【2013年編】ただ、生きていた③

 2013年---


「あの日、凄い雨が降ったの覚えてる?梅雨なのに、トキ、傘持ってなくて---。」


「あぁ、覚えてるよ。あの日撮ったプリクラ、俺の天パが湿気でアフロってたな。」


「え、あの時パーマかけてたんじゃなかったの?」


 そっか。

 そういう些細ささいなことも話して無かったのかもな。当時、大学デビューと言うかなんと言うか---。


 今思えば、ずかしい話なのだが、男子高から共学の大学に入学し、所謂いわゆることを認識し始めていた。高校時代からファッションは大好きだったのだが---。


 通学電車、学内共に知らない人から「友達になって下さい」と、話しかけられる機会が増えていたからだ。中にはいきなり告白されることもあった。

 男女問わず話しかけられ、連絡先を交換し、彼女以外の人間関係を構築しつつあった。


 そんなと自認していた手前、とは言い難く。

 周囲はファッションパーマをかけていると思っている者がほとんどだった。


「---それでね、大雨が降って来て。トキは傘がないから私が持ってた小さな傘に二人で入って---。」


「そんなこともあったかな。」


「うん。で、こう、なんと言うか。傘をトキが持って、私の肩に手を回してさ。引っ付いた状態で歩いてたのね。」


「あぁ、でも、結局濡れたよな。」


「トキはね。私はあまり濡れてなかったよ。トキが濡れないように傘を持ってくれてたから。」


 彼女は私より30cm程、背が低い小柄な女性だった。

 彼女が雨に打たれないよう傘を持ち、かつ、自分の腕の中に包み込むように歩いていた気がする。


「---あの時、たまたま友達の実家のケーキ屋さんの前を通ってて、おばちゃんにバッチリ見られてたの。」


「ほう。」


「家族ぐるみで仲が良いから、その日のうちに『チカが彼氏とイチャイチャしながら歩いてた!』って---。周りの人達に彼氏が出来たことがバレちゃった。」


 小さな街だったことと、商人気質な者が多い地域だからということもあるのか、人の噂は百千里---。そんな長閑のどかな街。

 彼女は懐かしみ半分、照れたような声色だった。


 それは、本当に他愛無い思い出話だった。

 もっと早い段階でこのような話が出来る関係に戻りたかった。

 互いにそう思っていたのかも知れない。


「---でさ、あの日はなんであの場所に居たんだっけ?」


 そう、何故、彼女の地元に行っていたのか。普段は大学方面や、私の地元で会うことが多かった。


 彼女は自分の地元で「彼氏と出歩く事」は誰に見られるか分からないし照れるからと、それまでは忌避きひしていた気がする。


「あの日の夜、私が高校時代のクラス会があって、トキはそこまで送ってくれたのよ。あの時からトキは私のワガママに付き合ってくれて尽くしてくれてたよね。」


 そうだった---。

 確か、姿を何処かしこで目撃されており、そのクラス会で随分冷やかされたと後日聞いた覚えがある。


「---それで、さ。私が聞きたかった話。」


「うん。」


「何で、私たち別れてしまったのかな?トキ、思い出せない?」


 ---心当たりは、ある。

 本当に心当たりでしかないんだ。


「心当たり、と言うか。うん、俺が嫌われた---としか分からない。」


「嫌ってた訳じゃないよ。嫌ってたらこうして連絡してないし。ちょっと、恨みと言うか憎さはあったかもだけど。」


 彼女はどうしても思い出して欲しい様子だった。

 あの日、前触れもなく「距離を置きたい」。そうメールが届いた日から私は思考が停止したかのように自暴自棄になっていった。


 メールが届いた瞬間の、あの携帯画面の、あの文字が伝えた内容は未だに覚えている。

 いや、覚えている、のでは無く、脳裏に焼き付いていると言うべきか。


 あの画面を見た瞬間の理解出来ない文字の羅列られつ、吐気。次第に湧いてくる焦燥感しょうそうかん


 理由を彼女に聞いても答えてくれず、次第に哀しみを凌駕りょうがした怒りにも似た感情が湧いていた。


 その日から私は、を辞めた。周りにいる人間なんていつ離れるか分からない。利用出来る者を体良く利用しよう。


 私は腐っていった。


 その後の一年間は、断片的にしか記憶がなく、無論、それ以降の彼女との思い出は皆無となっていった。








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