109.噴火

「山が、火を噴いた……!?」


『さーて、戦闘開始だー!』


「あーもう、パパはいっつもギリギリになって言うんですから!!」


 人間滅亡の危機すらギリギリで言うとはスケールが大きい、などとぼやいていても始まらないらしい。


「コエさん、俺たちもやろうか」


「はい、マスター」


「魔海嘯、攻略開始だ」


 出たのが空中なのだから当然落ちる。落下しだした俺たちの後方、アズラの身体からマナが渦巻くのを感じた。


「――火とあらがねとに奉る。【命使奉鉱メイシホウコウ】、起動。聞こえまするか石たちよ、眷属らの足を守り候え」


 アズラに応えて柔らかくなった石畳に着地しつつ現在地を確かめる。俺たちが逗留していたエメスメス邸からさほど遠くない場所、例のパン屋とは反対方向のようだ。


 周囲の住人たちはといえば、空から降ってきた俺たちなど気にする余裕もないといった様子。いきなり火を噴いた鉱山に驚いて今は立ち止まっているが、すぐにでも恐慌状態に陥るに違いない。


 行動は迅速にすべきだ。状況は至急で混沌としているが、やることは単純。俺は周囲に指示を飛ばす。


「山が火を噴いたら街の危機ってことは誰でも分かる。避難の方は、人間の住人は衛兵や残りの騎士がどうにかするだろう。問題は……アズラ!」


「はい、マージ様」


「暗示をかけられて街で生活しているドワーフと、地下の危険な場所にいるドワーフ。彼らの避難を任せていいか」


「ダンジョンの入口は今は使われない旧坑道だったゆえ、噴火に巻き込まれた者はおりませぬ。あとは新坑道の者を逃がしましょう。聞きましたね、チュナル。皆を率いて民を守りなさい。うちはドワーフの族長名代として攻略に加わります」


「お嬢!? しかし私はお嬢のお供ですし、指揮ならもっと年長の者が」


 至極もっともなことを言うチュナルを、しかしアズラは途中で遮る。


「できないのなら結構。チュナルならできると思ったのですが」


「え、いや、やります! できますとも! しかし……」


「第一、この場にお前が残って何ができますか。さあさあ早く!」


 慌てて駆けてゆくチュナルの背中を見送り、アズラはため息をひとつ。


「ああでも言わねば、うちから離れようとしませんで」


「事情は察するが、指揮を任せて大丈夫なのか?」


「チュナルはうちがやれと言われればなんでもやるし、できます。それだけは確かなこと。二万三千のドワーフ全てから選べと言われても、うちはチュナルを選びまして」


 でなくてはお供など任せない、となぜか憮然とした顔で言うアズラ。過保護な兄でも持った妹に見えてくるがそれはそれ。

 これで民間人の避難は任せられる。あとは一秒でも早く山――地下に鉱山が広がる岩山だ――へと向かうのみだ。


「【空間跳躍】、起動。キルミージは俺の方で預かるが、アンジェリーナも来るか」


「いえ!」


 なぜか顔面から着地していたアンジェリーナは起き上がって焦げたローブを整えると、まっすぐにエメスメス邸の方を指差した。黄金の鎖もアンジェリーナに追従している。


「ジェリは実家ウチに向かいます! シズクちゃんがたどり着けていれば動いてる仕掛けがあるはずです!」


『ああ、あれね。マージ君たちは最初に噴き出してくる魔物の方をお願いできるかい?』


「後から出てくる『将』や『王』への対策があるってことだな。分かった、シズクと合流して……いや」


「です?」


「シズクに伝言してくれ。『全速力で里に戻り、ベルマンにここで起きたことを知らせろ。「アビーク公に作った借りの分だ」と言えば伝わる』。これをそのまま頼む」


「合点承知」


「狼人族の代表としての仕事は、俺がやる」


「それとアズラちゃんもこっちでもらっていいです? シナジー、いけそうなので」


「ああ、頼む。こっちは身軽な方がよさそうだ」


 改めて山の方を見やる。今や噴き出す火には黄金がまじり、溶湯で、あるいは冷え固まった拳大の塊となって街に降り注いでいる。高さに比重の大きさも加わってまるで砲撃の雨だ。


 今は家の屋根に穴が開く程度でも、もっと大きい塊が落ちてくるようになれば街は全壊する。魔物まで押し寄せれば街の再建すら困難になるだろう。


「コエさん、行くよ」


「はい、マスター」


「【空間跳躍】、起動」


 行き先は山の上空。

 空中に出て落下しながら、俺は右手を前方の噴火口へと翳した。口が一つならば『これ』が使える。コエさんと二人で旅していた頃、天幕テントの周囲に近づく魔物を撃退するために編み出したあわせ技だ。


「【空間跳躍】【森羅万掌】、起動」


 噴火を・・・地下に飛ばす・・・・・・

 噴火口全体に蓋をするように【空間跳躍】を広げてゆく。


「続いて【星霜】、起動。【空間跳躍】の持続時間を伸ばし、噴火口の真上に固定する。ッ、なるほど、知恵のスキルが欲しくなるな、これは」


 あまりの負荷に脳が悲鳴を上げるのを無視して【空間跳躍】を設置した。これで仕掛けは整った。

 旅で使っていた時は名前など決めていなかったが、あえてつけるなら。


「『制空陣セイクー』、循環開始」


 仕掛けが動き出したのを確かめて治癒スキルを起動する。脳が破裂して保護領域行きになるのは免れたようで安心しつつ、目から流れた血を拭ってくれるコエさんを抱きかかえて【阿修羅の六腕】で着地した。


 上空ではダンジョンから噴き出した火がことごとく座標を移動させられてゆくのが見てとれた。


「成功、かな」


「ご無理が過ぎますマスター。それにしても、あれは以前に見せていただいたものを?」


「そう。噴火口の真上に【空間跳躍】を置いておく。魔物を空高く飛ばしたのとは反対に、今度の出口は『下』に設定してあるけどね。あれは地下行きの扉だ」


 ダンジョンの中身全てをはるか彼方の星の海まで飛ばすなど経済的でない。かといって近くに手頃な湖などがあるかというと、そういうわけでもない。

 ならば。山から噴き出す火を、そのまま山の中に『戻す』。こうすればしばらくはただただ循環するのみで、火が街を焼くことは心配しなくてよくなる。


「残るは魔物だ」


 循環する火は勢いを増し、中の魔物たちすらも焼いている。それでも数十、数百の魔物が火口から這い出し、人間えものを求めてヴィタ・タマを目指して山を下り始めていた。


 先頭をゆくサラマンドラの一群に右手を翳し、力を籠める。


「【亜空断裂】、起動。今さらあの程度の敵に手こずるわけにもいかない」


「はい、マスター。どうぞ存分に」


 頭で処理できる限りの魔物、数百体を数千の肉片に変えてゆく。まだまだ出てくるだろうが俺のいる一線を越えさせなければいい話だ。

 火と魔物の問題はこれでいい。次の問題は、と考えたところで大地が揺れた。


「ッ」


「マスター、これは……!?」


 地震ではない。サラマンドラたちですら浮足立つほどの、これは『声』。


「咆哮、だ」


 答え合わせをするように、火の中から『それ』が這い出してくるのが見えた。まだ影がちらりと見えたのみだが他の魔物と格が違うのは一目で分かる。

 コエさんの声に緊張が混ざったのが、俺にもすぐに分かった。


「……疑うわけではございません。しかし、アンジェリーナさんには本当に策があるのでしょうか?」


「あると言ったんだ。なら、あるのさ」


 大きい。その一言に尽きる。

 人間の使う【空間跳躍】などでは決して飛ばせない巨躯の影が、火口からゆっくりと姿を表そうとしていた。

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