第13話ピーチ・グリーングリーン公爵家令嬢

 ピーチ・グリーングリーンは、グリーングリーン公爵家の令嬢だ。


 公爵家の中でしかも長女であり、かつ頭脳も明晰で優秀であった。


 次期当主などの上級貴族たちが通う学園で主席であるといえばその凄さが分かることだろう。


 その学校はサピエたち男爵家の次男、三男では通えないほどの格式を有している。


 それは、次に生まれた男子である弟が霞むほどだ。



 だからだろうか。弟との関係はそれほど良いものではなかった。


 だからといって、こんなことまでするとは。


 ピーチは驚きを隠せない。


 当主である父との所領での視察を終え、帰宅途中にあったグリーングリーン侯爵家の馬車を盗賊団に襲わせるとは。


 確かに帰り道は魔界の森の近くを通り、危ないところではある。


 だが、その魔界の森は強い魔物がいるとされる東方方面とは違い、ゴブリンやウルフなど弱いモンスターしかいないことが知られている。



 だからこその油断だった。


 まさか魔界の森に盗賊団の砦を作り、拠点とするなどとは思いもよらないことである。


 よほど強い集団でなければそのようなことはできない。



 盗賊といえば、くいっぱぐれた冒険者くずれなどで、弱いとされるのが普通だ。


 それなりに力があるのであれば、この世界では冒険者や傭兵となった方がよほど儲かるのだ。


 住民相手に危害を加えるのであれば国が黙っていないし、冒険者ももちろん黙っていない。奴隷制度は存在し、捕まりでもしたら犯罪奴隷として鉱山などで働かされるのだ。



 そんな盗賊団であるはずが、この盗賊団に限っていれば統率が取れていた。


 しかもそれなりに訓練ができている。


 いったいどこにそんな盗賊団がいるのだろうか。

 彼らはまるで、優秀な傭兵団が金を受けて盗賊を偽装しているかのようだった。



 馬車が襲われてすぐに、父は殺された。


「お前は――」


 などと父が叫んだ直後に弓を打たれたのだ。


 おそらく父が知っている人物なのだろう。それとも人物が看破されることを恐れたのか。


 グリーングリーン侯爵家では、先天的に鑑定スキル≪パーソンアプレイザー≫の能力を持つものが多い。


 代を経るごとにその能力は薄まっているが、ピーチもまたその能力を引き継いでいた。


 そのパーソンアプレイザーの能力とは、対象の称号を見ることができるというもの。


 称号というものは大体において見た目でも判断できるものなのであまり意味はない。



 例えばゴブリンスレーヤー。見た目で容易に判断がつくであろう。そして大抵の場合、人は得た称号を誇るものであり、調べる前に分かるというものだ。


 だが、そんな程度の能力をも恐れたのか、馬車の中で隠れていた私を発見すると、賊はすぐに黒の帯で私に目隠しをし、両手首を後ろでに縛った。


 そして良くわかない場所に連れていかれた。


 おそらくは魔界の森の中だ。


 砦などの陣地でも構築しているのだろうか。


(私はこれからどうなるのだろう……)


 父は殺された。

 利用価値がないか、存在が邪魔なのだろう。


 ならば私はどうなのだろうか。利用価値がある?

 いったい何に?


 例えば、男たちの慰み者となることへの価値とか。


 例えば、高級娼婦として売り飛ばすための価値とか。


 例えば、身代金を要求するための価値とか。


(最後のはありえないか)


 ピーチは考える。


 父が殺された以上、身代金を払うのはグリーングリーン侯爵家にいる弟になる。


 弟であれば嬉々として身代金の支払いを拒否することだろう。


 そうすれば自然と次期当主の座が得られるのだから。


 それでは高級娼婦として売り飛ばされるのだろうか。


 自分でも容姿は悪くないと思う。


 学園で私のことを嫌らしい視線で見る貴族たちのことを私は何人か知っている。

 社交界の大人たちにも、そんな人物はいる。


 かつては貴族たちの重しとして、豚やろう将軍という一度聞けば忘れらない愛称で知られる将軍がいた。紅巾党こうきんとう派で容姿は悪いが、悪いがゆえに嫉妬でもしたのか風紀の乱れには徹底した綱紀粛正を図ってきたのだ。しかし、彼が失脚してからはいささか貴族たちの風紀が乱れているところがあった。



 だから私を捕まえて地下牢で愛でるなどは平気でするかもしれない。



 ピーチが考えをめぐらせていると、不意に嬌声が聞こえた。


 それはかなり遠く、小さな声であるがピーチの耳に酷く残る音であった。


「い、いやぁぁぁ……」


 一体何ごとであろうか。


 いや、意味は分かる。盗賊団たちが女たちを使って遊んでいるのだろう。


 公爵家の馬車には父や私だけでなく侍女も乗っていた。


(耳をふさぐべきか。いや、ここは状況をなんとか知らなくては……)


 目をふさがれているだけに、ピーチの耳はやけに鋭敏になっていた。





 ・ ・ ・ ・ ・





 魔界の森に急遽整備された砦は、アイゴー傭兵団の手によるものだ。


 彼らは公金搾取以外はなんでもやるという金の亡者集団であり、今回もとある貴族からの多額の報酬によって動いている。


 名目は盗賊団による某貴族の襲撃だ。


 襲撃先がたまたま、公爵家の馬車だったりするのは、そう、偶然・・なのである。


 公爵家の馬車はもちろんものものしい警備が敷かれている。


 普通の盗賊団であれば成功させることはできない。


 身内が裏切りでもしない限り成功しないだろうというほどの成功率だ。



 だが、たまたまその護衛の連中に裏切り者が多数いて、簡単に襲撃は成功することができた。

 そう、たまたまだ。

 決して裏でピーチの弟が手を引いた訳ではないのだ。



 そして当主をうまく殺害することもできた。


 その令嬢である女も既に売り飛ばす先が決まっている。

 社交界の華である彼女は引く手あまたなのだそうだ。



 成功すれば彼らは当分の間は遊んで暮らせるだろう。


 もう少しここらで盗賊団を続けて、盗賊団であることの信ぴょう性を増すようにしてもしてもよい。


 なにより金になる。


 そんなことを考えながら、団長であるアイゴー・アイグモニは砦中央の広場でちびちびと酒を飲んでいた。


 まさか、こんな場所に襲撃を図るやつがいるなどとは思ってもいない。


 来るとすれば雑魚のモンスター程度であろう。


 そんなとき、傭兵団の仲間の一人が慌てたように駆け寄ってきた。


「隊長! 大変です!」


「おいこらぁ。隊長じゃねぇ、今は俺らは傭兵団ではなく盗賊団だといっただろう。ここはかしらとよべかしらと」


「かしらぁ! 大変です!」


「おうどうしたヤス!」


「HENTAIがっ。HENTAIが出ました!」


「……。うるせぇ! 何がHENTAIだ。そんなくだらねぇ報告するんじゃねぇ」


 どげしっ。


 そんな仲間を吹き飛ばす。


 周囲の傭兵がそんな仲間のことをげらげらと笑った。

 彼らも酒を飲んでいたのだ。



 そんなときだ。


 入口の扉を吹き飛ばしながら男が入ってくるのは。


 それは青色の白衣を身に着けたサピエだった。中二のそれである。


「ふはははは――」


 アイゴー団長は急に寒気を感じつつもそのサピエを警戒する。


 痩せぎすの弱そうな男だ。


 武器すら装備していない。


 何らかの魔術の使い手なのか?


 ――であるならば杖などあるはずだが、それも無かった。


「何やつだ! お前がHENTAIかッ!」


 アイゴー団長は叫ぶ。


 それにサピエは返した。


「ふっ。余の顔を見忘れたかっ!」


(知るかそんなもの。パラチオン王国とか、豚やろう将軍とかでもあるまいし!)


 そう思いつつも、サピエの顔をしっかりと見てしまう。


 そのとたん、はっきりと自分の生命力HPが奪われるのを感じた。


 その男、サピエの顔は恍惚にとろけており、まさに嫌らしい視線で少女を愛でるようなケダモノそのものだったのだ。体はのけぞっており、まるでエクソシストのポーズを髣髴とさせる。




 ドン引きだった――




 それは、その顔を見ただけで身体の粘膜という粘膜を刺激し、鼻カタル、結膜炎、気管支炎などを起こさせるほどのものであった。


 それはまるで見ただけで蓄積させる原形質毒に近い。


 脳の節細胞が麻痺させ、赤血球が融解するほどの酷さである。



 そしてその引いた瞬間を見計らい、サピエは叫んだ。


「ホモ━━━━━━ヽ( ゜Д゜)人(゜Д゜ )ノ━━━━━━!! (くそっ。叫んでないとやってられるかッ)」


 ホモの雄たけびである。 ┌(┌^p^)┐

 歩く時のカサカサという音が聞こえてくるようだ。


 そのクトゥルフを思わせる叫び声に傭兵のその他の連中も同じように怯む。

 とても正気とは思えない。


 そう。あまりにもHENTAI☆

 サピエの動作はあまりにもHENTAIすぎたのだ。



 そのせいで傭兵たちは身の危険を感じたようだ。


 気迫に思わず後ずさるほどである。


 そして、それは戦闘という一瞬においては致命的なスキとなった。


 男の両脇からょぅι゛ょたちが飛び出す。


「ょ、ょぅι゛ょだと!」


 傭兵の一人が叫ぶがそれすらも隙になる。


 そんな隙を見逃さずょぅι゛ょたちは傭兵たちの股間に一発入れ、次に鳩尾みぞおちを突き、落ちた顎を突きぬいた。



 崩れ落ちる傭兵たちに、サピエはウキウキした笑顔で、指を触手のように動かした。


「さぁ、悪い子はどんどんおっぱいをもみもみしちゃおうねぇ。ホモぉ┌(┌^p^)┐(もう、やけくそだ)」


 サピエ団長は意識を失いつつも最後の断末魔をあげた。


「お、おまえは人々を新世界に導く白い悪魔かっ」


システム『ホモ・サピエンスは「人々を新世界へと導く白い悪魔」の称号を得ました』


(得るのなよ! こんなんで)


 サピエはシステムにツッコミを入れながらも、きっちりと、そのおっぱいを揉んでいった。


 スキル《女体化》を発動させるために。

 人々に幸せを振りまくために――

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