第44話そして戦場へ

 大聖女祭りの決勝戦で勝者が決まった直後であるにも関わらず、闘技場は静まりかえっていた。


 暴食之魔王たる魔王ベルが、少女を伴って闘技場の観客席からその中央へと進むのを誰も止めることができない。


 それはそうだろう。


 人類の厄災たる魔王ベル。


 彼女によってかつて人間が住む領域の1/3の命が刈り取られた。


 あまたの人間を葬った魔王軍の親玉、その人であるのだから。


 その歩みを一体だれが止められるというのか。


「ふふふ……。ようやく倒したわね。勇者を――」


「あぁあ……。貴様は――」勇者の声は震えている。


 以前、別の魔王に完膚なきまでに倒されてたことを思い出しているのだろうか。


 魔王ベルが軽く《威圧》をするだけで勇者は泡を吹いて気絶した。これでは使い物にならない。


 そんな魔王ベルに対して吾輩は指を突き付ける。


「吾輩は人である。

 名はホモ・サピエンス!」


 それは、自身が人類の側であることを示す言葉だ。


「ほう、それで?」


「吾輩はこの大聖女祭りで大聖女に我が婚約者、聖女ピーチを指名する!」


「「おぉー」」


 闘技場の周囲は騒然となった。


 紅巾党こきんとう派ともくされる吾輩は、大聖女に聖母マンマ・ミイヤーを指定すると誰もが思っていたようだ。


「それで?」


 魔王ベルはどこか楽しそうにその先を促した。


「魔王ベル! 吾輩は懐柔した魔王リナを伴って魔王集会ワルプルギスの夜で人類を掛けた話し合いをすることになるだろう。そこには人類代表である聖女が欠かせない。違うか?」


 完全なでたらめである。


 ぶっちゃけならばどうやったらこの難局を乗り切れるかで頭がいっぱいだ。


 まず魔王とは敵対している風を装わなければならない。


 そうでなければ国はおろか人類から袋叩きにされることだろう。


 そして、ピーチを魔王集会ワルプルギスの夜に巻き込むのだ。


 そんなところに吾輩とリナちゃんだけでいったら、まず100%殺されるに違いない。


 だが、ピーチであればどうだろうか? 戯言でなんとかしてくれるかもしれない。


「あぁ、人類の代表であるならば聖母マンマ・ミイヤーの方が良いだろうだって? そんな会議に純真無垢な聖母マンマ・ミイヤーが出てみろ。一瞬で言葉尻を捕らえられて酷い目に合うのは目に見えている。だがピーチならどうだ? 彼女は我がパラチオン王国が誇る悪徳、グリーングリーン公爵家の令嬢だ。海千山千の、押されぬ悪役令嬢なのだぞ。その口先だけで良い条件を勝ち取ってくるに違いない……」


 周囲はさらに騒然としてきた。


「あぁ、グリーングリーン公爵家か、最近の悪辣さは目に余る……」


「あの悪辣さがあればあるいは――」


「そうだな。なんてたって悪役令嬢――。あぁ踏まれたい……」


 そんな周囲を黙らせるように、魔王ベルが魔力を伴って呟く。


「うるさいわね――」


 それは、魔王だけが持つ思念オーダ魔法マジックだ。


 それだけで、闘技場は再び凍り付くような沈黙が訪れる。


「何より――」


 だが、そのようなもので黙る吾輩ではなかった。


 リナちゃんの思念オーダ魔法マジックは何度も見ているし、先ほども《弑逆の参謀》リネージュが放つ近代魔術を退けたばかりだ。


「何より――。吾輩はピーチが好きだ!

 吾輩が大聖女に彼女を選ぶ理由はそれだけでも十分であろう!」


 とりあえずどさくさに紛れて告白しておいた。


 こちらは完全な本心であった。


「良かろう。ならば来るが良い。魔王たちの会議へ――」


 魔王ベルが指を鳴らす。


 その指の先から新たな世界が広がっていく。


 光が手の先に広がり、さらに光は闘技場の中央を吾輩を含めて眩しく染め上げた。


 魔王ベルの転移魔術である。


「《転移》――座標指定:34.395278,134.05」


 高らかな詠唱のもと、吾輩たちは一瞬で別の場所へと転移する。


 その場所は、駆逐飛空艦奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまであった――

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