【2023年編】彼女の回顧録。-前編-
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「--っても、俺がフラれたんだけどな。」
トキがふぅ、と溜息混じりの声を出した。
きっと、照れ隠しだと思う。
あの頃と何も変わらない。誰にでも優しかった彼、そのものだった。
私は彼と、彼の奥さんに対し、聞いて欲しい事があるの、と前置きをした上で話し出した。
彼らは黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。車内には心地良い音楽が流れ、私は記憶の一つ一つを丁寧に辿っていった。
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2002年4月。
入学式の日、帰りの電車の中で彼を初めて見掛けた。
背が高くて、真新しい黒い細身のスーツを着こなした華奢で中性的な顔立ちの彼。
真剣な面持ちで文庫本を読んでいた。
クルンクルンとあちこちに跳ねたパーマヘアがよく似合う--。最初はカッコイイ、というより可愛いと言う印象だった。
一人なのかな。
何か本を読んでる。
何読んでるのかな。
小説かな?
彼は、私が降りる駅より先まで乗っていった。
--明日、また会えるかな。
その日から、私は彼を探した。
電車の中、お昼休みの学生ホール、大教室での授業の中。
彼を見つけられないまま、二週間が過ぎていた。
その日は、初めて出来たゼミの友人と一緒に通学すると決めていた日。
ゼミの課題の答え合わせをやりながら学校へ行こうと約束していた。
その彼を電車の中で見付け、手を振る。
--え、隣の子-。
入学式の日の彼だった。
「あぁ、こいつ、今日、初登校なんだ。」
彼は『トキ』と紹介してくれた。
今日から本格的に授業が始まる。仮履修が終わるタイミングで初登校。やる気がない人なんだ、と半ば呆れていた。
「チカちゃん!」
お昼休みに学生ホールに居た彼が私に手を振る。人懐っこい、眩しい笑顔で。
「トキ--。今からお昼?」
「うん。でも、人が多すぎて人酔いしてしまったみたい--。気持ち悪い--。」
私は彼の手を引き、あまり人が居ない旧校舎の中庭ベンチに連れ出した。
「大丈夫?あまり顔色良くないね。」
ベンチで横になっている彼の顔を覗き込む。
「うん、あまり人混みとかって苦手なんだよな。---ありがとう、少し良くなった。ってか--チカちゃん、髪長いんだな。いつも結んでたから気付かなかった。そこまで伸ばすの大変でしょ?色は地毛?」
「--うん。昔から色素が薄かったから。」
「そっか。陽に当たると綺麗な色だな。羨ましい。」
その言葉が嬉しかった。
褒め方が自然体過ぎて、言い慣れてるのかなとも思っていた。
ただ、私も人見知りで、中々友達が出来なかった。だからか、彼とは何でも話すことが出来た。
柔らかな笑顔と、おっとりした話し方に好意を持ち始めていた。
でも、日に日に不安にはなっていた。
彼は学内でも特別目立っていて男女問わず、彼の周りには人が集まりだしていた。
二人きりの時とは違う、戸惑っているようにも見えていたけど、誰にでも優しい彼はにこやかに接していた。
不安は焦りに変わっていた。彼に好意を持つ女の子から、紹介して欲しいと言われることがあったから。
--やっぱり、トキってモテるんだ。
なかなか学校で話せなくなったな。
たまたま電車が一緒になった時に話せるくらいかな。
彼に見合うため、と言ったらおかしいかも知れない。
あまり得意じゃなかったメイクも、ファッションも。私なりに頑張った。彼が一度褒めてくれた髪も後ろで束ねるのを辞めて、ストレートに下ろした。
5月に入ると、学内で見掛けるトキはいつも誰かに囲まれていた。遠目で見ていると、気付いたトキの方から手を振ってくれる。その時の笑顔が嬉しくも、苦しくも感じていた。
そんなある日。
ずっと気になっていた彼からの突然の告白。
「俺、チカのことが好きだ。」
たまたま帰りが一緒になり、その日は突然、彼は私が降りる駅に一緒に降りてそう言った。
私は思わず泣いてしまった。
泣き出す私を見て彼は私を抱き締めた。
「付き合って欲しい。」
「--うん。」
その日から毎日が楽しかった。
彼に会いたくて、毎日が楽しみだった。
--そんな日常も、ある一本の電話で終わってしまった。
7月。
彼の家に初めてお邪魔した後で浮かれていた。
家に帰りつくと、偶然、高校時代からの友人から電話を受け、私は浮かれていた。
散々惚気話を彼女にしていたと思う。
そんな中、彼女は慎重な口調で話し始めた---。
『あまりチカには言いたく無いんだけど、そのトキって、H線の電車に乗ってるモデルみたいな子?』
「あ、うん。見た事ある?」
『見た事ある--って言うか、前にね、電車の中でチカって女の子のことをすごく文句言ってた人達がいて。見た目の特徴からそのチカの彼氏じゃないかって、一緒に居た友達と話しててさ--。あまりいい話じゃなかったから---。』
頭の中が真っ白になった。
さっき、別れ際に抱き締められ、キスをした。
あれは嘘だったの?
誰でもよかったの?
身体目的ってだけだった?
私は友人の言葉を信じ切り
トキを信じる事が出来なかった。
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