【2013年編】兆③

 2001年12月


 今日は学校帰りにアヤコに会う。

 ---話したい事がある。

 そうメールが届いていた。


 通っていた高校は、少し離れた街にあった。

 電車で約1時間。私たちの地元には、私立高校がなく、公立高校の受験に失敗した者は否応なしに市外へ出るしかなかった。


 私とアキオは市外の同じ私立高校に。

 マナブは地元トップクラスの公立高校。

 そして、アヤコとリカは市外の女子高に通っていた。


 地元駅に戻り、駅前のモスバーガーでダラダラ過ごす。

 それが私とマナブの日常だった。そこで部活帰りのアキオを待ち、そのまま誰かしらの家に向かう。

 たまに、リカやアヤコ達が立ち寄ることがあった。


 何の変哲もない日常。だが、それだけで毎日が楽しかった。


 ただ、その日はいつもと違っていた。

 アヤコが指定した場所は、駅裏にある公園だった。


 駅前の駐輪場から自転車を引き、公園に向かう。


「---悪ぃ。遅くなった。」

 アヤコは街灯下にあるベンチに腰掛けており、私はその隣に腰を下ろした。


 18時前だというのに、辺りは既に暗くなりつつあった。

 お互い、受験生ということもあり夏以降に付き合い始めてはいたが、二人きりで約束を交しデートをする、というような事は1度も無かった。


「---もうすぐ、クリスマスだね。」

「だな---。」


 クリスマス、プレゼントはもう買っていた。

 前に、件のモスバーガーで皆で試験勉強を行っていた際、彼女が私の持ち物をいたく気に入り、それを欲しがったことがあった。

 普段、他の者達の話を傍らで微笑み、聞き手に回ることが多い彼女が、初めて私に自己主張をした。

 些細なことだったが、私にはとても新鮮な出来事だった。


「---あのね、トキ君。」

「ん?」

 私は正面を向いたままだった。


「---私さ、トキ君のこと、好きだよ。」

「うん。ありがとう。」

「ありがとう---トキ君はどうなの?」

「---どうって---。同じだよ。」


 この時も私は、彼女の目を見る事が出来なかった。

 そんな私に、彼女はこう言った。


「---今までね、私、トキ君のこと人として大好きだって、思ってた。夏に告白された時も嬉しかった。でもね、トキ君が本当に私の事を好きなのか分からない---。」


 確かに、普段私から言葉にして伝える事は無かった。


 そして、実は---


 アヤコと付き合い始めた頃、彼女は中学の時から4年間付き合ってた男と別れたばかりだった。


 彼女が未練を残している事を私は理解していた。

 彼女自身も一生懸命私を好きになろうと努力している。

 その事も理解していた。


「---悪ぃ。実はまだ自信が無いんだ。アヤはまだ--ヨッシーの事、忘れられて無いんじゃないかって。」


 ヨッシー。アヤコの元彼で同じ中学一のイケメンだった。


「うん。完全に忘れられる訳--無いよ。ヨシ君との思い出もたくさんあるし。それに---それより、トキ君との思い出でたくさんにしたかった。でも---」

 彼女は言葉を詰まらせ、顔を伏せてしまった。


「---でも。なに?」


「ごめん、でもね。トキ君は私を見ていない。いつもそっぽを向いてて。リカやマナブ君達には目を見て話すのに。トキ君の顔、思い出そうと思っても全部横顔のトキ君なの---」


 この話で私は全て理解した。

 ヨッシーはアヤコに対し、いつでも全力な奴であった。

 学校一理想的なカップル。このまま結婚しちゃうんじゃないか。周りの評価は一様にそんな感じだった。


 別れた理由も、ヨッシーが志望校のレベルを上げ、受験勉強に集中したいからという理由だったのだ。


 ヨッシーとは中学時代は一番仲が良く、親友の彼女に横恋慕よこれんぼしたのは私だった。


 アヤコと付き合い始めた際、たまたま会うことがあり、その際も


「そっか、良かったな。アヤコのこと、ちゃんと見ててやれよ!」

 と、激励してくれた。そんな奴だった。


「---アヤ、分かった。とりあえずチャリ、後ろ乗って。」


「---え」

 彼女の手を取り、ママチャリの荷台に座らせる。


「アヤ、後悔しないように、ちゃんと気持ちを伝えた方がいいぞ。」

 この時、初めて真っ直ぐ彼女の顔を見据える事ができた。

 ---リカに言われた言葉をまさか、俺がアヤコに言うなんてな。


 吹っ切れていた。

 荷台に彼女を乗せているにも関わらず、ペダルを軽快に漕いでいた。


 アヤコを連れたまま、とある一軒家に到着する。

 躊躇ちゅうちょなく呼鈴を鳴らすと、上下スウェット姿のヨッシーが出てきた。


「---お、トキじゃん。急にどうした?」

 ヨッシーは突然の来訪者に目を丸くしていた。


「アヤ、もう分かってるよな?言えないなら俺から言うぞ?」


 隠れていたアヤコの手を引き、ヨッシーの前に突き出す。


「---アヤ。」


 彼女が他の男に告白している姿なんて見たいはずもなく、私は彼女を置いてそのまま帰ってしまった。


 それからしばらくして、ヨッシーとアヤコは、ヨッシーが志望していた関西の大学に揃って合格したと聞いた。


 ヨッシーとも元々、同じグループだったのだがそれから気不味くなったため、関係は希薄となってはいた。

















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