120.温故知新

 そうしてめまぐるしく日々が過ぎ、ドワーフたちがやってきて一週間後。

 また新たな発明品が里の稲作を変えようとしていた。


「……という原理でして。御託はここまで、いざいざ実践です」


 水田を囲むように集まった里人たちの視線の先では、二体一組のゴーレムが田を縦横に歩き回り、無数の突起を備えた農具で土を大きく掘り返していた。冬の間に固く締まった土がみるみるうちに柔らかくなってゆく様に里人からも感心の声が漏れている。


 上々の反応に発明者もどこか得意げだ。


「耕す深さが重要と聞いて試作しまして。馬の倍以上は深く掘り起こせるはずでありますれば」


 解説するアズラの横ではアサギがじっと見定めるように視線を送っている。その目は子供のように輝きながらにして、里を治める者としての厳しさを備えている。


「……ふむ、造りは馬を使って耕すための犂に近いですな。あれは馬に牽かせた犂を人間が足で踏むことで耕します。それを人馬ともゴーレムに置き換えることで力と重さを倍増させ、耕せる深さも倍加する、と。お見事ですアズラ殿。これならば里で使えます」


「ドワーフ族なら朝飯前でして」


「流石ですな。マージ殿、いかがでしょう?」


 馬を使って耕す場合、馬にスプーンのような農具を引かせ、それを後ろの人間が土に食い込ませて掘り起こす。少ない力で大きく耕せる優れたやり方だ。


 今回の発明はそれの応用。てこの原理を使い、ゴーレムの体重と牽引力でさらに深く土を掘り起こす。この深さがとにかく重要だ。深くまで肥料を鋤き込むことで栄養に富んだ土を作り出せる上、土の表層に残っている雑草の種を地中に封じ込めて芽を出させないようにできて一石二鳥。収穫量に直結する発明だ。


 内政を仕切るアサギがよしとしたのなら俺が口を挟むまでもない。すぐに承諾すると、他の里人たちが続々とアズラの元へとやってきて農具を触り始めた。この里の住人は勉強熱心かつ負けず嫌いな者が多い。他族が作ったものを理解もできないなど沽券に関わる、とばかりにすぐさま仕組みが共有されてゆく。

 その中心にいるのはやはりアサギだ。


「時にアズラ殿、もう少しここの幅を広くして……」


「なるほどー?」


「それでしたらアサギ様、ここも一緒にすれば能率が……」


「それでは取り回しが悪くなるだろう。能率を上げるならここに手を入れれば……」


「それでは作りが細かくなって壊れやすい。頑丈さは何より大事だ」


「壊れにくくても使い勝手が悪くては元も子もないじゃないか」


「全て聞きますが順番でしてー」


 発明というのはスタートだ。実際に稲作を経験した者たちの知見が組み込まれることでより効率よく、より使いやすいものになってゆくだろう。しばらくして里人たちが各々の仕事へ戻ってゆくと、要望を聞き終えたアズラはひと仕事終えた顔で俺の元へと戻ってきた。

 コエさんが笹の茶を渡すとそれをぐっと飲み干して息をつく。


「お疲れ様です、アズラさん。里の生活はいかがですか?」


「ここはまことに住みよい土地でありますれば。期限付きの滞在なのが惜しまれまして」


「気に入ってもらえて何よりだ。そう遠いわけじゃないし、帰ってからも折を見て来てくれていいぞ。今度はチュナルもつれてくるといい」


 アズラが里へ行くと言い出した時、当然のようにチュナルもついてこようとしたらしい。しかしアズラから『ドワーフたちが住むための町を建てる』という大役を与えられ、涙をのんでヴィタ・タマ近郊に残ることになった、という経緯がある。


「うちが戻る頃にはチュナルが立派な町作りを進めていることでしょう。ドワーフに似つかわしい、鉱山と繋がった地下の町です。あれに任せれば間違いありません」


「信頼してるんだな」


「能力は誰より高いのは確かでありますれば。うちの行くところ本当にどこにでもついてくるのが玉に瑕でして……」


 アズラの立場では里に永住とはいかず期限付きだが、ここでの暮らしを満喫しているようだ。技術面でも優れた発明をいくつも生み出している。アンジェリーナの試算だと、アズラの発明があるとないとでは収穫量が倍以上変わってくるそうだ。


「食べて、寝て、作って。ここは本当に穏やかで静かなのがなんともたまりません」


「大都市のヴィタ・タマに、生活の場は鉱山。やはりせわしないものですか?」


 コエさんの問いに、アズラは小さく首を傾げる。


「そういう意味もあるのですがー」


「他にあるのか?」


「石や鉄が静かなので」


「……エンデミックスキルか?」


「意識して起動せずとも、我らにはいくらか声が聞こえてしまうのです。それが騒々しいこと騒々しいこと」


 アズラの持つドワーフ族のエンデミック【命使奉鉱】は、土や金属と会話して命令を下すスキルだ。会話、というからには一方的に話しかけるだけでなく向こうからも話しかけてくるということ。言われてみれば当然だ。


「この土地まで来ればエンデミックスキルの力は弱まり、声もほとんど聞こえませぬ。素晴らしきかな安眠……」


「そんなにうるさいのか」


「普通の石や鉄くらいまでは素直でおとなしいのです。が、金などの貴金属はもちろんのこと、ミスリルのような希少金属ともなれば気位は高く横柄なことこの上なく。もう一向に言うことを聞きませぬ。やれ火がぬるいだ熱いだ、虫の居所が悪いから今日は動かないだ、果ては職人の顔が気に食わないからと別のドワーフに代わるまでひん曲がり続けるものまでいる始末」


「なんと」


「それを朝から晩まで褒めておだててなだめすかして、幾日もかけてようやく思い通りの形になってくれるかどうかというところ」


「……胃の痛い話だな」


「ドワーフ族に大酒呑みが多いのはその心労のためでして」


 俺も『神銀の剣』にいた頃は、無謀な挑戦をしようとする仲間を説得するのにいつも苦労していたものだ。酒にこそ溺れなかったが他人事とは思えない。

 そんなことを話していたら、背後に人の気配がした。


「その話、ちょっと怪しいんじゃないかな……」


「シズクと、ベルマンも一緒か。なんでだ?」


 後ろに採掘装備のベルマンを伴っているところを見るに、『蒼のさいはて』からの帰りだろう。シズクはどこか呆れたような目でアズラの方を見ている。


「狼人族の伝承によると、ドワーフ族はここの森で暮らしていた頃から大酒呑みだったことになってる。その頃はエンデミックを持っていなくて、鍛冶の技術だけで優れた武器や道具をいくつも作っていたそうだから、それはそれで凄いことだけど……。鉄の声なんか聞こえなくてもずっと飲んでるんだよ」


「はれ」


「その頃は鉱石の質がいいだの悪いだので飲んでたらしいよ。つまりお酒を飲むのは最初から決まってて、理由は全部後付けなんじゃないか」


「なんのことやらー」


「なによりの証拠に、里の酒蔵がもう空なんだけど……」


「知りませぬ。うちは何も知りませぬー」


「よし、この話はやめておこう。酒についてはゲランに注文しておくから、シズクたちの用件を聞かせてくれ」


 幸いにしてドワーフたちが土産に持ってきた黄金がある。ちょうどいいから彼らの酒代にあてさせてもらおう。藪蛇の予感がする話題も変えて、シズクたちの方の話を聞くことにした。

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