第35話拉致っ、ちゃうよっ↑

 紅巾党こきんとう派といえば、この国において最大の宗教団体である。


 だがその活動は宗教とは程遠いものがある。

 一番分かりやすいのは、主神たる女神カーキン、または、その下の神々に仕える聖女をトップとした修道女、神官の集まりといったところだろうか。


 そのほかには『成人の儀式』を扱う神殿の管理、および神官職のよりどころとといったいわゆる安全衛生管理系の活動をすることが多い。


 だたこの安全衛生管理系というのがくせもので、治癒魔法による人々の治療はもちろんのこと、薬物の管理から魔物の討伐まですべてひっくるめた概念となっているため話がややこしくなる。


 人々に歯みがきの啓蒙など衛生的な活動をしようとするのであれば当然政治にも絡むし、魔物を討伐しようとするのならば軍事にも絡む。


 紅巾党こきんとう派において軍事に着目して幅を利かしていたのが、昨今失脚した豚やろう将軍であったことも話をややこしくしているだろう。

 そんな、魔王軍の猛攻に耐えられず一都市を失ったことにより失脚した豚やろう将軍ではあるのだが、庶民の人気は根強いものであるし、そんな豚やろう将軍についていた家臣にも侮りがたいものがある。


 いまここにいるエルフ、《弑逆の参謀》リネージュもその一人だ。


 怠惰之魔王たる魔王ベルフェが配下の魔物たちを共闘させ、豚やろう討伐連合を作って攻めた時、一都市まるごと火計によって大軍勢を葬り、兵站に問題のあった魔王軍を押しとどめ、さらには都市を丸ごとアンデットの住処にすることで強烈なマジノラインを形成することは、豚やろう将軍のカリスマと彼女の策謀なしではなしえなかっただろう。


 そんなリネージュがピーチの前にいるのは必然だろうか。リネージュは今や紅巾党こきんとう派の最大戦力である。


 ピーチの用意した隠れ家の一つに無造作に入り込み、ピーチと一緒に紅茶を楽しむその姿は豪胆なのか、それとも――


「それで、紅巾党こきんとう派の状況はどうなの?」


「あぁ、馬鹿どもの洗い出しは上手くいっているよ。聖女100人のその裏の中心人物が拉致されたのだ。慌てふためくだけのもの、反聖女に動くもの、結束を高めようとするもの。いろいろだな」


「サピエはどう動いている?」


「サピエ? あぁ、聖女ピーチ、あなたの婚約者か。勇者からの手紙を貰ってからは大聖女祭りに出る方向で動いているみたいだな。『秘密』と称して決して周りに気づかれないようにな、と言いながらふれ回っているよ」


「私の拉致なんて超特急の『秘密』でしょうからね。『秘密』であればある程、広まりやすいか。まして、ふれて回っているのだから」


「ま、私としては噂で王族派が勇者をけしかけるために、ということになっているのが気に入らないが」


「そんなに貴方が拉致したことにしたかったの? リネージュさん」


「そりゃそうだよ。そして大聖女祭りの戦場で『ピーチを返してほしくば私を倒してみろ。私を倒せばお前の参謀になってやる』とか言うのを楽しみにしていたのに」


「別にサピエの参謀になりたいなら、サピエにそのように言えばいいじゃない?」


「だめだめ。そんなのじゃインパクトに欠けるわ。少なくとも彼に鞍替えするなら、私が豚やろう将軍の配下から抜けることを人々に明確に知らせる必要があるのだから」


「有名人は大変ね。《弑逆の参謀》リネージュといえば、豚やろう将軍の臣下というのは有名だから」


「そうよ。彼は《人類を新世界へ導く白い悪魔》なのだから、これから参謀になろうという人はごまんといるはず。そんなところに入っていくのだから……ねぇ」


「(その称号、単にホモって意味なんだけど、知らないと受けが良いのよね……。そんなに強そうに見えるのかしら?)とはいえ、トーナメントなんて時の運よ。サピエなんて出場したところですぐ負けるんじゃない?」


「はぁ? あなた……。自分の夫を≪鑑定≫しておいてまだそんなことを言うの? あれは一種の化け物チートよ。豚やろう将軍と同じ」


「はぁ? あれが?」


「だいたい、彼ってば既に魔王の一角である魔王リナまで従えているじゃない」


「え? リナってあの幼女のことでしょう? ロリらしい暴虐無人なふるまいで『魔王』という物騒な二つ名の冒険者? 今はサピエの砦に住んでいる美少女孤児たちのリーダー。それを本物の魔王みたいな言い方しないでよ」


 ピーチが思うに、あの砦に住んでいる孤児の少女たちはみんなサピエに依存して生活しているように考えていた。


 サピエが欲望のままに集めてきた少女たち。男性の異世界転生者ならいかにも考えそうなことだ。異世界でハーレム作るとか。


 だからその一人が魔王とか言われても素直には信じられない。


「本物の魔王だよ。あれは――」


「うそでしょう?」


 そんな話をしているうちに、急に部屋の中が暗くなる。


 そしていきなり、天井や、床、そして入り口の扉が開かれた。


 それはダークエルフと今話題になっているリナだ。


 強欲之魔王たる魔王リナは、可愛らしいふりふりがたくさんついたドレスを身にまとっており、『まさに可愛い娘が可愛いことをする』ような愛らしさがある。


 そんなリナと愉快な仲間たちであるダークエルフはまるでインド映画を彷彿とさせる動きで、踊りながら歌うのだった。


「拉致っちゃうよー」ダークエルフAが回転する。


「拉致っちゃうよ~~」ダークエルフBが天井から飛び降りる。


「拉致っちゃうよ~~~」ダークエルフCがリナに向かって手をひらひら。


「拉致っ、ちゃうよッ↑」そしてリナが指揮を執る。


 ダークエルフが一斉に華麗なターン!

 それは見事な統一感であった。


 リナだけタイミングが合わずに遅れているが、そこはご愛敬というものだ。


「「「でゅーわーぁぁぁぁ」」」


 最後のポージングも決まった。


 これがプロモーションビデオであったならば、後ろで無意味な爆発が起きていることだろう。

 その爆薬はトリニトロトルエンか、ジアゾジニトロフェノールか、はたまたそれともヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンか。


 そんな突然の動きにピーチとリネージュは反応できずにいた。


「やった。うまくいったわ」リナが喜ぶ。


「おう、目標のピーチどころか、リネージュまでアホずら晒てやがる。やったなっ」ダークエルフAも愉悦に浸っているようだ。


「「おう」」リナとダークエルフたちは抱き合って喜んだ。


 ピーチは呆れた顔をしていたのだが、彼らにはそう見えていたらしい。


「で!? そこの間女さん! 拉致られて?」


 そんなことを言う魔王リナを見ながら、ピーチはリネージュに問いかける。


「ね? どう見ても魔王には見えないでしょう」


「そ、そうかも?」


「あー。リナを無視するなぁー」


 顔を膨らませて愛らしく怒るリナに対して、ピーチは『対砦』の作戦を実施することにした。


 それは兼ねてより準備していた、彼女たちに対するお詫びのようなものである。

 ピーチのメイドであったメイヤー・ロッテンからの情報収集によりある程度情報は掴んでいたのだ。


 例えば、ホル・シュタインと名付けられた牛さんによる乳製品が彼女たちの大好物とか。


 野菜よりも肉だとか。


 そう、例えばお菓子に目が無いだとか。


「まぁまぁ、リナちゃんごめんなさいねー。じゃぁ、サピエが帰るときに持たせる『砦』の子たち用のお土産とか考えているのだけれど、そのサンプルとか味見してみない?」


「ん? んん?」


 作戦名:『食べ物で釣る近所のお姉さん作戦』である。


「ほらー。あのサピエにまかしておいたらお土産とかもきっと忘れているわよ」


「んー。確かにサピエはダメな男だからなぁー」


「そうよ! そこでリナちゃんがしっかりしないとぉー」


「そ、そうかな?」


「えーっと、いま考えているのは『おいしいピザを作るためにわざわざ硬水を軟水化するためのNa塔まで建ててウォーターハンマーで素地すらっじを叩いたチーズミックスピザ』とぉ、『隠し味に紫蘇しそを使った、どくどくしい紫いろの林カレーしゅーくりーむ』とぉ、『居酒屋バルのジメルカプロール本店で作ったキリンの生姜焼きパン』とぉ……」


「食べる! みんな食べるよ! おいしそう!」


「全部はダメよぉ。美味しいものはおなかが減っているときに1つづつ食べないと美味しくないわよ。それにあまり食べちゃうと砦に戻った時に食べた時にみんなと一緒においしさの感動を共有できなくなっちゃうかもしれない」


「おいしさの、感動……」


「そうよ。とある有名な偉人ユーハは言ったわ。『おいしさはやさしさだ。』て」


「『おいしさはやさしさ……。』何て良い言葉なの」


 そんなリナに対する懐柔策を妨害するのはダークエルフたちだ。


「ちょっと。リナちゃん話が違うだろう」


「そうだぞ! ピーチを拉致する話はどうなった!」


 それに対応するのはエルフのリネージュであった。


「そもそも拉致るな。ダークエルフふぜいが」


「くっ。たかがエルフが偉そうに……」


「はん! おまえらダークエルフはおっぱいを魔石で盛っているんだってな」


「胸に魔石はダークエルフの勲章だぞ。尿管に結石作っているようなエルフごときがっ」


「誰が尿管結石女だっ」


 ダークエルフA、B、Cとエルフのリネージュは今にも殴りかからんとする態勢でにらみ合う。


 そんな間に割って入ったのはリナだ。


「争いごとはやめて! そうねぇ『君たちみんなで仲良くパン買ってきて』」


 魔力を含んだ声でリナがダークエルフたちに語り掛けると、急に不自然なほど仲良くなった彼らはパンを買うために部屋を出ていった。


「なにあれ?」


「初代魔王ラララが使ったとされる古式魔術『思念オーダ魔法マジック』よ。強い敵には効かないけれど、彼ら程度なら……。さぁ、それで何から食べようかしら?」


「そうねぇ……」


 思念オーダ魔法マジックの恐ろしさを垣間見ながら、本当の最強はリナちゃんなのかしら。とピーチは思うのであった。

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