第4話 愛の誓い
少しずつ高度を落として、ガタっと揺れて馬車が止まった。
クヨクヨしても仕方がない。前向きに頑張る方が、良い結果が得られるはず。
遥菜は自分に言い聞かせて、顔を上げた。
師長から順に降りていくと、外でダンテのだみ声が聞こえる。
目の前の大きな洋館に向かって、「早く出てこい」と騒いでいるようだ。
近くにいた師長がため息をついて、「ダンテ」と声を掛けたとき、扉が開いて中から長身の男性が現れた。
「何事だ?? 最低限の礼も弁えられないのか」
少し低い、張りのある声が、響き渡った。
放たれた威圧感に「うぐ」っとダンテが一歩引く。
師長が前に進み出て、深々と頭を下げた。
「押し掛けるような真似をお許しください。今日は、相談があって参りました」
「早く、中に入れろ!!」
「ダンテ! 黙っていなさい!」
ダンテは、ものすごい顔で師長を睨む。
「はぁ、とりあえず、中に入るか。馬車は邪魔にならないようにしてくれ」
師長が大きく頭を下げたのとは対照的に、ダンテは鼻を鳴らして遥菜の腕を無理矢理引っ張る。
洋風の屋敷に入ると、エントランスは吹き抜けで開放的だった。
心地よいカーブを描いている階段の手すりは装飾が美しく、結婚式場みたいだと遥菜は思った。
一行はゾロゾロと応接間に通された。
長身の男は、黒髪に涼やかな瞳。少し影があるのは気になるものの、見惚れてしまうほどのイケメンだった。
男の後ろには執事のような人が立っている。
応接間のソファーに座ったのは、黒髪の男と師長。
ダンテは、「なぜ俺が座れないのか!」と喚いていたが、男が一喝して静かになった。
「実は、姫のお相手の召喚に失敗してしまいまして……」
男は目を見開き、驚愕の顔で遥菜を見た。
「待て!! もしや、あの女性は神の御座す地の娘ということか!?」
師長が同意すると、
「誰だ!? 神の使いと言われる娘を拘束したものは!?」
「拘束でもしておかなければ、逃げるだろう!?」
ダンテが悪びれる様子もなく声を張り上げる。
「早く拘束を解くのだ。そなたは何か思い上がっておらぬか? そうか。命が惜しくはないと見える」
威圧感のある低い声で言うと杖を取り出したので、ダンテが慌てる。
「わぁかった、わかった!!すぐにやるから、それを仕舞え!」
男は、ダンテに杖を向けたまま立ち上がった。
「お前は、誰に物を言っているのだ?」
「わぁ~すみません。すぐにやります!」
ダンテの杖の一振で、遥菜の拘束は解かれた。
枷が嵌められていたところを擦っていると、男は執事に指示をして、遥菜を奥のテーブルに座らせた。
「で? 私に相談とは?」
男は嫌そうな顔で師長に尋ねる。
「彼女と愛の誓いを結んで頂きたいのです」
ここまでの話で結婚のことだとわかったが、『愛』なんてあるわけない。
「彼女の同意はとってあるのか?」
黒髪の男は遥菜のことを気にしてくれるようだ。
同意などしていないが、現代的な感覚の遥菜としては、書面での繋がりだろうと簡単に考えていた。
この世界のことを知り、地球への帰りかたがわかるまで、いる場所が必要だ。結婚してどんな扱いが待っているのかわからないが、ダンテに殺されては堪らない。
今のところ、黒髪の男の方がダンテよりはマシだ。
「そんなものいるか??」
ダンテのだみ声が割って入った。
「ダンテ、貴方は黙っていなさい」
師長が、諌める。
「昨日、召喚に失敗したばかりなのです。姫に知られては私たちの命だけでは済みますまい。逆に、召喚に必要な我々は生かされて、彼女が一人でその怒りを向けられる可能性さえあります。彼女を守るには、この方法が一番かと」
「そなたたちのミスなのだろう? 何故、私が、そなたらの尻拭いをしなければならない??」
「だから、こいつを殺そうと言ったのだ!!」
「ダンテ!!」
師長の鋭い声と共に、低く冷たい声が響き渡った。
「神の御座す地の娘を、殺す?? 彼女を自由にして、そなたたち全員が罰を受ければ良いのではないか? 胴から首が離れると思うがな」
男が杖をダンテの首に向けて、サッと横に動かした。ダンテが「ひぃ」と、情けない声を上げる。
この男も怖いかも!! それでも、ダンテよりはマシ!!?
師長が立ち上がり、大きく頭を下げた。
「この方法が一番かと思っております。この私に免じて、お願い申し上げます」
黒髪の男は、大きく息を吐き出した。
「リーウェイ、頭を上げよ。仕方がない。そなたに免じて、その提案受けよう」
男が師長を名前で呼ぶ。知り合いだったということか。
そうだとしても、結婚を承諾するのはどうなのよ?
「ありがとうございます」
リーウェイ師長が頭を下げている間に、ダンテが動き出した。
「おい!腕を出せ!!」
遥菜が慌てて腕を背中に隠すと、黒髪の男が腰を上げ大股で近づいてきた。
ダンテの首に、黒髪の男の杖が突きつけられる。杖が食い込んで、ダンテが「うぐ」と苦しそうな声を上げた。
「おい! たしか、ダンテと言ったな?? 私はリーウェイと話していたのだ。そなた、少しは引っ込んでいろ」
ダンテを睨み付けたまま、リーウェイ師長に合図を送ると、リーウェイ師長は何かを呟き杖を振った。
ピリピリと左手首が痛んだ。急いで確認すると蔓のような模様が浮かび上がっていた。黒髪の男も手首を気にしている。良く見ると同じ模様が浮かび上がっているではないか?
入れ墨のような模様が浮かび上がるなんて、この世界の結婚とは遥菜が考えているものよりも重たいものなのかもしれない。
「ところで、彼女の荷物が少ないような気がするが、嫁入りに必要なものくらい揃えてこなかったのか?」
黒髪の男の杖から逃れるようにして、ダンテが叫ぶ。
「急いでいたんだ! それに、そんな費用はない!」
「そうか。それでは、私が直々に請求してもいいのだぞ。そうすると此度の失敗がバレるだろうな」
ダンテが苦虫を噛み潰したような顔で唸っている。
「最低限必要の着替えと日用品くらい用意しろ!」
「そんな時間、あるわけないだろ!!」
黒髪の男が、意地の悪い笑顔を浮かべた。
「そなたらは、なんのための召喚師なのだ。転移は御得意なのだろう? お前は、信頼できないからな。リーウェイを置いていけ」
リーウェイ師長と優しそうな男を残して、家から追い出す。
遥菜に飲み物を出したあと、執事がグレースを連れていなくなると、男はリーウェイ師長と話し始めた。
「あのダンテは、何者だ?」
「あの男は南の出身です。スパイの可能性もありますが、あの通りですから、皆、警戒しております」
男が「南……」と呟くと、何か考えるように難しい顔をした。
「そのまま警戒を続けてくれ。それから、少し待っていろ」
そう言うと、席を立ち、どこかに向かった。しばらくして戻ってくると、テーブルの上に黄色く透明な石を二つ置いた。小振りなレモンくらいはあるだろうか。
「これをやる。どうせ大変なのだろう? そなたには、あのダンテの手綱を握っていてもらわなければならないからな」
「こんな大きな魔石……今回のことで貴方様に借りが出来てしまいましたのに、さらにこんなに大きな魔石は受け取れません」
恐縮するリーウェイ師長に、黒髪の男は朗らかに笑う。
「借りが大きくなったな。そなたの力が必要になるまで、ダンテにその席を奪われるなよ」
魔石を押し付けて寛ぐように伝える。執事が戻ってきていて、リーウェイ達にもお茶を出していた。
男は遥菜へ笑顔を向けると、「家を案内しよう」と手を差し出した。
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