107.供給

「なんか、仕方なくゴーレムを使わされてるみたいで不本意なんですが。ジェリはゴーレムが最高だからやってます。それ大事です。すごく大事なとこです」


『うんうん、好きこそものの上手なれってね。いいゴーレムを作るようになったじゃないか』


「いいですよね……! ただこの型のゴーレム、未来の旦那さま候補にはできないのが難点ですね。さすがにご先祖さまと結婚はちょっと」


『……旦那さま? 候補? え、なんて?』


「でも造形はいい、いいです……。皆さん、生きてた頃より今の方が美形になってますよきっと」


 どこか恍惚とした表情でゴーレムの肌を撫でるアンジェリーナ。その目は恋する乙女に近いような遠いような。


 ゴーレムも仮とはいえ生命なのだから、遠い未来には人間に生まれ変わる可能性があるはず。そうなったら結婚できるね、というのがアンジェリーナの持論だ。もしやエメスメス家は全員ゴーレムと結婚したがる家系なのかとも思っていたが……。ロードの反応を見るとどうやらそういうわけではないらしい。


「いいですよね、ゴーレム……」


『あー、結果として強いからヨシ! 人間と違って送り狼とか心配しなくていいし!』


「です?」


『よーし、行くんだ愛する我が娘! これで最後だ!』


「行きます! ――参照、四十二代『破城のミリア』!」


 アンジェリーナの声に応えるように、また新たなゴーレムが地面から生み出された。

 女神像。ひと目見て受けた印象がそれだ。

 そのゴーレムは、『破城』という言葉からは想像できないたおやかな女性の姿をしていた。だが手には木の棍棒のような物を持ち、その身体からは力があふれ出して周囲の岩壁を震わせている。その力量は問うまでもない。


「錬金術師という学者の家系にあって、『武力』を追い求めた異端の天才。それがこのミリア=エメスメスです」


 今や満身創痍のキルミージにも力の差は理解できよう。だが奴に逃げるという選択肢は残されていない。残された全ての触手を白い肢体へと殺到させて絡め取る、が、『破城のミリア』は微動だにしない。


「振り払え」


 アンジェリーナの一言で全ての触手がちぎれ霧散した。もはやキルミージを守るものは何もない。


「あ、エ、あ……!」


「破!」


 巨人は手にした棒を大きく振りかぶり、キルミージの頭へと叩きつけた。金髪の頭が大きく前のめりになり床へと吸い込まれる。猛烈な勢いで地面へとめり込んだキルミージはそのまま気を失い、剛力で振られた棒はポッキリとへし折れた。破片は激しく回転しながら飛んでキルミージの背中に落下し乾いた音を立てた。


「勝利!!」


 静寂の訪れた坑道で、ぐっと小さな拳を握りしめるアンジェリーナ。ゴーレムもまたそれに応えるように微笑む。役目を終えて崩れゆく様すら美しい土人形は、最後に小さく口元を動かした。


『ヤッチマッタゼ』


「……なるほどですね、マスター。アンジェリーナさんが五十代目で、今のロードは四十九代目でいらっしゃいます。ならば今の方が例の言葉を遺した七代前の当主なのですね」


「女当主だったんだな。そういえばゴーレムとして呼び出した四人中三人が女か。ずいぶんと女当主が多いんだな」


『ジェリが女の子だから、最初は作りやすい方をと思って選んだだけだねー』


「それにしても、だ」


 やっちまったぜ、というのがただの口癖ならいいが。あれだけの力で頭を叩きつけて脳みそは無事なのかとキルミージの容態を確かめてみて、あまりの傷の浅さに首をひねる。右腕、右足を失うなど満身創痍ではあるが肝心の頭は綺麗なものだ。


 検分する俺を後ろから覗き込んだアンジェリーナは、さも当然といったように頷いた。


「計算通りです」


「棍棒が折れるほどの強さで殴ったはずだが、この軽傷具合はどうやった?」


「棍棒?」


 どこか話の噛み合わないアンジェリーナ。もしやと思いキルミージの背中に転がっている棍棒の片割れを拾い上げてみて、その正体に合点がいった。


 パンだ。


「パンか」


「パンです」


「そういえば、パン屋の店主に日持ちのするやつをもらったと言っていたな。あれか」


「あれです」


 パンは柔らかいもの、というのは街の人間特有の思い込みだ。

 保存用のパンはとにかく硬い。俺も冒険者時代によく食わされていたから分かるが、水分がなければ人間の歯など役に立たないほどだ。


「それで岩の地面に叩きつけるのはだいぶ際どいな……」


 事実、殴られたキルミージの頭は半ばまで地面にめり込んでいる。相当な威力だったことは疑いようがない。


「いえ、よく見てください。頭の下のところ、もふもふしてますよね」


「岩がもふもふしてるはずが……しているな」


 もふもふしていた。見た目にはごく普通の岩でしかない。だがそれはまるでベッドのようにもふもふとキルミージの身体を受け止めていた。

 答えを求めてアンジェリーナに目をやれば、その右手でアズラの手を握っているのが鍵らしい。どうやら『妄執のイエレ』が歌声でキルミージを拘束していた間に繋いだようだ。


「アズラちゃんに合図をして、エンデミックスキルで地面を柔らかくしてもらいました。もともとは岩壁に叩きつけられた時に備えての合図でしたが応用です」


「ドワーフ族のエンデミックスキル、か。あとで詳しく聞かせてもらいたいが、まずは目と耳の治療だな。……【熾天使の恩恵】、起動」


 アズラの目と耳を治療し、視覚と聴覚を取り戻させる。痛み消しの暗示も解いてやると、アズラはぱちぱちと目をしばたたかせ、すがりついてくるチュナルを押しのけつつ首を傾げた。


「おや、マージ様も出てこられたのですね。もう戦いは終わりまして?」


「ああ、終わった。俺のスキルのせいで本当にすまない」


「うちを助けてくださろうとしたからこそのことです。何より、我らドワーフ族の危機に駆けつけてくださったこと、感謝こそすれ恨むなどありえませんで」


「お嬢! お見事でしたお嬢!!」


「ふむ、このチュナルの泣きよう……。どうやら本当に終わったようでして」


 状況を半分ほど理解したところで、アンジェリーナがアズラを抱きしめる。その顔にあるのは歓喜か安堵か申し訳無さか、あるいはその全てか。


「アズラちゃんのおかげです、全部、全部……」


「ひとまず、肝要なことをひとつだけ。キルミージめは?」


「あそこのボロ雑巾がそれです」


「はー、これは見事な」


 死なない程度にぶっ殺す。それをきっちりと実践したのだと語る赤髪の錬金術師を、アズラもまた抱き返した。


 シズクとアズラを頼む。アンジェリーナにそう任せた判断は、どうやら間違っていなかったらしい。


「さて、喜んでいたいのは山々だが、終わったといってもまだ前半戦だ」


 ひとまずの勝利を収めたところで、改めて状況を見返す。まず騎士団は撃退した。団長であるキルミージを拘束して指揮系統を破壊したため、当分は妨害の心配をしなくてよい。


 となれば本命は『背後』だ。


「『紅奢の黄金郷』攻略、だな」


「マスター、これからすぐ向かわれるのですか?」


「その方がいいと思う。放置するには危険すぎる」


 黄金が無限に湧き出すダンジョン。その存在が公になれば、あらゆる国と機関が利権を求めて動き出すに違いない。それで攻略が遅れようものなら取り返しにつかない事態になってしまう。


 俺たちの手で攻略するべきだ。長い戦いを覚悟した俺の肩を、しかし鎖の錘がつついた。


『あー、マージ君? ずっとバタバタしてて言い損ねてたんだけど……』


「どうした?」


『僕ら、全員死ぬと思う』


「……なんだって?」


 あまりに唐突な宣告に思わず聞き返した。全員死ぬとは一体。


『あ、しまった。端的に言い過ぎるのは錬金術師の悪い癖。めっ、めっ! でね? 僕、鎖になってる間にあらゆる可能性を計算したんだ』


「ああ、言っていたな。それが?」


 錘はチリリと音を立てながら、口を開いたままの『紅奢の黄金郷』を指し示す。


『あれはもともとジェリが攻略するはずだったダンジョンだ。あと何十年もしないうちに魔海嘯マカイショウを起こすところだったんだよね。それがドワーフに発掘されたことで早まってしまった』


 魔海嘯、あるいはダンジョンブレイク。成熟しきったS級ダンジョンの中身が地上へと溢れ出し、周辺一帯がヒトの生存を許さぬ魔境と化す激甚災害だ。

 超S級とすら言われる『紅奢の黄金郷』であればその被害は計り知れない。エメスメス家が長い時をかけて備えたのも、突き詰めれば魔海嘯を防ぐための一点に集約できる。


 しかし、とアズラが口を挟む。


「ロード・エメスメス様。だからといって今日明日に起こることでもないのでは? なぜ今その話をされまして?」


 魔海嘯の直前には中の魔物が少しずつ外に出てくるなどの兆候がある。狼の隠れ里の『蒼のさいはて』が好例だろう。

 それが見られない以上、魔海嘯が近いといっても年単位で先の話になるはずだ。


『うん、そのはずだった』


「はず、だった?」


 はず『だった』。

 不穏な表現に頭が巡る。俺が持っている情報を組み合わせてみて、ふと、最悪の可能性に思い当たった。


「まさか」


『ダンジョンってゆっくり力を高めて成長していくものじゃん? でもさ、さっき中にぶっこんじゃったんだよね。普通なら何十年、何百年分って量の「神代のマナ」をさ』

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