第29話王女の焦り

「あのあばずれの悪役令嬢がっ。ようやく退学させることができたというのに、なんということをしでかしてくれるのよぉ」


 ゆるふわ系の王女、ファビョリーヌ・チオフォスフェイトはその報告を受けた時、悪態をつかずにはいられなかった。


 悪役令嬢であるピーチ・グリーングリーンが聖女となったのだ。


 それ以外にも追い落としたと思っていた2人の令嬢が、2人とも聖女になっていることに驚いていた。


「まさか……、断罪イベントを経ずに令嬢たちを追い落とすとこんなことになるだなんて……」


 ファビョリーヌの中の異世界転生者は、西鳩セイ・ハートオフラインを熟知している気になっていたが、それは最適ルートを通った場合のみであった。


 なにしろ、あの異世界には攻略サイトなるものがあるのだ。


 攻略対象を決めればあとは攻略サイトの指示に従うだけで最適なルートを選び出すことができる。


 ファビョリーヌはさらに少しでもはやくハーレムを築くべく、攻略サイトには従わず、ルートからさらに速い結末を選んだわけだが、それは失敗に終わってしまった。


 本来ならば彼女たちが退学になるのは、3年間の学校生活を卒業する直前、乙女系には付き物の断罪イベント時だ。


 断罪イベントの後は卒業しかなく、その頃であれば王族が優先して王都の神殿を使うことになる。


 そこに彼女たちが入り込む余地はない。


 だが、今の時点で退学してしまえば王都の神殿は使い放題だ。


 王族は優先的に使えるが、使わない場合はその場所は基本的に開かれているのだ。多くの成人者の運値を吸い取って王族に良いクラスをもたらすために。


「私が、私が聖女になるはずだったのにぃ――」


 何らかの要因があったのだろうか。


 いきなり100人も聖女が増えた。


 これでは後から聖女になったとしても聖女としての希少価値はものすごく下がってしまう。


 だが、まだ手はある。


 大聖女の祭りだ。


 3年に一度開かれるそのお祭りにより、聖女の中の聖女が決定する。


 聖女となりそこでえらばれればファビョリーヌにもまだ目はあるだろう。


 しかし、そのお祭りは今年にもある。


 本来であれば卒業一年後であり、皆に祝福されながら大聖女になるというのが、エンドロールで語られる話ではあるが、100人もいた時代の聖女ではなく、後発の聖女ではどうにもならないだろう。


 だから、今年のお祭りに参加するにはまず自分が聖女になっておかなければならない。


 そして、聖女になるには成人の儀式を受けなければならない。


 退学すればあるいは――と考えて、退学の線はすぐに捨てる。


 そんなことをすれば周囲の男たちがどんな反応をするかなんて明らかだからだ。学園卒業の称号は他者とのマウントを取るのに必須であった。


 なんとか、在学中に聖女になる手を――


 そう思い、教会の人間に掛け合ったのだが、答えはNOであった。


 しかも、王都の神殿での成人の儀式は今後10年は行わない。などというふざけた答えが返ってきたのだ。


 王都の神殿でなければ聖女の称号は難しいだろうということは、ファビョリーヌでもわかることである。


 西鳩セイ・ハートオフラインでも聖女となったのは王都の神殿のみだ。


 他にも神殿はあり、逆ハーレムモード以外の個人攻略時には他の神殿で成人の儀式を受けたことはあるが、ゲームの都合上、王都の神殿以外で聖女となったこはない。グラフィックを用意するのも唯ではないからね。


(くそっ。くそっ。くそっ。あの悪党めっ。どうすれば――)


 ちまたではどこでも聖女の話題でいっぱいである。


 それはそうだろう。100人もの聖女が一度に出現したのだ。


 ファビョリーヌの頭の中はゆるふわ系の王女に似合わぬ憎しみでいっぱいであった。


(どうやったら、やつを止められるんだ――)


 とどめとなる問題は聖女、聖母マンマ・ミイヤーの存在だ。

 この世界の主神である女神カーキンから試練を与えられ聖母の称号を賜った聖女だという。


 そんな名前の人がいたら、普通はそいつが大聖女になるに決まっているだろう。


 今や紅巾党こうきんとうの勢力は聖母マンマ・ミイヤーが表の顔となって活動している。


 その裏を牛耳るのは悪役令嬢、ピーチ・グリーングリーンだ。


 ピーチ・グリーングリーンは良縁マリアージュなどと称して聖女と貴族たちとの婚活を次々と進めていた。


 貴族たちにとって聖女を娶るとなればステータスである。聖女たちは美しい。クラスのスキル補正で当然のように美しいのだ。


 ピーチ・グリーングリーンは弟によって実家勢力からはほぼ排除されているものの、貴族に対するパイプは相当に太いものがあった。なにしろかつては貴族派の重鎮の一族であったのだ。顔が利く。

 そこに、聖女による婚姻戦略である。男どもの多くがもうメロメロだ。


 そして実家勢力から貴族を骨抜きとし、さらには王族派にまで手を伸ばす。自分が属すことになった紅巾党こうきんとう派は言うまでもない。


 その手腕たるやまさに悪役令嬢の名に相応しい。


 さらに言えば、ピーチにはもう学校で退屈な授業を受ける時間的なロスがない。


 ファビョリーヌがいかにもがこうとも、学校という時間拘束の制約は揺るがない。


「だったら――、人を使えば良いのか……」


 そういえば――


 この前ピーチを襲った盗賊団は大半が捕まり犯罪者奴隷として売られていた。


 そいつらはピーチのことを大いに恨んでいるに違いない。


 ファビョリーヌは思いついたアイデアにどうにも抑えきらず笑みを浮かべるのであった。

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