111.予定外

「人形要塞ことエメスメス邸が擁する迎撃人形の最終十六番、四十二代当主謹製! 『待ちぼうけの大賢者』、起動です!」


 その大きさはまさしく天を衝くが如し。アンジェリーナが以前に作っていた大型ゴーレムなど比較にならない大きさの巨体が、街のただ中に仁王立ちしている。アンジェリーナたちは頭にある工房風の建物で操っているようだ。


 ダンジョンの『王』もその威容を脅威と認めたらしい。山肌を削るように大地を踏みしめ、街へと向き直り睨み合う。なるほど、あのゴーレムであれば互角以上の戦いができると見積もりつつ、ひとつ『大きな問題』があることに気がついた。


「コエさん、俺の傍に!」


「はい、どうされました?」


「ゴーレムは使用者の所持スキルを反映できる。ということは、だ」


 コエさんを抱きかかえ、近くに転がっていたキルミージも引っ掴んで空を睨む。同時に巨大な影が辺りを覆った。雲が吹き飛ばされて晴れたはずの空を黒く染めたのは、今の今まで街のはずれに立っていたはずの白磁の巨体。


「【跳躍】、起動!」


「【空間跳躍】、起動!」


 大きく飛び上がるスキルで一足に跳んできたゴーレムを、とっさに座標をずらして紙一重に躱した。それまでいた場所が白磁の足の下敷きになってもうもうと土煙を上げている。コエさんも自分がぺしゃんこに潰れるところを想像してか珍しく引きつり顔だ。


「……ありがとうございます、マスター」


 このゴーレム『待ちぼうけの大賢者』に伴う『大きな問題』とはすなわち、動き回るだけで足元が更地になるということ。そんな巨体で街を踏み潰しながら戦えばのちのち面倒になるというのは分かる。だから町外れの山にいる『王』の元へ、自分から跳んで向かうというのも分かる。

 分かるが。


「俺たちにはお構いなしか、アンジェリーナ!」


 あちらの声が聞こえるだけかとも思っていたが、どうやらこちらの声も拾えるらしい。ゴーレムの顔が心なしかこちらを向いた。そんな機構まで組み込まれているとは流石エメスメス家、一一〇〇年の歴史は伊達じゃない。


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんは殺したくらいじゃ死なないので、すみませんが遠慮なく殺します!」


「今までだいぶ気を遣ってくれていたのは分かった」


 両親を探すという目的を隠して俺の元へやってきたアンジェリーナ。自由奔放に振る舞いつつも、やはり俺の不興を買いすぎるような行為は無意識に避けていたのだろう。

 それですっぱりと態度が変わるのはむしろ流石と言うべきだ。


「……やっぱりダメです?」


「いいや、それでいい。存分にやれ」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんのそういうところ大好きです!」


『ちょっと親として聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど!?』


 ゴーレムにまとわりついた黄金の鎖が叫ぶが、それをかき消すように巨石の右腕が大きく振りかぶられた。開戦を告げるのは肉弾の一撃


「『錬手のフージェール』の右拳!」


 対する『王』は翼を大きく広げて迎え撃つ。葉脈にも似た赤い筋が巡る巨大な両翼は動くだけで暴風を巻き起こした。赤の脈がマナを循環・増幅させる回路の役割を果たしているのか、即座に右腕へとマナが収束してゆく。力漲る右手が、白磁の右手を迎え撃った。


 右と右の打ち合いは互角。大きくたたらを踏んだゴーレムに、尾の一撃が降り掛かった。回避は間に合わないと見てか防壁が頭上を覆う。


「『あなぐらのルーデル』の寝床! ぐ……ッ!!」


『さっすがに重いねぇ』


 マナの障壁と尾がかち合う。猛烈な衝撃波が地上を薙ぎ払う。体勢を崩したゴーレムの右肩を、すかさず『王』の顎が噛み砕いた。


 形勢はやや不利。大きさと膂力が同等であるなら、自らの体で戦う『王』と巨体を操るアンジェリーナとの反応速度差がそのまま有利不利となって現れる。ゴーレムは直立を維持できず巨大な膝をついた。


「マスター、アンジェリーナさんを信じないわけではありませんが、やはり……」


「分かってる。エメスメス家の計画は『錬金術師として完成したアンジェリーナ』を前提に組まれてるはずだ」


 今のアンジェリーナだと不足があってもおかしくはない。

 動かぬはずの山が動き、揺れないはずの大地が揺れる。そんな戦場にアンジェリーナの声が響く。


「いくら予定通りの戦いでも、今のジェリにぶっつけ本番で『王』相手は無茶……。んなこたー分かってるんですよ!」


 叫んだアンジェリーナは、膝をついたまま左手を地面へと突っ込んだ。


「だから『予定外』を使います! アズラちゃん!!」


「【命使奉鉱】、起動。でもこんな大きいのは初めてでして……!」


 地中からメキメキと何かの音がする。どうやら左手の先に何かが集まっているようだが、それはつまり地に手をついた格好のまま敵前にいるということ。

 それを『王』が見過ごすはずもなく両の爪を振りかぶった。八本の爪がすぐさまゴーレムの頭部めがけて叩き下ろされる。必殺の一撃は、しかし半ばで勢いを殺されて止まった。キラキラと光る鎖と刃が爪を受け止めている。


「パパ!」


『【神刃/三明ノ剣】、起動! 攻撃を受け止めてるけど、もって五秒……!』


 強靭なマナの刃といえど『王』の爪にはやや及ばない。一本、また一本と、パキパキと音を立てて砕けてゆく。


『あ、そろそろ鎖もやばいかも。切れる切れる切れるアズラちゃん切れる』


「必死で作業してる職人を急かしてもいいことないですから黙ってるです!」


『娘が反抗期。がんばるけどね!』


 これは、まずいか。

 戦況はよくない。加勢すべき。そう考えて動こうとしたところで、不意に『戻ってくる』感覚があった。使うならこちらだとコエさんを振り返る。


「【技巧貸与スキル・レンダー】、起動。債務者はロール・オール・エメスメス、貸与スキルは……【斬撃強化】だ。ポイントは多めに渡していい」


「はい、マスター」


【債務者の承認を確認。貸与処理を完了しました】


『おお!?』


 貸与が完了すると同時、刃が『王』の爪の一枚を切り裂いた。さしもの『王』も攻撃の手が緩む。時間にしてひと呼吸かふた呼吸程度だが、高速の戦場においてそれは十分に長い。


「ジェリ様、存分にお使いくださいませ」


「いきます!」


 ゴーレムが立ち上がる。左手を大きく掲げると、まとわりついた土砂がガラガラとなだれ落ちて土煙を上げた。

 手に握られていたのは巨大な、それはもう巨大な、城のひとつは一撃で叩き潰せそうな大金槌。無骨ながらに機能美を備えた黒鉄色のハンマーが陽光を受けて煌めいている。仕事を終えたアズラの息を切らせた声が、その輝きが渾身のものであると物語っていた。


「金槌を抱いて生まれるとすら云われるうちら鉱人ドワーフ族。その歴史でもっとも重く大きい得物でありますれば、打ち砕けぬものなどございませんで」

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