112.反撃
「うちら
「『鍛鉄のブラウン』の槌撃!!」
おそらくは金属の扱いを極めた当主で、錬金に秀でたゴーレムになったのだろう。よもや鉄を打った経験の方で呼び出されるとは思わなかったに違いない。
どうあれ、やることが単純だと手も貸しやすい。大いに結構だ。
「ダメ押しと行こう。【
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:腕力強化】
スキル【腕力強化】を加えた巨大かつ重厚な振り下ろしは『王』の堅固な鱗を力づくで叩き割った。先に右肩を噛み砕かれた意趣返しとばかりに、こちらも右肩を叩き伏せる。叩き砕く。叩き潰す。
これで損傷は五分と五分。ゴーレムとの違いは、生物には痛覚があるというその一点。
『効いてる!』
「全身を鎧で覆った相手なれば、斬るより叩けが常識でして。相手が鎧を砕かれるなど予想だにしていないなら一層のこと」
「畳み掛けます! 『陰惨のゲルアン』の魔術にて拘束制動! 並行して『薬研のフェルメール』の毒素で回復を阻害!」
『そして打つ!』
打つ、打つ、打つ。
いかに強力な攻撃でも繰り返せば対応されるかもしれない。その前に倒そうというのだろう、アンジェリーナは動きの鈍った『王』へと攻撃の手を緩めず打ち続ける。ならばこちらもそれに合わせるまでのこと。
「【
スキルポイントはスキルを使うほどに増えるのが世の理だ。いくら暴利であっても成長量がそれを上回れば問題なく、人間では疲れもすれば眠りもするから限界があるところ、石でできたゴーレムにはそれすらない。
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:疲労耐性】
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:打撃強化】
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:刹那の閃き】
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:鷹の目】
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:黒曜】
スキルが積み上がるほどに大金槌の一撃もまた重くなってゆく。『王』は全身から青い血を噴き出しながら一歩また一歩と後退し、ついに山肌に背を預けた。
一方のゴーレムは右腕の修復も完了している。左腕のみですら壮絶の一言だった大金槌を、万全の両手で大上段に振り上げた。
「【命使奉鉱】、再起動。聞こえまするか黒鉄よ、どうか重く重く、どうか硬く硬く、何よりどうか強く、さらに強く強く強く」
大金槌の形状がバキバキと音を立てて変わってゆく。大きさと鋭さを増し続ける鉄槌が狙うは一点。『王』が必死に守る急所、脳天のド真ん中。
「エメスメス家の計画は自分たちだけで完結するものでした。でも実戦ってのはですね、あるものは全て使ってナンボなんです!」
アンジェリーナは以前に『軍隊』と戦った経験がある。アビーク公爵の軍を食い止める役目を引き受けた時のことだが、公爵軍は巨大なゴーレムを見るや水を使って足元を緩めてきたりと臨機応変かつ柔軟に対応してみせた。
言うまでもなく、公爵の軍を構成するのは普通の人間たちだ。そんな集団にゴーレムが手を焼くなど想像もしていなかったアンジェリーナは大いに衝撃を受けたという。
「起動してくれたシズクちゃんに武器をくれたアズラちゃん、何よりここまで連れてきてくれた【
鉄槌が振り下ろされた。圧倒的な巨大さでありながら小兵のごとく鋭く速い。満身創痍の『王』に回避などできるはずもなく、狙いはあやまたず吸い込まれるように直撃した。あまりの威力に土煙が舞い上がり視界を覆う。
『やった!? これ勝ったよね!?』
ロード・エメスメスの声だけが響く中、感知スキルを走らせた結果にすぐさま叫んだ。
【債務者:アンジェリーナ・エメスメス 貸与スキル:脚力強化】
「跳べ、アンジェリーナ!」
「ちょ、【跳躍】、起動!」
ゴーレムの巨体が宙に浮いた瞬間、その下半身が消し飛んだ。遅れて飛来したのは甲高く切り裂くような竜の咆哮。
――コォォォォォオオオオオオオ!
土煙の向こうから聞こえるこの声は『王』が健在であることを示している。全身の鱗を砕かれ、翼は空を舞う前にへし折られてなお、溢れ出す力は全く衰えていない。
その力の根源は頭、いや、喉の奥にあった。
「
翼を犠牲にして大槌を受け止めた竜は、翼から引き上げたマナを凝縮して放った。ゴーレムが寸前で跳躍していなければ全身が跡形も残っていなかったに違いない。それほどの火力、それほどの神秘を前にして、俺とロード・エメスメスの意見は図らずも一致した。
『おかしい』
「アンジェリーナ、何か来るかもしれない。追撃だけでなく周囲に気を配れ」
「えっ、えっ?」
『
確かに常識外の威力ではあったが、それはあくまで人間基準の話。竜という種族を考慮すれば渾身の攻撃があれで終わりのはずがない。
威力を抑えたぶんは他に力を使っているはず。それを見極めようと目を凝らしたが、答えはすぐに見つかった。
「マスター、魔物の雰囲気が……!?」
「『王』らしい力、だな。最後の悪あがきと呼ぶには少しばかり厄介だ」
『魔海嘯』によってダンジョンから地上へ這い出すも、俺の攻撃と『王』たちの戦いに阻まれて動けずにいた魔物たちは数多くいた。そんな、『王』や『将』に比べれば木っ端のような存在であるはずの魔物たちが、しかし先ほどまでとは比較にならない凶暴な気配を放っている。
その原因が先の咆哮であることは明らかだった。
『ダンジョンで生まれた魔物を強化し狂化する咆哮ってとこだね。最奥の部屋で戦ってたらお目にかかれなかった技じゃない? レア体験だよジェリ』
「レアでもミディアムでもいいんで、とにかく動かないと這い上がってきます! 動け動け動いて!」
下半身を失った巨大ゴーレムでは身動きはとれない。下半身の修復は始まっているが欠損が大きすぎる。八方から迫りくる魔物にとりつかれればひとたまりもない。無論、今は傷ついて動けずにいる『王』もやがては立ち上がるだろう。
「【
必死に頭を巡らせるアンジェリーナ。
一方、同じ状況にいるはずのアズラはといえば、良くも悪くもいつもどおりだった。
「時にジェリ様」
「はい!」
「ひとつ気になっていたことがございまして」
「はい!」
「マージ様は、同じスキルを何人にも貸せまして?」
「はい!? それ今聞くこと……です?」
それは今聞くことなのかと言いかけたアンジェリーナだが、ふと気づいたように言葉を切った。
アンジェリーナにはもちろん、アズラにも俺のスキルについては性質を話してある。だから俺がひとつのスキルを複数の相手に貸せるかの答えも知っている。
「できませんね」
「しかし、先ほどから貸している【斬撃強化】【腕力強化】などはチュナルたちが騎士団から逃れる際に借り受けたものでして」
彼らには当面の武器として俺のスキルを貸し与えた。期限は一〇日としたので時間が来れば回収が行われる。つい先ほど返ってきたおかげでロード・エメスメスやアンジェリーナに貸すことができたが、重要なのはそこではない。
思い返すはヴィタ・タマに到着した日のこと。俺はキルミージと対峙し、その後に騎士たちを撃破してチュナルたちを解放した。
「チュナルたちに貸したスキルが返ってきたということは、あれから一〇日目が過ぎたということだ。コエさん、キルミージは?」
「ここに。まだ気絶しておりますが……」
「【熾天使の恩恵】、起動。目を覚ませ、キルミージ」
「……ッ、ア?」
最低限の治療を施すとキルミージの目が開いた。詰め込みすぎた頭は激痛を訴え続けているだろうが、受け答えができればそれで十分。
「キルミージ、いい知らせだ。一〇日目が過ぎて返済ができるようになった」
「ヤ、タ……!」
苦痛から解放されると知った騎士団長の顔にわずかな安堵の色が浮かぶ。返済の意思ありと見て、俺は定められた言葉を口にした。
「なら答えろ。【全てを返せ】」
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