第3話 馬車での移動

「お嬢様、起きてください」

 えっと、ここはどこ?

 昨日は転移やら魔法やら、夢みたいな…………


 大きなため息が漏れた。


 夢ではないようだ。


 優しく揺すって起こしているのは、昨日世話をしてくれたサーシャだ。優しい声と二度寝を許さない雰囲気が、小さい頃の母を思い出させた。

 昨日は、紅茶を飲んだら恐ろしく眠くなってしまって、確かソファーで寝てしまったんだけど……ここは、ベッドだ。


 運んでもらったのか?


 服が……スポーツウェアから、白を基調としたワンピースになっている。


 寝ている間に着替えさせられた??


 さすがに、着替えさせられれば起きるはず。

 ただ、疲れていたからでは説明ができない。

 睡眠薬でも盛られたか。


 起き上がると、身体中が痛くて怠い。

「お嬢様、出発の時間です。昨日は口を濯がずに寝てしまわれたので、出発前に綺麗にいたしましょう」

 そう言われれば口の中は気持ち悪い。

 それに、トイレにも行きたいのだが。

「あの、トイレは?」

「あぁ、気がつかなくて申し訳ありません。こちらです」

 寝室は二階だったようだ。痛む足で階段を下りて、トイレに入る。便座はあるが、水洗ではなさそう。

 水洗ではないトイレなど、使ったことがない。

 少し抵抗はあるが、痛む身体では便座があることに感謝して、恐る恐る用を足した。

 外に出れば、サーシャが杖を構えて待っていた。

 ギョッとすると、「浄化するだけですよ」とドアの隙間から杖を振っていた。


 今ので、魔法が使えたの?


「こちらのお水、浄化の魔法が掛けてありますので、飲み込まないでくださいね。口を濯いだら吐き出してください」

 言われたとおり、近くにあった洗面台に吐き出した。


 これ、すごいかも。


 デンタルリンス以上にスッキリ。歯もツルツルになった。

 これで、十分だということで歯ブラシはないらしい。


「それでは、馬車に乗りましょう」

 本当は、暴れてでも地球に帰してほしいのだが、帰る方法がないのであれば仕方がない。

 完全にサーシャの言葉を信じたわけではないが、あったとしても、この人達が「はい。そうですか」と了承するとは思えない。

 最大の問題は、身体が痛くて暴れる元気もないことだ。


 絶対に筋肉痛だ……。

 久しぶりに走ったから……。自分の家ならば、湿布を張りまくって寝たのに……。


 軋む身体に耐えながら、じっとサーシャを見つめていると、

「あら、あら。そんなに不安そうな顔をして、花嫁は笑っていないと」


 は、花嫁??


「普通なら二年くらいの準備期間があるのに、お嬢様は急ですからね。でも、北のあの方がお相手だと聞きましたよ。素敵な方ですから大丈夫ですよ」


 あの方のところに連れていかれっていうのは、結婚させられるってこと!?


 はぁぁぁ~??


 っていうか、結婚!!??


 驚愕の表情で固まっていると、サーシャが「あら、あら」と背中を擦ってくれた。


 ガタン!!

 大きな音を立てて扉が開く。

「何をしているんだ。早くしろ」

 だみ声の男だ。

「ダンテさん。レディの部屋に、なんですか!!」

「早くこいつを連れていかないと不味いんだよ」

 ヅカヅカと入ってくると、遥菜の方に杖を向けた。

 何かを呟くように杖を振ると、遥菜の手首に枷が現れた。

「何てことをするのですか!?彼女は神の御座す地の娘ですよ。神への冒涜です!!」

「何、ごちゃごちゃ言っているんだ?? 神とか何とか、ただの迷信だろ?? おい!! 早く来い!!」

 遥菜の腕を無理矢理引っ張る。

 枷がはめられた部分が痛い。


 助けて、サーシャさん!


 他に頼れる人もいなく、サーシャに目線をおくる。

「お嬢様になんてことをするのですか!?」

 サーシャの声が響く。

「煩い!! 姫に知られずに、こいつを捨ててこないとならないんだよ!!」

「ダンテ。花嫁に傷が付くのは不味い。丁重に扱いなさい」

 しわがれた声がして、ダンテは舌打ちした。

 しかし、遥菜を引っ張る力は全く弱まらずに、無理矢理引っ張られていく。

 身体痛いし……。

「助けて……」

 何とか声を振り絞ると、サーシャが、

「グレース、お嬢様をお願いしますね。ほら、クヨクヨしない! お父様に挨拶したら、お嬢様に付き添ってあげて」

 大きな荷物を抱えたグレースが、我に返ったように動き始めた。


 豪奢な馬車の前には、七色に輝く立派な馬が繋がれている。


 色にも目を奪われたが、遥菜の知るサラブレットの、二回りは大きい。


 遥菜は、だみ声の男に馬車に押し込まれた。

 全く思考が働かない。


 結婚……?


 はぁ~?? 結婚??


 遥菜の横にはグレースが乗り込み、向かい側には師長と優しそうな男性が。

 ダンテが同じ馬車ではなくてホッとしていると、すぐに動き出した。


 馬車なんて乗ったことないけど、こんなに揺れないものなんだ。

 ふと外を見ると、青空が広がっている。


 青空……?


 窓の外を覗き込めば、地面は遥か下の方。

 草原のなかに所々集落があって、前方には大きな森が広がっている。

 森の裂け目から見えるのは、海だろうか?


「高い……」

「我が国最高の、天馬に引かせていますから。景色はお楽しみいただけましたか?」

「あっ……、はい」

「朝御飯を食べていないと伺いましたので、これをどうぞ」

 バスケットを開けて渡してくれた。中身はサンドウィッチだ。

 ビックリすることだらけでお腹の減りを忘れていた。優しいパンの香りがして、急に空腹を覚える。

 サンドウィッチを右手でつかんでも、枷が邪魔をして上手く食べられない。

「ダンテのやつが、すまないな。その枷は本人でないと外せないのだ」

 師長が、謝ってくれた。

「さすがにダンテのやつ、やりすぎなんでは?」

「仕方ないのだ。ダンテを追い出すわけにはいかない」

 師長は大きなため息をついた。

 二人がボソボソ言い争いをしているうちに、グレースの助けも借りつつサンドウィッチを食べ終えて、また外をボーッと見ていた。


 急にいなくなったら、会社も家族も大騒ぎになるだろうな……



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