのだけれど、ハル様は構わないでしょうか」

 えっと、使用人とは普通一緒にご飯を食べないってことだろうか? 一緒に食べなければ、ずっと見られているのかな? 食べるのを見られているのも恥ずかしいし、食事は人数が多い方が楽しいものだと思う。

「もちろん、一緒に食べましょう」

 グレースが小さい声で「よろしいのですか?」と聞いてくるので、「だって、グレースは、お友達だもの」と返す。

 ネイサンがグレースの皿を持ってきて、座るように促した。




「ハル様は、使用人が珍しいのですか?」

 ネイサンが、パンを飲み込んでから聞いてきた。

 このパン、本当に固いのだ。水分が少なくて中身が詰まっている。

 ジャムはベリー系で甘酸っぱいから、美味しいんだけど。

「使用人って、えっと…… 家政婦さんとは違いますよね?? 上司と部下とも違いますよね? 使用人って、なんでしょうか……?」

「だから、グレースをお友達と……」

「恐れ多いです!!」

 ネイサンは納得して、グレースは必死で訴えている。

 口に入れてしまったパンを、ワインでなんとか押し流した。ワインは、たぶん美味しい。

「あ、あの!! 『様』って付けるのもやめてもらえませんか?」

 ネイサンが、優しく微笑み、言い聞かせるような口調で話し始めた。

「ハル様の住んでいたところでは、使用人という文化がないのかもしれませんね。私どもは、ハル様に仕えているのです。まぁ、私は、エルヴィス様に仕えているのですが、エルヴィス様の伴侶であるハル様に仕えているのも同様です。使用人と主人では明確な身分差があるので、呼び方に関しては承諾していただきたいと思います。グレースが友人代わりになることはできますし、エルヴィス様を頼っていただければと」

 友人代わりの使用人ということか? 本当の友人ではないと言われているようで悲しかった。

 それが伝わってしまったのだろうか。エルヴィスが宥めるように優しい声をかける。

「私とネイサンは主従の関係ですが、好きなことを言い合える仲です。友人というよりも、家族のように信頼しています。使用人でもお互い信頼しあえる関係になれますよ」

 使用人だけど信頼しあえる? 対等ではない時点で遥菜には難しく感じた。

「ハル様は、どのようなところで生活していたのですか?」

 エルヴィスが片手にパンを持ったまま、目を輝かせて身を乗り出している。

 どのようなところと言われても、何を話していいのかわからない。日本での生活が遥菜の常識で、それが当たり前なのだから。

 しばらく困っていると、エルヴィスは寂しそうな顔をした。

 このまま何も答えなければ、無視したみたいになってしまう。

「え~っと」

 外国人の方に日本を説明するのなら、着物・侍・忍者とか、アニメやゲームのサブカルチャーとか、かな?

 それで、通じるのだろうか?

 口を開こうとしたら、ネイサンが助け船を出してくれた。

「ハル様が困っていますよ。その話は追々ということに致しませんか? エルヴィス様の研究についてもお話ししておいた方がいいですし、ハル様がお仕事をしたいのであれば、エルヴィス様のお手伝いがいいと思います。それに、明日は買い物の予定ですから、遅くなる前にお休みいただいた方がよろしいかと」

 悲しそうな顔をしていたエルヴィスは、ネイサンの言葉に気を取り直したようだ。

「明日は早いんでしたね。俺は神の御座す地について研究しているです。ハル様にも意見を伺いたいので、よろしくお願いします」

 神の御座す地は、遥菜がいた世界のことらしい。つまり、地球だ。

 遥菜は、最後のパンを口に頬張りながら頷く。


 食べ慣れない固いパンに、顎が痛くなってしまった……。

 お腹は……一応膨れたと思う。


 お風呂の準備をネイサンが、食器の片付けをグレースがやり始めると、遥菜とエルヴィスの二人きりになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る