121.金のマージ像

「その頃は鉱石の質がいいだの悪いだので飲んでたらしいよ。つまりお酒を飲むのは最初から決まってて、理由は全部後付けなんじゃ……」


「知りませぬ。うちは何も知りませぬー」


「よし、この話はやめておこう」


 どうやら話題を変えた方がよさそうなので、シズクたちの方の用件を聞くことにする。報告を目で促すと、先にベルマンが口を開いた。


「『蒼のさいはて』に潜り続けている身だからこそ分かることかもしれませんが、ダンジョンの成長が再開しておりますな」


「ダンジョンの『王』の力が強まっている。そういうことか」


「おそらくは。遠からず、ヴリトラの卵が孵化することでしょう」


 これは朗報といっていいだろう。卵がきちんと定着し、ダンジョンの一部として機能し始めている。あとは生まれてくる幼生が人間と共存できるかの勝負だ。


「分かった。ベルマンもご苦労だった」


「時にマージ殿……。聞こう聞こうと思って聞けずにいたことがあるのでありますが」


「どうした?」


 なぜか少し溜めて、ベルマンは彼独特の妙に芝居がかった動きで話し出した。あれはおそらく嘆きのポーズだ。


「せっかく黄金だらけの街にいたのに、なぜもっと持ち帰らなかったのですか!」


「なんだ、そんなことか。里の資材を買うのに必要なくらいは持ち帰ったろう? あまり不用意に持ち出すと金の値崩れを起こしかねないし、それくらいが妥当な線だ。ドワーフにももらったしな」


「そうではなく! 黄金がたっぷりとあったならば!」


 ベルマンは里の中心辺りをビシと指差した。里人たちが忙しく歩き回っているいつもの光景がそこにある。


「あそこに『金のマージ像』だって建てられたのですぞ!」


「金の」


「マージ像」


 思わずコエさんと反応がかぶった。

 金のマージ像。

 俺の姿をした黄金の像。それはまたなんというか、とても豪勢な話だが。


「……通行の邪魔じゃないか?」


 素直な感想を言ったつもりだがベルマンがずっこけた。


「み、見てくれにこだわらないのはマージ殿の美徳でもありますが! 分かりやすく王の威厳を示す象徴というのも時に重要で……」


 とうとうと王の像の重要性について語るベルマン。彼も彼なりの善意で言ってくれているのは分かる。分かるが。


「さすがに金の像はやめておこう。言いたいことは分かるから、何か考えておくさ」


「頼みますぞ? 政治において『象徴』というのは時に言葉よりも多くを語るのです。本当に本当に頼みましたからな」


「今日はずいぶんと食い下がるな。何かあったのか」


 そう尋ねると、ベルマンは「実は……」と声を潜めた。誰にでもは聞かせられない話だ、と態度に現れている。


 ベルマンはアビーク公の下で精鋭部隊の隊長を務めていた男。里で暮らすようになっても外に人脈を残している。政府や軍の内部情報もいくらか仕入れてくることがあるが、これもその筋からのものだろう。


「……実は、最近どうも首都の方がきな臭いようで」


「首都、となると王家が?」


「ええ。どうやら内部で揉めている様子。ある一派が幾人もの大臣を陥れ、中には命すら狙われている者もいるとか」


「権力抗争、か」


「まだ確証は無いものの騎士団が一枚噛んでいるという噂まであり、王宮内はまさに一触即発という話です」


 遠い遠い場所で行われている、国家中枢部の権力抗争。それは俺たちと無関係なことでは決してない。この国全体の問題ということももちろんあるが……最大の理由は、この地を治めるアビーク公爵家が元は王族だということだ。


 かつて政争に負けたことで順位が大きく下がっただけで王位継承権は残っているに違いない。王家内部の争いがこの地まで飛び火することは十分にありうる。


「これは危機かもしれないし、好機かもしれないな」


「やはりそう思われますか」


「ああ、アビーク公爵が頭を張っているからアビーク領やヴィタ・タマは亜人が人間と距離をおいて暮らせる環境になっている」


「ええ」


「もしも……」


 もしも。アビーク公がアビーク『王』になったならば、この国は大きく変わる。

 そんなことうかつに口にできないが、ベルマンには伝わったらしい。


「その未来を見据えた時、対抗する『亜人の王』としての威厳や箔は決して軽視できないのです。黄金というものは最も分かりやすく権威を表せるのであります」


「分かった、気遣いには感謝する。黄金にするかは分からないが何か考えよう」


「それがよろしいかと」


「引き続き頼む。また何か情報が入ったら教えてくれ」


「ええ、この聞き耳を決して緩めませぬ」


 そう言って下がったベルマンに続き、ふたつ目の報告はシズクからだった。


「『蒼のさいはて』に潜ってみて分かった。やっぱりあそこは狼人族を生んだ『星の子宮』ではないと思う」

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