第30話ドロー! モンスターカード
吾輩は人である。
名はホモ・サピエンス。
「てへっ。きちゃった……」
吾輩とピーチが借りている家の玄関を開けると、入り口にはなぜかリナちゃんが立っていた。
ぴしゃり。
吾輩は思わず玄関の扉を閉めるのだった。
「いやーん。開けて開けてサピエ―ぇー」
リナちゃんはサピエに家に入れてもらえずに入り口で泣き出した。
ご近所さんに迷惑である。
そして、リナちゃんは周囲から見ればまごうことなき幼女である。
砦にいるときに持っている身の丈の2倍もあるようなグレードソードを持っていたりしなければ、普通に美少女として通る。
そして制服のセンスもそこらの貴族よりもずっとセンスが良い。
なにしろ最近売り出し中、新進気鋭の機織り師ジア・エンソーダが、防御力の高いジャイアントスパイダー・シルクを使って作ったものだ。知れば貴族連中ですら羨むだろう。
そんな娘が騒ぎ出したら、簡単に噂が広がる。
いろんな意味であぶない噂が。
ただでさえ変な噂が絶えないのに。
ここで婚約者であるピーチがいないことは幸いであった。
彼女と合わせたらリナちゃんがどんな化学反応を見せるか、非常に不安である。
ともかく、吾輩はリナちゃんを家に入れることにした。
この家は
その宗教という性格上、豪華な――といわけにはいかず質素な感じの邸宅であるが、メイドや執事も完備されたぷち豪邸である。そのメイドや執事はすぐに集まった。なにしろ屋敷の主は聖女だ。なろうという者は多い。
そして、なによりピーチと同棲というのがすばらしい。ドリルな髪を降ろしたピーチとか新鮮ですばらしいものだ。
そのピーチはいまだに政争に明け暮れているらしく、ほとんど家にはいないのだが。上級貴族の考えることは分からん。
吾輩はピーチ・グリーングリーンの目論見が成功したら、婚約破棄の代償としておっぱいを揉みくだし、さっさと砦に戻るつもりでいた。
だが実際はどうだろう。
ピーチのおっぱいの代わりに揉んだのは別人で、あげくにピーチとは婚約破棄できない
それは本来祝福されるべきものであっただろう。
そして、それは聖女たちが絶対に口にすることはない。
『
その祝福の内容も、婚約破棄させないというものであるならば、他の人が見れば羨むことはあれ、逆はないだろう。
そう普通は。その婚約が聖女になったら婚約破棄するという前提のものでなければ。
ご丁寧に神々は自身を祭っている神殿に戻り、そこを管理している神官などに新たな聖女が生まれたことや、聖女と婚約したものに祝福したことなどを触れてまわっているらしい……
重要なことを隠すためとはいえ、実に念の入ったことである。
いまや尾ひれや背びれがついて、一大サーガとして吟遊詩人が語りだすレベルである。
劇場版までできたらどうしてくれよう。大いにありそうで困る。
そこで、男の変なクラスなどは黙殺されると思った。
だが噂では強調された。
酷ければ酷いほど、その落差から庶民としては盛り上がるのだ。実に受けがいい。
その名も「美女と野獣」とかではなく、「美女とアホ~」とからしい。どんだけ吾輩の扱いが酷いのよ。
男のクラスは良くて村人から始まり、実は虫野郎じゃね? ボケとツッコミの使い手なのでは? 実はひよこ鑑定士なんじゃ――なんて聞くに堪えない声まで聞こえている。ひよこ鑑定士は現代では儲かる商売だけれども。
そんなこんなで砦に戻るに戻れなくなり、ピーチからの策があるから、との言葉のもと、なんだかんだいいつつ『大聖女祭り』まで王都に残ることになってしまった。
しかし策とはなんだろうか? まさかデレてこのまま結婚しようとかじゃないだろうな?
――。そんな展開ならば吾輩もちろん大好物ですぞ!
だが、そこに業を煮やしたのは、当然というべきかリナちゃんたちであった。目的は吾輩の奪還だ。あるいは、教育が辛くて逃げてきたのだろうか。
「しかし、マイヤー・ロッテンさんまで……」
そう、リナちゃんだけなら分からないでもない。が、マイヤー・ロッテンさんまでついてきたのには吾輩は驚くばかりだ。
だが冷静になれば理解はできた。
リナちゃんらを引率する立場のメイドさんのマイヤー・ロッテンも、自身の妹が聖女になり、なおかつ主神カーキン様より直接聖母なんて称号を受けたとなれば、居てもたってもいられなくなるものは仕方がないだろう。
そしてピーチの目論見が成功したのだから、吾輩がすぐに戻ってくるハズだったのが、戻ってこない。気をやむのも当然か。
だからといって、リナちゃんも連れてくるとはどういうことだろう。
まさか……。
「リナちゃん……。まさか、この短期間のうちに常識を覚えたのかね」
「もちろんだよ! サピエ」
「1、2、の次は……」
「そんなのは決まっているでしょう! 3、4、5よ!」
「そこにニンゲンがいます。貴方はどうしますか?」
「知らない男の人にはついていってはいけません!」
「ばかな――。そんなばかな――」
リナちゃんは恐るべき勢いで数字と常識というものを覚えたらしい。
それは驚愕すべきことだ。元はゴブリンなのに。
ついこないだまでは3以上の数字が言えなかったのに。
もっとも、マイヤー・ロッテンさんによれば四則演算ができるのはまだリナちゃんだけだとのことだが。
そうして、代表としてリナちゃんだけが王都に来ることができたのだった。
「で――、その後ろにいる美女は――誰なんですかね?」
そんな中、リナちゃんの後ろに立つ美女に吾輩は注目する。
お気になさらず、などと返されるが、いやいや気にするから。
「え? あぁ、リナの先輩だよー?」
「リナちゃんの先輩?」
解せぬ。
リナちゃんに先輩などいたのだろうか。
というか、ここまで気配を絶って家に入れるとか、相当な練度だぞ?
マイヤーさんも今気づいたとばかり驚いているし。
吾輩が気づいたのも、吾輩の類まれなる、《おっぱいセンサー》スキルによるものという偶然だ。有象無象の区別なく、周囲のおっぱいの位置が分かる。気配感知の代替として実に有用である。
彼女は谷間の空いた薄い紫のドレスを着て、実に素晴らしいものをお持ちの美女であった。
それは吾輩がおっぱい揉みくだし師であるがゆえに他の描写がおろそかになるほどの恐るべき攻撃力をお持ちだ。
だが、美人ではあるのだが、こうなんというか圧倒的な威圧感すぎて揉める気がしないのはなぜだろう。
彼女はドレスのスカートを小さく摘まむとお辞儀をする。
カーテシーと俗に呼ばれているものだ。
「わたくしは――。おっと……」
彼女はマイヤーに目線を送ると右手の指を鳴らす。
マイヤー・ロッテンさんは急に立ち眩みを起こしたかのように気を失って崩れ落ちた。
「お、おい……」
吾輩はとっさにマイヤーさんを起こそうとして、床に眠らせるだけに控えた。
それはマイヤーさんに聞かれては絶対にやばい内容だったからだ。
「わたくしは、≪暴食之魔王たる魔王≫ベルと申します。強欲之魔王たる魔王リナの悪の参謀、≪人類を新世界へと導く白き魔獣≫ホモ・サピエンスさん――」
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