第2話 見知らぬ土地
周りはガヤガヤとうるさいが、喧騒が上手く聞き取れない。
私が急に倒れたから、人が集まってきてしまったのだろうか。
恥ずかしくなり起き上がろうとしたが、まだ上手く力が入らなかった。
「なぜ女なのだ!?」
「誰が『女』と指定したのだ!!」
・・・・。
静かになったので瞬きをすると、少しだけボンヤリと視界が戻ってきた。
暗い。
それは、そうか。夜の公園だったんだから。
あれ? 石壁?
あんな建物あったっけ?
目線を動かすと、・・・天井?
建物の中?
病院ってことはないよね? こんなに薄暗くて、石のように固い床に患者を寝かせる病院が、日本にあるはずがない。
「誰もいないと?」
「なぜだ? お前が『男』と指定しなければならなかったのではないか?」
少しづつ、話している内容が理解できるようになってきた。
「私の担当は、『男らしい』ですよ」
少し声の高い男が答える。
「はぁ~?? それでは、最初から『男』の項目はなかったことになるではないか!?」
声の大きなだみ声の男が、騒ぎ立てる。
さっきから、男、女、と何の話をしているのだろうか?
「それならば、項目を決めたあなたのミスではないですか?」
硬質な声に、攻める響きが混じる。
「私が、そんなミスするわけないだろ!! 誰かが、『男』の項目を意図的に消したのだろう!!」
だみ声が騒ぎ立てる。
「それは変ですね」
硬質な声が、挑発しているようだ。
「あ、あの。今はこの状況をどうにかしないと……」
高い声が、怖々と割り込んだ。
「そんなこと、お前に言われなくてもわかってる!! この娘、このままにしておけないだろ?? どう始末する??」
だみ声は、当たり前のように話すが、遥菜としては聞き捨てならない。
始末・・・?
まさか、殺すってことじゃないよね!?
なぜ??
殺されては堪らないと、なんとか動こうとするが、指がピクピク動いただけだ。
指が動いたのだから他も動くはずと、必死で動かそうとしていると、
「神の御座す地の娘を手にかけるのは、さすがに不味い」
始めて聞くしわがれた声だ。
「ですが、師長! このままでは我らが罪に問われるのでは!?」
シチョーって人、ナイス!
誰よ、さっきから物騒なことを叫んでいるのは!
必死で腕に力をいれる。
うん。大丈夫そうだ。
少し身体を捻り、床に手をつくと、床はボコボコとした石でできていた。腕に力を入れて、ゆっくりと起き上がる。
「おぉ~!! 起きたぞ!! どうするんだ?? 誰が殺る??」
だみ声で騒いでいたのは、小太りで目付きの悪い男だった。
全部で十人ほどいるだろうか。皆、同じようなヒラヒラした白っぽい服装をしている。
見回してみれば、周りは薄暗い。壁に取り付けられたランプと床に置いたいくつかのランプが、建物内をうっすら照らしていた。
壁は石造りで、円柱形の建物だ。
どう考えても、公園ではない。
お揃いの格好をした変な人たち。
新興宗教とかの、変な人たちだったらどうしよう。
「落ち着け!! 物騒なことを言うでない!!」
しわがれた低い声で一喝した。
シチョーさんは、偉い人のようだ。
白髪を後ろで纏めている。
這ってでも逃れたいのだが、入り口付近にはだみ声の男がいる。
「で、でも、それでは……」
「ん~、少し強引ではあるが、北のあの方のもとに連れていこう。それならば、信託に背かずにすむだろう」
あの方? 信託?
殺されないのはよかったけど、わからないことだらけ。
あの方が、悪い人って可能性もある!?
「あの方、ですか。それ、ならば……」
だみ声の人も納得してしまったようだ。
「そうと決まれば、このままでは不味いですよ」
遥菜のことなどお構いなしに、話がどんどん進んでいってしまっている。
なに!? この人達?? 何のために、こんなことしてるの??
「何なんですか? あなた達は」
思ったより小さな声しか出なかった。
それでも男達は驚いたようで、一斉に遥菜を見る。
師長と呼ばれた人が進み出てくる。
「意思の強いお嬢さんのようだ。大丈夫ですよ。貴女の身の安全は保証しますよ」
いや、いや、いや、いや!
確かに、殺す殺さないと話し合っていたけど、ここはどこで、何のために連れてきたのだ!!
こんな怪しい集団、警察に突き出したいが、百歩譲って元の場所に返してほしい!
「すまないが、私の妻を呼んできてくれ。それから、アルバス。そなたの娘は成人したばかりだったと思うのだが。呼んできてくれ。誰か!! 一緒に行ってやれ!」
アルバスと呼ばれた男は、「ひぃ~!」と悲鳴をあげて悲しそうな顔をした。何度か師長の顔を伺うようにしていたが、他の男に促されて扉から出ていった。
嫌な予感がする。
大声で叫んで暴れたいのだが、身体が言うことを聞かない。
何とか立ち上がり、少なくなった男たちの間を縫って扉に向かう。
「では、移動しましょう」
男達が遥菜の両側を挟み込むように、扉に向かって歩き始めた。
えっと、私は逃げようとしているんだけど、何でついてくるの?
立ち止まると、「さぁ、行きましょう」と優しく背中を押される。
「逃がしてください」
なんとか声を絞りだすと、右の男が申し訳なさそうな顔をした。
左の男が、「どこに逃げるおつもりですか?」と言いながら扉を開け放つ。
外は夜だ。フラフラと建物から出る。
夜の闇の中、見たこともない石づくりの立派な城が
どこ? これ?
塔の一番上を見ようと仰ぎ見れば、夜空には月が大小3つも浮かんでいた。
日本じゃない……。
日本どころか、地球じゃない……??
あり得ない光景に、思考が停止した。
呆然としたまま背中を押されて、近くの建物に足を踏み入れる。豪華なソファーが目に飛び込んできた。ソファーに座らされ、暫くすると中年の女性がやって来た。ベージュのシャツと長いモスグリーンのスカートにエプロンをつけていた。
「さぁ、お風呂には入りましょうね」
子供をあやすような口調で、話しかけられた。
「さぁさ、男どもは外ですよ」
そう言うと、どんどん追い出していく。全員が外に出るころ、若い女性が到着した。白いシャツとワインレッドのスカートにエプロンという服装だ。
オドオドとして、泣きそうな顔をしている。
「
その後、若い女性に向かって話しかけた。
「貴女も名乗りなさい。クヨクヨしていても仕方がないのですよ」
「私は、グレースと申します」
低い声で目線は合わない。今にも泣きそうである。
泣きたいのは、こっちなんだけど!
「では、お嬢様、お風呂にしましょう」
サーシャと名乗った女性が手を引いて立ち上がらせようとするが、遥菜はお風呂などどうでも良かった。
月が三つもあるなんて……
「動けないようですので、お着替えだけさせていただきましょう」
サーシャが遥菜のトレーニングウェアに手を掛ける。
ジッパーに手を掛け下ろそうとするので、急いで押さえる。
「やめてください」
「あらあら。お風呂に入らないのなら、せめて綺麗に拭かないとね。グレース、濡れタオルの用意をお願いします。しっかり浄化を掛けてくださいね」
グレースは静かに返事をすると、動き始めた。
「ここは、どこ?」
「私たちはこの国をグランアトラスと呼んでいますわ」
聞いたことのない地名。
サーシャは、グレースに良く眠れるお茶を持ってくるように頼んでいた。
「グランアトラス……。それは地球のどこですか?」
「チ、キュウ? ですか?」
地球と言ったときの不思議そうな顔が、
「やっぱり、地球ではない……」
「お嬢様が元々いた世界のことですか? 私たちは、神の御座す地と呼んでおります」
「それってどこですか? 帰りたいんです! 来た道を辿れば帰れるはずですよね」
「お嬢様は、転移の魔法で召喚されたのです。帰るための魔法はありません」
申し訳なさそうな顔だが、口調ははっきりと言いきった。
「えっ?」
衝撃だった。
なんだ? 魔法って?
ファンタジーの中だけのものではないのか?
そんな訳がわからないものが相手では、太刀打ちできないではないか。
目からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。
サーシャは、優しく背中を擦ってくれている。
「帰れない……?」
目の前に、美味しそうな香りの紅茶が置かれる。
「これを飲んで、少し落ち着きましょう」
サーシャに促されるままに、一口含む。
鼻腔からいい香りが広がり、確かに少し落ち着いた。
「ありがとう。少し、落ちつい……た……」
抗うことができない眠気が襲ってきた。
「大丈夫ですよ。横になって、少しお休みなさい」
そこで、意識は途切れた。
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