【2013年編】兆①


 2002年9月


 いつものように、私は街をねり歩きを物色していた。


 目に映るのはその場限りの寂しさを紛らわすために群れを成す人外じんがい

 そう見えてしまう程にすさみきっていた。


 この時期はあまり、自分の大学に行かず、アキオやその友人らの家に寝泊まりし、アキオ達の大学の授業に出る事が多くなっていた。


 繁華街にも出やすく、夜遊びには最適な立地でもあったからだ。


 地元ではスカウトが行われていると噂されていた通りをいつものように、アキオと闊歩かっぽしていた。


「---あの、そこのお兄さん。ちょっと今、時間ありますか?」

 振り返るとジャケット姿の男が立っている。


 見た目も胡散臭うさんくさい男性に、アキオが突っかかっていく。


「あー、申し訳ない。俺ら、そっち系じゃ、無いんで。」


 アキオはゲイからナンパされたと思っていたらしい。事実、アキオはゲイに気に入られる事が多かった。


 元野球部。

 鍛え上げられた胸筋。

 年中無休の黒い肌。

 現役引退し、少し乗っかった贅肉。


 ゲイ達からすると、モテ要素の塊のような男だったらしい。


 軽くあしらったつもりが、その男は尚も食らいついてくる。


「いや、貴方ではなく、そちらの方---。」

 男性は私を指し、丁寧に名刺を差し出してきた。


「---芸能プロダクション?何これ。」

 全く聞いた事のない社名だった。


「ローカルの芸能事務所なんですけどね、地元紙にモデルを出していたり、SやNと言ったファッション誌にウチの所属タレントがモデルとして出てまして---。お兄さん、モデルとか興味無いです?」

 にこやかに彼は説明し、持っていたフライヤーを手渡してきた。そこには売り出し中の所属タレントの紹介が記載されており、確かに地方番組で見た事がある人だった。


「いや、全く興味はないですね---。ただ、今バイトしてなくて。ぶっちゃけ、稼げます?」

 金が貰えるなら、と暗に伝えた。


「まぁ、仕事がない限りすぐにとは行かないけど、ひとまず面談に来て頂けないです?」

 男は食い下がって来たが、私は「考えときます」とだけ伝え、きびすを返した。


「ちょっ、トキ。勿体なくね?俺だったら即答で行くよ!」

 アキオが引き止めようとしていたが、ひとまずその場から離れた。


「あんなのレッスン料取って、全く仕事が無いっていう類だろ。面倒臭い。」

 当時、噂程度に聞いていたスカウト詐欺の類だと思っていた。


「あー、なんかそんな話聞いたことあるなぁ。でもさ、マジな方だったらとりあえず所属だけしてって肩書きは美味しいな。」

 アキオは色々と妄想を膨らませていたようだ。

 ナンパするにも話のネタになる、だとか、女が寄ってくる、だとか。


「そんな簡単に寄って来るような奴は、俺は信用出来ねぇな。」

 私は、まだ心の何処かで信用出来る人と出会う事を望んでいたようだ。

「まぁ、すぐに稼げるっつー話だったら即答なんだけどな。」


「間違いねぇ。---しかし、今日は不作だな。時間もないし、帰るか。」


 この日は、アキオも地元に帰る予定があり、夕方一緒に帰ることになっていた。


 アキオとは、中学、高校と同じ学校だったのだが、本格的に仲良くなったのは高校からだった。


 中学時代は全く同じクラスにならなかったこと、1学年12クラスと言うマンモス校で、名前と顔が一致しない同級生も大勢いた。なのでお互い、中学時代は程度の認識ではあった。


 今夜、3年次のクラス会があるとかでアキオは出席するらしく久方ぶりの帰省だった。

 帰省といっても、電車を乗り継ぎ2時間程の、今思えばそんなに遠くはない。

 だが、大学生になって親元を離れれば地元に戻る頻度は年に数回程度になっていた。


「それじゃ、また明日連絡するわ。」

 地元の駅に到着し、アキオと別れる。アキオはそのままクラス会のある居酒屋に向かうらしい。


 今日から三連休ということもあり、れんきゅうなかの明日は、アキオ含め地元で仲が良かった数名でBBQをすることになっていた。


 駅前のバスセンターに到着し、バスの時刻表を見る。次のバスまで数十分。時間帯のせいなのか、1時間に2本しか運行していない。


「あぁ。行ったばかりか---」


 バスセンター内の喫煙所に行き、タバコを吸う。


 ---タバコか。今だから言えるが、高校生の時からタバコは吸っていた。ただ、チカと付き合ってた期間は禁煙していた。

 チカが喘息持ちだったこと、タバコの臭いが嫌いだったこと---。


 別れたあとは、また常習的に吸うようになっていた。


 そういえば---前に大学でチカと一緒に居た男子学生は普通にタバコを吸っていたな。

 彼氏なのに、彼女の体調を気遣わない奴なのか---そんなことを考えていた。


 喫煙所を出て、自販機でコーヒーを買う。

 喫煙所の外は9月とは言え、まだ少し暑く感じた。


「---トキ君?」


 不意に後ろから声を掛けられた。

 ---アヤコだった。

 アヤコは、おそらく私の初恋相手でもあり、恋愛に関する価値観を創造した相手でもある。


 アヤコだとすぐに気付いたが、緊張、ではない。すぐに言葉が出てこなかった。


「---トキ君も帰って来てたんだ。」

 昔と変わらない笑顔だった。


「あ、あぁ、いや。俺はずっと地元に居るよ。大学は通える所だし。」

 ふと見ると、アヤコのかたわらには少し小さめのスーツケースがあった。


「---私は今、帰って来た所。お盆はアルバイトで帰って来れなかったからねー。」

 アヤコは高校卒業後、関西地方の国公立に通っていた。


「そっか。あ、バス、まだ来ないみたいよ。」

 突然の初恋相手の出現に、気の利いた事を言ったつもりだった。


 アヤコとは、幼稚園から一緒だった。小学生の時に同じクラスになり、当時からクラスのマドンナ的な存在だった。

 当時の私といえば、ガキ大将とまではいかないが、所謂いわゆるの男子だった。


 だから、中学に上がり初めて告白した時は「トキ君は私の事、嫌ってるって思ってた」

 と振られた。


 それからだ。

 好きな人には男女問わず、個人の感性を尊重し、きちんと気持ちを伝えよう---素直に生きようと決めていた。





















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