【2023年編】彼女の回顧録。-中編-

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 気が付くと、私はメールを送っていた。


 ---距離を置きたい。


 考える時間が欲しかった。

 彼のこと、分からない事ばかり。

 何が本当なのか分からなかった。


 --意味が分からない。何かあった?


 彼からのメールには返信しなかった。

 電話にも出なかった。

 話すとツラいって分かっていたから。


 ある日、私に彼の話を教えてくれた友人と同じ電車になった。

 その時にも、彼が文句を言っていたという内容を断片的に聞いていた。


 --もういいんだ。終わったことだし。


 強がってはいたけど、私自身、何処か引っかかっていた。

 彼女がトキを見掛けたのはいつ?

 あの日まで、ほぼ毎日一緒に電車に乗っていたし。


 疑問は疑問のまま、地元の駅に到着した。

 友人と電車を降りると、そこにはトキが居た。


「--チカ、俺が--何をした?」

 彼はすがるような目で私を見ていた。


「--胸に手を当てて考えてみてよ。トキ分からない?--私の居ないところで、私のことをだとかだとか言いふらしてるんでしょ?!」

 悔しくて涙が出ていた。


 何のことか分からないと、とぼけた顔の彼が憎い。


 私はきびすを返し、彼のことを振り返らなかった。

 その後ろを友人が着いてくる。ただそれだけの記憶。


 悔しくて、つらくて、悲しくて。

 彼を信じきれない自分をも憎くて。

 彼に騙されていたと思う自分も情けなくて。

 ただひたすらに泣いた。


 どれだけ好きだったのか--悔しいけれどその時に初めて気づいた。


 数日後、その友人から電話があった。

 あの日見たトキは、電車の彼と全く別人だったこと。

 その事で私たちが別れたのなら--彼に事情を話すと言ってくれていた。


 もう、どうでも良かった。

 彼を最後まで信じられなかったのは私。

 それで彼を傷付けたのも私だった。


 彼女が話して誤解だと伝えても、もう元通りには戻らない。

 それは分かっていたから。


 その日から学校で彼を見掛けると苦しかった。思わず、姿を隠していた。


 遠目で見る彼の笑顔は苦しそうだった。

 たくさんの人に囲まれて苦しそうだった。


 本当は大勢に囲まれるとする。

 そんな彼の本当の姿を知っていたから。


 彼を見ると泣けてくる。

 私が彼を傷付けたのに。


 彼の取り巻きの女の子からも嫌がらせを受けた。

 当然の報いだって思い込むことにした。

 綺麗な思い出のまま、心の奥にしまっておこう。それが一番楽だと思った。


 でも、本当は彼に罵られても良かった。

 罵られて嫌われたら、それだけで。そう思っていた。


 次第に、彼の悪い噂を耳にするようになっていった。

 新しく出来た友人とナンパに繰り出し、特定のひととは付き合わない。

 堕落して人が変わった--とまで言われていた。


 たまに見掛ける彼はいつも、目が鋭く攻撃的。そんな、彼を見るのが怖かった。


 私のせいで彼は変わった。

 彼を見掛ける度に、彼の変わった目を見る度に、私は責められている様な感覚でいたたまれなくなっていた。


 2年生に上がると、私は友人と一緒に大学近くに住むことにした。


 電車で彼を見掛けなくて済む。

 彼と親しい友人に聞いて、敢えて履修科目も変更した。


 これからの1年間、彼のことに気を揉むことは無い。安心していた。


 そんな中---。

 数ヶ月も経たないうちに、私たちが住む部屋に、不審者が侵入した。

 留守中に鍵がこじ開けられ、私たちの下着やお金等が盗まれていた。


 友人は怖くなり、実家へと戻って行った。

 私はもう、後戻りは出来なかった。


 土曜日、朝から入っていたアルバイトの帰り道だった。それほど遅い時間では無かったけど、もう辺りは暗くなり始めていた。

 ---後ろから誰かついてくる。

 いつもと違う道を通っても、足を止めてもそれは一定の距離を保っている。それは明らかだった。


 私は、向かう先を家ではなく、大学へと変え走った。走りだすと、そのもう一つの足音も

 大学の裏門近くで、学生らしき人影を見つけ助けを求める。


 --ずっと--知らない人に追われてる。

 息を切らし助けを求めた相手は、驚いた表情のトキだった。


 トキは何も言わず、私が来た方向へ駆けていく。

 その先で、逃げる人影の首元を掴み、なぎ倒し、その直後罵倒する声と怒鳴る声が聞こえてくる。


 私の知っているトキじゃなかった。

 助けてくれたのは確かだった。

 でも、その時のトキを怖いと感じた。


 ろくにお礼も言わないまま、私はその場を立ち去った。

 暴力的な彼を見るのが辛かった。


 それから、学校でちょくちょく見掛けるようにはなっていた。


 ただ、見掛ける度に彼は見た目も、表情も変わっていった。

 人伝いに聞いたのは、彼はモデルをやりながら、学生達には憧れの古着屋でアルバイトをしている。完全にブレイクしていたように見えた。


 そんな時に、マイとよく居るところを見掛けた。

 マイにそれとなく話を聞いていた。

 聞いて苦しかった。

 あの時傷付けた彼は、もう手が届かないところに行ってしまっていた。


 ただ一言、謝りたかった。

 それも叶わず、時だけが過ぎていた。


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