118.【アルトラ側】西方にて - 3

「疑問。これでなぜ流行らない?」


 エリアの至極もっともな問いに、少しだけ元通りに膨らんだようにも見えるゴードンが同調する。


「たしかに店はボロだが、酒飲みはそんなこと大して気にしないだろう。酒も飯も美味い、看板娘も一応いる。閑古鳥が鳴いてるのはおかしいと思うが」


「まあ、色々ありまして。……一応って言いました?」


 曰く、元はもう少し賑わっていたそうなのだが。近くの大通りに競合店が現れて客を奪われたり、街を裏で取り仕切るヴェール家なる一団に目をつけられたり、そのせいで銀行から融資を打ち切られたりと踏んだり蹴ったり。

 果ては身内が莫大な借金を作って失踪してしまったのだという。


「はっ、そりゃまたツイてねェ。前世でよっぽど悪いことでもしたんだろうな?」


「指摘。その理屈だと、アルトラの前世は大悪人だし来世にも期待ができない」


「ものの例えだ、黙ってろ。それで、あー……そういやお前、名前は?」


 来世のために善行を積もう、などと考えるほどアルトラは殊勝でもなければ信心深くもない。そこでふと、まだ少女の名前を聞いていなかったことを思い出した。


「ミーナです! ミーナ=レイリ! クソほどありふれた名前ですけど割と気に入ってます!」


「……レイリ? 姓はレイリっつったか?」


「はい?」


「一応聞くんだが、お前って離れて住んでる姉とかいないだろうな?」


 覚えのある姓に、先ほど聞いた話がカチリと噛み合う音がした。

 身内が莫大な借金をこさえて消えた、と。


「……います。それが借金を作った身内なんですけど」


「名前は?」


「ティーナです。ティーナ=レイリ」


「マジか……」


「姉のお知り合いですか?」


「……いや、なんでもねェ。話を続けろ」


 かつてパーティにいた『聖女』こそティーナ=レイリだ。治癒のユニークスキル【天使の白翼】で回復役を担っていた女の、ここは実家だったらしい。


 だがティーナも一時は英雄だった冒険者。その実家であれば名声の力で繁盛してもおかしくないはずだ。にもかかわらず一度もそうなった様子がないということは、ティーナはこの遠い故郷に手紙のひとつも送っていなかったに違いない。


「『聖女』の生まれがボロ酒場とバレちゃ困る、ってとこかね……。大した聖女様だよ」


 名声は山脈を越えなかったが、借金は越えてきた。たまったものじゃないなとミーナには聞こえないよう小声で呟いて天井を仰ぐ。

 そんなアルトラの様子は気にかけず、ミーナは話を進めてゆく。


「で、その姉のおかげで見ての通りのうらぶれ具合でして、そろそろ店を畳むことも考えないといけないところにきているんです……。頼みの父さんもあの調子ですし」


「……そりゃまあそうなるだろうな」


 アルトラは改めて店内を見回してみるが、他のテーブルには人っ子一人いない。外の人通りもまばらだ。

 ただでさえ集客に難がある場所だというのに、件のヴェール家なる組織の圧力だろう、時たま通るあらくれ風の男たちも『おふくろ酒場』の前に差し掛かるや足を早めてそそくさと通り過ぎる始末。こんな酒場など長くはもつまい。


 見た目通りの危機的状況にあることを察したアルトラに、ミーナはテーブルを叩くように訴えかけた。


「でも私はこの店を続けてほしいんです! だからお願いです、店を建て直すのを手伝ってくれませんか!」


「は? なんでオレが」


「さっきエリアさんに聞いたんですが、アルトラさんには商売の才能があるとか。どうか手伝ってください!」


 普段は褒めないくせに妙なところで妙な持ち上げ方をしてくるエリア。だが褒められて悪い気もしないアルトラに、ミーナは脈アリとみて畳み掛ける。


「建て直しの間、お食事と寝るところは提供します! あともう一つ、これはお礼とは違うんですが……」


「あん?」


「さっきヴェール家の二人をノシましたよね? 奴らは必ず報復に来るので、もし皆さんがいなければ明日にでも父さんは山に埋められて、私はどこかの娼館で脂ぎった親父に純潔を捧げることになります。……痛いんだろうなぁ」


「脅してんのか、こいつ。自分が助けろっつったくせに」


「相手が人間ならまだ上等かもしれません。裏通りに変わったショーをやる賭博場があるって聞いたことあります。鎖に繋がれた乙女の前に鉄の檻が置かれて、中には発情した魔物が……」


「知らね」


 これ見よがしに涙を拭いてみせるミーナだが、アルトラにこの手の脅しは通用しない。もっとも、ついさっき見捨てられかけたミーナもそれは分かっている。

 本命はアルトラでなく、横で聞いている残り二人だ。狙いは的中。エリア、ゴードンとも乗り気も乗り気といった様子でアルトラに訴えかけている。


「主張。引き受けるべき。衣食住の食住が解決する。絶対に引き受けるべき」


「さすがに、これを見過ごすのは寝覚めが悪すぎるだろう……」


 アルトラとしても利益の大きい提案なのは間違いない。山で凍え、草原で魔物に襲われ、街でゴミにまみれて眠る日々がようやく終わるのだから。

 しばし考え込んだ後、アルトラはカップに残った酒を一気に呷ってテーブルに叩きつけた。


「クソ、分かった分かった分かった! やってやる。だがやるなら徹底的にだ」


「元よりそのつもりです!」


「『神銀の剣』、久々の依頼だ。失敗は死んでも許されねェと思っとけ」


 元リーダーの号令にエリアとゴードンも応じ、方針は決まった。


「了解。店が潰れれば食事の権利も消失する。全力で対応する」


「い、命懸けだな。建て直しって何からやればいいんだ?」


「まずは『おふくろ酒場』なんてだっせェ名前から改革だ。男どもの集う最強の酒場にしてやるから見とけ……!」


 これより数週間後。

 ファティエの街に、この国で初の『メイド酒場』が誕生するが、それはまた後の話。

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