114.戦いを終えて

「行きます。――『縁結エンユウのロール・オール』」


 鎖は束となり自在に動く槍となる。蛇のように鎌首をもたげたかと思えば一本の巨大な武器と化すそれは、しかし鋭い先端を常に『王』の眉間へと突きつけている。鱗の堅固さを誇る『王』も危機を感じたか。左の爪を振りかざして穂先をへし折らんとするが、白磁の槍はバラリとほどけて爪に空を切らせた。


 このゴーレムは鎖である。だから折れない。

 このゴーレムは槍である。だから切れない。


 この相手に格闘は無意味。悟った『王』は即座に息吹ブレスへと切り替える。鋼鉄すらも灰燼に変える焦熱は、しかし大きく螺旋に解けた鎖の隙間をするりと抜けてゆく。当たれば必殺の攻撃がどれ一つとして当たらない。


「――穿つらぬけ。穿け穿け穿け!」


 もう十分。『準備』は全て整った。

 そう言わんばかりに、白磁の槍が黄金に輝いた。


磊落ライラクの鎖!!」


 槍が『王』の口へと突進した。大金槌で腕の鱗も翼も砕かれた『王』に防ぐ手立てはなく、黄金は蛇のようにずるりと飲み込まれてゆく。

 口から撃ち込まれたそれは中で八方に広がり、あとは竜の全身を内部から破壊し尽くすまで止まらない。『王』といえどあくまで生物。あの巨体ならば心臓が三つ、四つあろうと驚かないが、体内全てを切り刻まれれば関係ない。数呼吸のうちに地響きを立てて倒れこみ、やがて動かなくなった。


 周囲ではドワーフによる魔物狩りも佳境を迎えている。もはやまともに動ける魔物は数えるほどもいない。

 誰もがそれを確信する中、宣言の権利はこの時をもっとも永く待った者に譲られた。


「見てるですか、四十九人の当主たち。見てるですか、ママ。一一〇〇年の備えは決して、決して無駄ではありませんでした」


 アンジェリーナの声を最後に、辺りに静寂が戻る。


「以上、証明終わり」




    ◆◆◆




 それから五日後。

 ヴィタ・タマで起きた出来事のあらましは周辺に伝わり、あらゆる領主、あらゆる機関が復興支援の部隊を派遣してきている。その中で、圧倒的な一番乗りで主導権を握った領主がいた。


 アビーク公爵家である。


 その部隊に非公式ながら同行したシズクと山の上で落ち合い、聞かされた伝言は次の通りだった。


「アビーク公より、『また借りを作ってしまった』だってさ」


「表向きの理由は『復興の支援と、亜人の首魁マージ=シウの身柄確保を目的とした部隊派遣』だってのにな。伝言はまるで真逆だ」


「……結局、考えてもボクにはよく分からなかった。これってどういう事? なんでアビーク公にここのことを知らせたの?」


「順を追って説明しようか。そうだな、里にアビーク公爵軍とアルトラが攻めてきたところからだ」


「そこから……?」


 あの夏の戦いの後、アルトラはアビーク公に拘束された。罪状は領主への偽証。仮にも英雄であるS級冒険者を死刑にはできまいが、一生牢獄暮らしでもおかしくはないと思っていた。


「だが、アルトラは三ヶ月後には釈放された。そして西へと逃げていった。何かおかしいと思わないか?」


「……そういえば釈放されたこともだけど、なんで浮浪者になったアルトラの足取りまで分かったんだろう。見張りでもつけてたってこと?」


「そこがアビーク公の計らいだ」


 アビーク公爵家は初代からして親亜人派だ。時の第二王子が亜人の待遇改善を主張して政争に敗れ、王家から離れて今の領地へとやってきた経緯がある。


 そんな家を、果たして王家が捨て置くだろうか。


「公爵家には内通者がいる。確実に。そんな状態でアルトラを手元に置いておいたらどうなると思う? 奴は何を知ってる?」


「……マージのスキルや性格に一番詳しいのは、アルトラだ」


 だから手元に置くことを嫌い、アルトラを街に放った。亜人撲滅派が接触しないか見張りをつけ、西方へと立ち去るまで見送った。


「さすがに国境を越えてまで追いはしなかったようだけどな」


「それは仕方ない。西に国境越えをしようとするなら山脈越えだ。ボクら狼人族ならともかく、スキルもない人間が準備もなく踏み込めばほぼ確実に死ぬ」


 事実、その後にアルトラを見たという情報は一切無い。生死は不明だが、少なくともこの国にはいないと考えていいだろう。


「これがアサギにも色々調べさせて出した結論だ。アビーク公の狙い通り、俺の情報は不十分で不正確なまま広まった。キルミージのいくつかの失策もそのおかげだったと言っていい」


「だから、『あれ』はその借りを返したってことなんだ」


「そういうことだ」


「……さすがに返しすぎじゃない?」


 俺たちの眼下ではアビーク公の兵士が街を駆け巡り、家々に被害を与えた『落石』を回収しては馬車に積み込んでいる。アビーク公爵家の紋章をつけた荷台はどれも満載だ。

 陽光を浴びた『落石』はキラキラとまばゆいばかりに輝いている。


「国を買えるほどの黄金なんて」


「返しすぎれば貸しになる。それくらいでちょうどいいさ」


 あの『落石』は黄金のダンジョンから噴き出したもの。となれば当然、そのほとんどが黄金でできている。今のヴィタ・タマは街そのものが金鉱山なのだ。


 そのことが知られたからこそヴィタ・タマには各地から多くの支援が寄せられ、結果的に復興が急速に進んでいる。その全てに先んじて主導権を握ったアビーク公爵家は大きく力を伸ばすに違いない。

 そう教えると、シズクは積み込みの様子をじっと見つめながら頷いた。


「おカネがあるからいろいろ買えて強い、って話じゃないんだよね」


「そうだ。どうして強くなるか分かるか?」


「金は経済の基盤だ。国に流れる金の量が増えれば銀や麦を買うのにたくさんの金貨が必要で高値になり、減れば安値になる。あれだけの金を手に入れたアビーク公は、銀や麦、その他全てのものの価値を自在に操れるようになったんだ」


 それは国の価値、命の価値すらその手に握っているも同然。領地を預かる者としてはどんなスキルよりも強い力と言っていい。


「正解。為替なんて誰に教わった?」


「……ゲラン」


 苦虫を噛み潰したような顔で肥え太った商人の名を出したシズクに苦笑しつつ、俺は市井で手に入れた情報をひとつ追加する。


「アビーク公だけどな。黄金どころか街ひとつを手に入れるかもしれない」


「街」


「このヴィタ・タマだ」


 ヴィタ・タマの支配者層はこの大事件の責任を問われたばかりか、その多くが騎士団から賄賂や亜人の女を受け取っていたことが明るみに出た。しかも噴火の際は騎士団屯所の地下から自分たちだけ安全に逃げていたというのだから始末に負えない。

 さらにはアビーク公の到着があまりに早かったため、出遅れた貴族たちは金塊の回収に躍起になってしまい、肝心の復興をおざなりにして住人の反感を買っているという。


 おかげできちんと家を建て直してくれるアビーク公の支持は右肩上がり。今後はヴィタ・タマの実質的な支配権を得るかもしれないともっぱらの噂だ。改めて街に目を向ければ、今日もアビーク公の紋章をつけた兵士たちが家々の屋根を修理して回っている。あれもアビーク公の人気を高める戦術に違いない。


「これだけの大事件に、騎士団の不祥事だ。支配構造は大きく入れ替わるだろう。アビーク公を中心に新体制が敷かれ、代わりに権力を失う者が大勢出るはずだ」


「キルミージも、だよね」


『王』との戦いの後、騎士団長キルミージはあのまま解放した。もはや暗示も使えない上に全てを白日の下に晒されては復活の目はない。まして、奴は亜人ドワーフに敗れるという騎士団としてもっとも蔑まれる失敗をしたのだ。騎士団上層部より相応の処分が下ることだろう。


「キルミージ派の中心、ソドムとゴモラも奴と同行させられているそうだ。権力者が何かを失うっていうのはそういうことだ」


「ボクも為政者としてそうならないようにしないと……。それで、人間は分かったけどドワーフたちはこれからどうするの?」


「アズラと話したんだが、ドワーフのほとんどは今後もこの土地に住むらしい。ドワーフだけの町を鉱山内に建て直して、人間とは少し距離をおいて暮らすんだそうだ」


「狼の隠れ里と似た形だ。ボクもそれがいいと思う。人間と亜人は、近くて遠い生き物だから」


「ああ。その距離感を維持するためにもヴィタ・タマの支配者はアビーク公でいてもらった方が都合がいいんだ」

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