第45話魔王集会
吾輩は人である。
名はホモ・サピエンス。
大聖女祭りでは人類の代表とか大風呂敷を広げていたが、なんのことはない、実際はリナちゃんの引率である。
リナちゃんが大魔王を名乗ったことによりそれを快く思わない魔王たちが開いた集会である。
その後の展開が非常に怖い。うわー、いたくねぇ。
しかし、円卓会議というのはこういうことを言うのだろうか。
七つの席があるその会議室は、空を駆ける駆逐飛空艦の船内とは思えないほどの広々としたものであった。
おそらくは空間がいじってあるのだろう。
そこにいる出席者もそうそうたるメンバーがそろっている。
・色欲之魔王たる魔王エディプス・コンプレックス
・怠惰之魔王たる魔王ラララ・ベルフェ
・暴食之魔王たる魔王ベル
・激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハート
・傲慢之魔王たる魔王フアトロ
そして、我らが強欲之魔王たる魔王リナちゃんの総勢6人だ。
七つの大罪の故事から考えれば一人足りないが、どうやら空席のようであった。
リナちゃんはその椅子にふんぞり返るように座り、出された赤白いリンゴジュースを茶色い木のストローで啜っていた。
「おいしいよこれ? サピエもどう?」いたってリナちゃんは自然体だ。
「いや、いまは止めておくですぞ」逆に我輩は胃が痛くなってきた。
その魔王の周囲にはそれぞれの参謀たる人物が固めている。
魔王リナにはもちろん吾輩と、そしてピーチがいる。
「ちょっと、なんで私まで巻き込むのよ。こんな会議に――」
「むはは。良いではないか。良いではないか」
「あなたねぇ……。まぁ大聖女の件があるから、付き合いはするけれどぉ」
ピーチは呆れた口調で小突いてくるが、ご褒美として受け取っておこう。
その他、魔王ベルの周囲にはあの拉致大好きなダークエルフが付き、隣の魔王エディプスの隣には美少女が参謀としてついていた。
さすがは色欲之魔王、付き合う女の子も美人さんである。
(しかし、あの顔立ちどこかで……)
吾輩は依然肖像画で見た大陸ミナミの英雄であるソフィー・ヴァイオレットに似ているなぁ、などとなんとなく思ったが、まさかあの英雄が魔王の側近として堕ちている訳がないと思わず被りをぬいだ。
そして、そんなことが気にならないほど、酷い側近を侍らす魔王がその隣にいたからだ。
「ねぇさん……」
怠惰之魔王たる魔王ベルフェの周囲に、姉である女騎士セリーヌ・サピエンスと、元婚約者である聖女ミーコ・ホワイトキャッスルがいたのだ。
「あら? サピエ? 女の娘と一緒とは良い身分ね。私に対するあてつけかしら?」
「勇者はどうしたんだ?」
思わず吾輩は聞かずにはいられなかった。
「あんなやつ知らないわよ。土壇場で逃げるような男に興味なんか無いわ」
どうやら、聖女を激怒するようなことを勇者はしたらしい。
そこを魔王ラララ・ベルフェが助けのだろうか?
魔王ラララ・ベルフェは魔王に似合わぬ幼女体系だが、この中の魔王の中で最もすごみというものを持っていた。
「ねぇ、彼女はいったい誰?」
吾輩を再び小突いてきたピーチに、吾輩は答えた。
「端的に言えば、元カノだな」
「へぇ――」
ピーチの瞳が怪しく光る。
そして、あろうことか聖女ミーコに向かってどうどうと挨拶という名の宣言を行った。
「始めまして聖女さま? わたくしはこのサピエの現婚約者で『大』聖女のピーチと申しましてよ。ほほほ」
「まぁ……」
どうやらピーチは聖女ミーコをからかうことにシフトしたらしい。
なにやら修羅場が始まりそうな雰囲気に対して、魔王フアトロが拍手1回で制止を行った。
「静まるが良い。互いの参謀どもよ――」
魔王フアトロはその名の通り茶髪のふあふあとした短い髪が特徴の、大きな伊達眼鏡に青いスーツを身にまとう美女であった。
「それで、そこのちんちくりんが魔王襲名に飽き足らず、大魔王を名乗りたいとほざいた、リナ? だっけ?」
「うん。リナはリナだよ?」
そこに口を挟んできたのは魔王ジャックだ。
「ははん? こんなガキに我らの主たる大魔王なんざ勤まるかよ。大魔王どころか、魔王の就任なども許せるわけがねぇ。たとえこの世界のシステムが許容したとしても、この世界平和を愛するこのジャック様が許さねぇ!」
世界平和を愛するとかいっているが、言うのは魔王のことだ。どこまで信用できることか。
この優男の特徴としては不遜な態度と鮫のような歯だろうか。
金髪でその片目を隠すようにしているのは中二の表れか。
大きなマントを付けているが、近所のヤンキーお兄さんっぽくそのマントには読めない文字が書かれている。よくわからんから、ヤンキー語でよろしくとでも書いてあることにしよう。
そんなヤンキーなジャック様に、よせばいいのにリナちゃんが突っかかっていく。
「ははーん。あなたはリナの凄さを知らないからそんなことが言えるのよ」
「ならば言ってみろよ。ろくに人も殺したことがない魔王なんざいる価値もない」
「リナは――、なんと九九が言えるのだ! 凄いでしょう!」
リナは覚えたばかりのことを言った。
「(ゴブリンにしては)凄い。さすが魔王だ……」
すかさず魔王エディプスがリナを褒めたたえる。
色欲之魔王たる彼は――、可愛ければなんでもよいようだ。周囲も驚いている。あるいは呆れているのか。
うむ。可愛いは正義ですぞ。
「いや、それほどでは……。あ、ほら、でも1の位は同じ数字だから覚えたのはちょっとでぇ……」
そんな謙遜するリナちゃんを魔王ジャックは鼻であしらった。何てやつだ。
「はん! たかが72個の計算を暗記したからといってなんだというのだ。1の位を除いた9x8個の暗記だろう?」
「え? 64では?」
「え!?」
「え」
魔王ジャックは疑問に思うが、隣の魔王エディプスの側近である少女がそっと耳元で補足する。
(ほら、1の段は縦横ありますから……)
「ははーん、リナは間違えているぞ。縦横に1の段があるのだから、9x9=81に縦列の1~9までの9個と、横列の1~9までの9個を合計した18を引いた63が正解だというのに。64とか間違えていやがる。ぎゃははははーー」
そんな会話を聞いていた魔王ベルは高らかに笑いだした。
他の魔王も苦笑だ。
「リナちゃん。私は貴方のことを魔王と認めるわ。だってそこのバカよりはましだもの」
「な、なんだとう?」
「あなたの計算では1x1が重複しているわよ。だから正解は64。バカだとは思っていたのだけれど、まさか1x1の計算すらできないだなんて……」
「くっ、しまった……」
そんな会話を聞きながら、吾輩はピーチとひそひそと話し合った。
「なぁ、魔王がこんなバカどもで良いのか?」
「良いんじゃない? 少なくとも人類にとっては」
「――なるほど」
そして、魔王ベルが立ち上がり、決を採る。
「さぁ、そこのリナが魔王であることに反対する者は?」
誰も反論することがなかったため、一瞬で魔王リナは魔王リナは魔王たちに承認されることになった。
「くっ……」
憎しみの瞳でジャックがリナを見るが、当のリナはどこ吹く風だ。
「――で、その魔王リナの大魔王への昇進だが、どうするね?」
魔王ラララ・ベルフェが次の話題を促す。
初めて喋るその声は筋脳らしく重厚なものであった。
「我は、大次天魔王であるならば赦そうと思うが?」
魔王ラララ・ベルフェは、ジャックに声を掛ける。
どうやらリナと敵対しているらしいジャックに賛同を得ようというのだろう。
「おぉいいね、大次天魔王。いいじゃないかッ」
その勢いそのままにジャックも賛同した。
それにさらに魔王ベルも賛同する。
「あぁ、それは良いわね。彼女の使う
「ん?」
「オーダといえばそこの異世界転生した参謀の世界では大六天魔王と呼ばれていた武将の名よ。そしてその武将の必殺技が、《三段オチ》と言われる砲撃術。その砲術で、その武将はろくな砲撃術を持たぬ未開の者どもを屠ったという――」
「おお、そうだとも。そうだとも」
そんな会話にリナも大喜びだ。
「つまり、2x3ということね。大次天魔王。いいじゃない!」
うんうんと頷く魔王たち。
だが我輩は断言しよう。
次点って、それ魔王からランクダウンしているからな。
吾輩は口から出かかったそのツッコミをなんとか押し戻した。
ここで拒否して話をややこしくしてもしょうがない。
これでやっと片付くか、と思っていたが、魔王ラララ・ベルフェの話にはまだ先があった。
「ただし条件がある。魔王リナ。お前はまだ一度も魔王として人を襲ったことはないだろう。調べた限りにおいては人の冒険者として遊んでいるそうじゃないか」
「そ、それは……」
「ならば一度は魔王として人を襲え。それが条件だな。我らは誰一人として人類を襲っていないものなどおらぬ」
魔王ジャックは頷いた。
「うむうむ。世界平和のためだな! だいたいニンゲンの参謀を従えているとか、魔王とは思えぬ所業、許せないな――」
「いや、ボッチよりはましかと思うぞ」魔王エディプスが突っ込みをいれる。
「く……、おのれ――」
ここにいる男性の魔王は三人いる。
魔王エディプスの参謀は目も覚めるような美女だ。
魔王ラララ・ベルフェは女騎士と聖女を従えていた。
一方の魔王ジャックは独り身だ。
おもわず拳に力が入る。
「そうよね、リナ。私もその男はどうだろうと思うよ」
そこに口を挟んできたのは魔王フアトロだ。
ちなみに彼女もボッチである。
そのふあふあな髪を靡かせつつ、彼女は吾輩に近づいてきた。
「なによぉ。サピエは強いんだからねっ。少なくとも貴方なんかよりッ」
リナちゃんが指を刺して煽りに入る。
魔王フアトロはその大きなおっぱいを揺らしつつも目を細めた。
その唇があやしくうごめく。それだけで。
ばーん。そんな派手な音がした。
「あ、コラー」リナちゃんが叫ぶ。
その瞬間、吾輩の脳みそが。弾け飛んだ――
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