【2013年編】焦燥①

 2002年---


 彼女と別れたあとの私と言えば、とてもじゃないが、お世辞にもとは言えなかっただろう。


 彼女と別れ、あの寿司屋も辞めて---。

 根気や覇気、そういった人間が生きる上で活力となるような気持ちを持ち合わせていなかった。


 その頃、逃げ込むように付き合っていた一時的な仲間達とナンパやコンパに励む毎日だった。


 きっかけは単純な話だった。


 あまり口を聞いた事の無かった同じゼミの学生から誘われた。ただ、それだけであった。


 誰でもいい。そばに居て欲しかった。

 一人になると、彼女のことを思ってしまう。

 それだけは避けたかった。


 夏が終わり、1限目のゼミを終え、その日はと同じゼミの男子学生達が騒いでいた。

 その中の1人、タケオが声を掛けてきたのだ。


「トキさ、彼女と別れたんだよね?どう?ナンパ。今から行かね?」


「ナンパ---。何処に?ほかの学校?」


 学部にも依るのだが、私たちの学部は8:2の割合で圧倒的に男子学生が多かった。

 車持ちの学生は、他の大学へ遠征しその大学の学生のフリをしナンパを行なう---。


 ある意味、新たに後期の授業が始まったばかりの時期だからこそ出来る荒業あらわざ的なナンパだった。


「いや、俺はいいよ。なんか---面倒だし。」


「頼むよ!お前は居るだけでいいから。」


 半ば強引に仲間に入れられ、タケオ、ヨシハル、リョウジと私の4名で隣の街にあるマンモス大学へヨシハルの運転する車で向かった。


 その大学には、高校時代の親友が通っていた。事前に連絡をし、一緒に昼食を摂る約束を取り付けていた。


 久しぶりにアキオにも会えるし、大学に着いたら何も言わず離れてもいいか---。


 そのくらいの気持ちで参加していた。


 市内郊外にあるその大学は、所謂いわゆる「総合学部大学」であり、県内屈指のマンモス大学だった。ただ、交通の便が悪く、県内外から来ている学生のほとんどが、大学付近で下宿していた。

 アキオも高校卒業と同時に、大学の寮に下宿していた。


 学部数は私達の大学の倍以上あり、敷地も広い。無論、女学生の数も私達が見たことの無い程に溢れて居た。


 暇つぶしに、語学系の学部の授業に出席していたところ、隣に座っていた女学生から話しかけられた。


「あの---。この授業、教科書が無いと厳しいですよ。一緒に見ます?」


「あ、あぁ。ありがとうございます。」


 一席空けて座っていたが、彼女はわざわざこちらに席を詰め、密着気味に一冊の教科書を二人で眺める。


「あの。ノートは、、、?」


「あぁ、この授業、後期履修予定なので。まだ履修変更するかも知れないから、今日はお試しで出席してて---。」


 自分自身で驚く程、それらしい嘘をついた。

 彼女は納得したかのように、それからはお互いに言葉を交わすことなく授業を終えた。


 授業を終えたタイミングでアキオからの着信が鳴る。


「もしもし?今どこに居んの?」


 電話からの声と重複し、教室内で同じ声が聞こえる。


 アキオだ---。


 同じ教室に居たのか。


「アキオ---!」


 私は席を立ち、アキオの名を呼ぶと、彼は満面の笑みで近付いて来た。


「トキ---!久しぶりやんなぁ!元気してたか?」


「アキオこそ。髪、伸ばしたんか。何かチャラいな。」


 高校時代、野球部坊主だったアキオは、部活動引退と共に髪を伸ばしていた。

 それが、今。

 伸ばした髪をアッシュ系のカラーで染め上げ、サイドを刈り上げ、ひげまで伸ばしている となっていた。


「お前程はねぇよ!なんよ、この破れ放題デニム!つか、この授業受けてたのか。まさか、さっきのミニテスト受けたんか?」


「やったよ。隣の子に教科書見せてもらったし。」


「隣の子---?あっ。」


 隣に居た女学生の顔を見た瞬間、アキオは顔を赤らめていた。

 この頃、アキオは彼女に片思いをしていたらしい。

 後日談ではあるが、この日をきっかけに、彼等は距離を縮め、恋人とまでは行かなかったが程度には仲良くなったらしい。


「じゃあ、飯行くか---。ここの学食、あっちの棟の方が美味くて安いのよ!」


 アキオの案内で学食に向かう。その道中、タケオ達の姿が遠くに見えた。


 早速、女学生達を捕まえナンパに励んでる様子だった。


「---おい、タケオ!俺、そこで飯食って来るから。なんかあったら連絡くれ---。」


 タケオはの意味か、てのひらをこちらに振った。


「なんだよ、お前らナンパに来たのか!」

 アキオは半ば呆れ顔で私を見た。


「だからこうして、いの一番にお前に会い来てんだろ。気にするな。」


 その学食は、男子生徒の割合が多く、100はある席がほとんど埋まってしまっていた。

 運良く、食事が済んだグループが席を立ち、6人がけの円卓を広々使う事が出来た。

 鯖の味噌煮定食をテーブルに運び、食べ始めようとしたときだった。


「---あー、ダメだ!全然ケータイ番号教えてくれねぇ!」

 ドカドカと腰を下ろして来たのはタケオ達だった。


「そりゃあねぇ。うちの学校、男女比半々だし、人数多いから自然と出会えるし、学内でナンパとかする奴、いねぇよ。」


「ん?誰?」


「あぁ。高校の時のツレ。アキオ。」

 私は鯖味噌煮を食べながらアキオをタケオ達に紹介した。


「っつか、トキさー。ナンパに来たってことは、もうの事は諦めたん?」


「アヤコ?」

 タケオ達一同は疑問に充ちた顔をしていた。


「あ、そうか。アキオには言ってなかったか。俺さ、最近まで同じ学校の子と付き合ってたんだわ。」

 付き合ってた---自身で言っておきながら、胸が苦しかった。


「ふーん。それじゃ、最近の話じゃん。で?その子の事、吹っ切ったん?」

 さすがアキオ。痛いところを突っついてくる。


「いやいや、アキオ君。トキはモテっから、取っかえ引っ変えっしょ?現に、こうしてナンパに来てんだし。」

 タケオが笑いながら言うので、私もタケオに乗ることにした。


「そういう事。だからアキオ、女がいるとこ、連れてってくれよ。ただし、可愛い子限定な。」


 あの頃の私は、おそらく傍目に見ていて痛々しかったと思う。

 好きでもないパーティをクラブ貸切で開催したり、女が集まると聞けば顔を出す。


 週末はナンパ通りの常連、男も女も関係なく集まって、その中に居ることが唯一の居場所であるとさえ感じていた。

























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