108.今
『ダンジョンってゆっくり力を高めて成長していくものじゃん? でもさ、さっき中にぶっこんじゃったんだよね。普通なら何十年、何百年分って量の「神代のマナ」をさ』
やばいよねー、と、おそらく人間のままなら目だけ笑っていない顔で言っていたろうロード・エメスメス。彼との付き合いなど短いものだが、それでもこの手の人間ですら笑えない時がどういう時かは理解できる。
キルミージが使っていたのは神代の魔術。その力は現代のものの比でないほど強力であり、ああも何発も流し込めばダンジョンには影響を及ぼすことは想像に難くない。
「俺のスキルのために、か」
『ところがどっこい、そうでもないんだ。言ったろう? あのダンジョンは今の時点で
「水が、盛り上がるやつ?」
『盃に水を入れていくとそのうち溢れるでしょ? でも、丁寧に注いでいけばフチのところで盛り上がって少しだけ多く入る』
「ああ、あれか」
『子供の時、そこにコイン入れていって溢れた方が負けのゲームやったよねー。で、僕には盃そのものを大きくするほどの力は無かったから水をがんばって盛り上げてたわけだね。だから魔物が外に行くことも無かったと思う』
そうしてスレスレのところで耐えていたダンジョンが、今の戦闘で決壊する。
『難しいといえば難しい状況だったんだ。もちろん魔海嘯の前に攻略できれば言うことないよ? でも、中で激しく戦えばそれだけで魔海嘯が起きちゃう。戦闘を避けてゆっくり進めば時間的に間に合わないかもしれない』
中にいる時に魔海嘯が起きるなど想像したくもない。巨大ダンジョンの中身が一気に吐き出されるのだ、そんな大津波の中で何ができようはずもない。
続きはアンジェリーナが継いだ。
「どっちにしろ魔海嘯させるしかなかったかもしれない、ってことですね。外に出てきた『王』を仕留める前提で」
もっとも、歴史上で魔海嘯後に『王』を仕留めた記録はひとつしかないのだが。それも二千年以上前の賢者が成し遂げたという半ば伝説のようなもの。魔海嘯は起きてしまえばどうしようもないというのが定説で常識だ。
『それも想定に入れてエメスメス家の計画は組まれてるからヘーキヘーキ』
「最悪の場合、って枠ですけどね」
「なら、ここは……」
話を進めていたところで、不意にアズラが小さく挙手した。
「あのー、うち、さっきまで目と耳がなかったので話が見えてきませんでー。よければ簡単にでよろしいので説明をいただきたくー……?」
「あ、言われてみればそうですね」
アズラのどこか拍子抜けした質問に、長く張り詰めて疲弊しかけていた空気が少し緩んだ。
状況も複雑になっている。ここで少し整理するのもよいだろう。
『やめといた方がいい気もするけど、そこ渋ると逆に遅れそうだからさくさくっとよろしく』
「コエさん」
「はい、マスター」
コエさんが一歩前に出て、主にアズラに語って聞かせる。
「アズラさんたちドワーフ族が発見された『紅奢の黄金郷』は非常に危険なダンジョンでした。それを予期し、先祖代々備えていたエメスメス家の方は皆様の目を盗んで攻略を開始。しかし半ばで行き詰まり、あの姿となってしまいました」
『いえーい』
「一方、アズラさんたちも騎士団にダンジョンを知られることに危機感を抱き、
「なるほど、そういうことでして」
「騎士団の暗示により紆余曲折はありましたが、全体としてはそこまで複雑ではありませんので。しかし騎士団に奪われたスキルによりダンジョンにマナが流し込まれ、エメスメス家の方によって保たれていた均衡が破られました。魔海嘯は遠からず起きるでしょう」
「ありがとう、コエさん。さすがだね」
コエさんの説明は実に端的だった。十分だと思ったが、横で黄金の鎖がふるふると左右に揺れている。
『惜しい。一箇所間違ってる。少なくとも正確じゃない』
「ロード・エメスメス。貴方は外での出来事はほとんど知らないはずだろ?」
『うん。だから最後のとこ。魔海嘯は遠からず起きるってとこ。……うーん、端的すぎても伝わらないし、かといって迂遠にやると長くなっちゃう。ごめんねー、おしゃべりは好きなだけでヘタクソなんだ、僕って』
「じゃあ、ロード・エメスメス。端的かつ正確に言ってみてくれ」
『今起きる』
「ッ、【泥土の嬰児】、起動! ドワーフさんは頑丈だからどんどんやるです!」
言葉の意味を理解したのは、おそらくアンジェリーナが一番先。手を地面について通常のゴーレムを数体生成し、周辺のドワーフたちを全て俺の方へ放り投げる。
続いて俺。同時にアンジェリーナの意図を理解して、全力で叫んだ。
「全員、俺の近くに寄れ! 【森羅万掌】で【空間跳躍】の範囲拡大、起動! それとロード・エメスメス」
『うん』
「もっと端的を信じてくれていい」
『分かった!』
強引なのは百も承知。【範囲強化】の上位スキル【森羅万掌】で俺の周辺全てを対象に取り込みつつ飛距離も伸ばし、一気に上へ。
今の俺は知恵のスキルを失っている。ただでさえ人数が多く距離も長い跳躍など、目標が地上では建築物などが多すぎて演算が追いつかない。速度を重視して障害物の少ない街の上空に出たが……。おかげで自分たちがさっきまでいた場所がとてもよく見える。
その、未だ目にしたことのない光景に、目にしたそのままが口をついて出た。
「山が、火を噴いた……!?」
『さーて、戦闘開始だー!』
「あーもう、パパはいっつもギリギリになって言うんですから!!」
人間滅亡の危機すらギリギリで言うとはスケールが大きい。
ともあれぼやいていても始まらないらしい。
「コエさん、俺たちもやろうか」
「はい、マスター」
「魔海嘯、攻略開始だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます