【2013年編】ただ、生きていた②

 2002年6月。

 梅雨真っ只中、蒸し暑さが続く季節だった。

 その日も例外なく正午過ぎから、空には低く黒い雲がかかっていた。


 午前中は割と晴れていたのにな---。


 休みの日の天気予報を見る習慣などはなく、電車を降りた私は、これは雨に打たれるな、と覚悟していた。


 この年の梅雨はゲリラ豪雨の日が多く、急な雨が降る事が多かった。


 元来ズボラな性格な故、使うかどうか分からない傘を持ち歩くぐらいだったら濡れてもいいか---。そういう価値観の人間だった。


 それよりも、待ち合わせの時間がもうすぐだ。急がねば。


 待ち合わせ場所は、彼女が通っていた高校の最寄り駅から徒歩10分程の場所にあるショッピングモールだった。


 その日の前日は、アルバイト先に団体客が入りいつもより遅い時間の帰宅だった。


 次の日は土曜日だと言うこともあり、昼過ぎまで寝るつもりでいた。

 しかも、土曜日の予約がキャンセルになったからと急遽休みとなっていた。


 そのアルバイト先は、家族経営の小さな寿司屋で、予約客が入ってる日にだけ手伝いで入る。時給は600円で1日5時間程度、当時の最低賃金以下の薄給アルバイトではあった。


 今思えば薄給でブラックアルバイトだが、まかない料理が所謂いわゆる「店でメニューとして出しているコース料理(5000円相当)」だったため、ある意味美味しい職場だった。


 土曜日の朝10時を過ぎた頃、彼女から電話があり目が覚めた。


「トキ、今日バイト休みになったんでしょ??」


「うん。だから今日はめちゃくちゃ寝ようと---。」


「えー、彼女がこうやって電話して来てるのに寝るのー?『遊ぼう』とか言ってくれないの!?」


 前日、アルバイトの帰り道、もう既に寝ているだろうと思ったため、「明日は休みになった」旨をメールにて送っていた。


 言葉尻は強いが、私のアルバイトが急遽休みになった事が嬉しいらしい。


「あ、じゃあ遊ぶ?」


「遊ぶ?って言い方が何か嫌だ!」


 ---おぉ、すげぇこだわり。


「じゃあ、、、遊ぼう?」


「じゃあ、って。ついでか!」


 ---そうか。もう友達じゃないんだ。会いたいって言っても、いいんだよな?


「悪い、会いたい。」


「会いたい〜?いつ?」


 彼女の声色は変わっていた。


「うん、(じゃあ、って言ったらダメなんだよな。)今から会いに行く。」


 この時期は、割と真面目に大学に通って授業も出席していた。アルバイトをしながら、自動車学校にも通い、残すは卒業検定を受けるのみ、という状況だった。

 授業、アルバイト、自動車学校---。

 空いた時間は彼女との時間を優先していた。


 待ち合わせ場所のショッピングモールのセンターホールに到着すると、彼女は既に到着していた。

 聞くと電話の後、直ぐに家を出たらしい。


 私の家から1時間。

 彼女の家から20分の場所。


 彼女は待たせるより、待つことを選ぶタイプだった。


「---でもさ、なんでここ集合?お前ん家近くの駅でも良かったんじゃない?」


 そう、ここは彼女の家の最寄り駅から2駅程先の場所だった。


「なんか、待ち合わせって良くない?同じ電車に乗り合わせて一緒に目的地に行くのもいいけど---。」


 当時の私には理解の上を行くこだわりを彼女は持っていた。


 他にもこんな事があった。


 私達が使っていた当時の携帯電話は、違うキャリア同士でも、やっと一部の絵文字がE-メールで送受信出来るようになったばかりだった。


 私はA社、彼女はD社という具合に他社の携帯電話を使用しており、彼女は、所謂いわゆる「可愛い絵文字」を私に送りたかったらしい。

 私の携帯電話に送受信出来る絵文字を一つ一つ調べたり、一画面に受信出来る文字の横列数を調べ、ちょうど良く表示出来る可愛らしいAA(アスキーアート)を送付してきたり---。


 とにかく彼女のやること成すことが愛おしくて仕方なかった。


「---行こっか!」


 彼女に手を引かれ、私達はゲームセンターに入った。

 私自身、ゲームセンターはあまり得意ではなく、来ることはまれであった。


「彼氏とさ、プリクラ撮るの憧れだったんだ---。」


 なるほど。


 ついこの間まで女子高生だったんだ。

 当時からプリクラは女子高生の「コミュニティツール」ではあった。


 男子高出身の私には馴染みのない文化だな、と感じていた事を覚えている。

 機械の中に入ったところで、何処にカメラがあるのか分からない。しかし、さも慣れてます、という態度で撮影した。


「ふふ、、、友達にあげよう」


 彼女は上機嫌だったのは見て分かる。


 そんな彼女を見て、徐々にではあったが「過去の恋愛」を忘れることが出来ていた。


 それから、彼女は私を高校時代に過ごした街を案内した。


 彼女が通学で使用していたバスセンター。

 放課後に友達とよく立ち寄っていた店。

 友達の家族が経営しているケーキ屋。

 休みの日に友達と来ていたカラオケボック ス。

 お姉さんとよく来る温泉センター。


 彼女からの話は、自身の事よりも「友達」や「家族」との思い出が多かった。

 多くの人達からも愛されていたんだろうと想像出来た。


 2023年の今、形が変わってしまった場所もある。しかし、社会人になった後、この街に仕事で来る機会があると、鮮明に思い出す事が出来る---私にとっても大切な場所だったのかも知れない。


























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