106.継承のユニークスキル
「死なない程度にぶっ殺します」
『美しい言葉づかいも教えればよかったかなってパパ反省。さて、やろっか。さっき「開いた」エメスメス流の戦い方を、この世界にお披露目しよう』
キルミージの体から湧き出した黒い舌は肉を喰らって実体を持ち、今は黒い鞭、あるいは触手となって猛烈なマナを放ちながら奴の体にまとわりついている。ひゅ、と風を切る音がするや、そのうちの幾本かがアンジェリーナへ突進した。
「【金剛結界】、きど……」
「平気です」
明らかに急所を狙っての攻撃。危険とみて割り込もうとした俺を、しかしアンジェリーナは右手で制し、すでに壁につけていた左の掌に力を籠めた。
「【泥土の嬰児】、起動。
参照、引用、規格化、工程完了。
『錬手のフージェール』」
生まれたゴーレムは一体。何十体ものゴーレムで防ぎきれなかった相手でありながら、立ち向かうのは一体のみだ。万全でないとはいえ神代術式を前にしてはあまりにか弱い。
だがそのか弱い土人形は、黒の攻撃を拳の一撃で粉砕した。
『よし、よし!!』
「あれは……?」
今までとは違う。そう一目で分かる攻撃力に耐久力、そして何より外見に、コエさんが口許をおさえながら小さくこぼした。
「……女性のゴーレム、ですか?」
そのゴーレムは形から変わっていた。
アンジェリーナの作るゴーレムは大きさも性能もいろいろだったが、見た目としてはどれもつるりとした白磁の体をしていた。だが今、たくましくも女性らしい体つきをした『女のゴーレム』がキルミージの魔術を殴ってかき消している。
もっとも、その表現は半分だけ間違っている。目を治療して視覚と感知の両方で見てこそ分かることだが、あれは厳密にはゴーレムではない。
「あれは人間だ。土石でできているだけの人間が戦ってる」
熱を産み出す呼吸と代謝。
体内を巡るマナの流れ。
何より、ゴーレムにあるはずのない『戦意』が漲っている。
『ジェリ、せっかくだし魔法対決といこうか。「陰惨」だ』
「はい、マイスター。『陰惨のゲルアン』」
外套をまとった、錬金術師というよりも魔術師然とした老齢の男、だろうか。手にした短杖の先に宿るは、小さくも鋭いマナの矢じり。
「放て」
矢がジグザグの軌道を描いてキルミージへと向かう。阻まんとする黒鞭をすり抜け、最後に立ちはだかった極太の一本を貫いてキルミージの右膝を貫通した。途端、キルミージの膝が炭化してボロリと崩れ落ち、喉の奥から苦痛の声が漏れ出る。
「グ、ガ……!」
「ゴーレムが魔術、いや呪術か? それもあんな高度なものを……。技術のレベルで勝負になってない」
力の大きさ、総量でいえば神代術式を使うキルミージが圧倒的だ。だがゴーレムが放つ術は練度と精度という点でそれを完全に覆している。
その出来栄えに、黄金の鎖も澄んだ音を鳴らして上機嫌だ。
『よーしよーし、次へ行こう。近めのところで三十九代、「妄執」はいけるかい』
「……いけます。参照、『妄執のイエレ』。あ、【
直後、超高音の歌声らしきものが坑道を貫いた。後ろ側にいる俺たちですら頭が割れそうなほどのこれが、前方のキルミージたちにどう聞こえているかは想像もしたくない。
『いいね、まだまだ使い切れてはいないけれど光るものはある。僕の娘ほんと天才。さて、ここでマージ君に問題です。フージェール、ゲルアン、イエレ。今の三人、だーれだ?』
「わざわざ聞くということは俺が答えにたどり着けるってことだ。大方、エメスメス家の過去の人物か?」
『なんで当てちゃうの』
そんな不満そうに言われても困るのだが。
ぶつぶつと不平を垂れるロードをよそに、アンジェリーナはさらに手に力を集める。そのマナは今までゴーレムを産み出してきた【泥土の嬰児】だけじゃない。なにか別のスキルを同時に発動している。アンジェリーナは、ゴーレム作成のほかは【跳躍】しか持っていなかったはずなのに。
「答えが分かっても理屈が分からない。あのゴーレムはなんだ?」
『エメスメス家の秘伝だけど、教えられる範囲で教えてあげる。エメスメス家はダンジョン「
「ああ、アンジェリーナもそのためにいると」
『全ての鍵はね、ゴーレムなんだ』
ロード・エメスメスに曰く。
エメスメス家は一一〇〇年に渡って知識を継承してきた。ダンジョン攻略に向けて研究し、研鑽し、知恵と力と技を積み重ねた。だが、それだけでは勝てないと気づいてもいたのだ。
その問いはこうだ。
代々の当主にはそれぞれの得意分野があるが、では、知識さえ継承していけば子孫はそれを再現できるのか。
その答えなら俺にも分かる。
「無理だろうな」
『その通り。錬金術と一口に言っても、守護術に適した脳、呪術に適した脳、肉体強化に適した脳、薬理学に適した脳、変成術に適した脳……これ、ぜーんぶ違う。健康な脳と体なら全部それなりにできるけど、それなりじゃ極めた意味がない』
だから
知識も技術もまるごと残し、ゴーレムとして戦いの場に蘇らせる。それがエメスメス家の『戦略』だった。
最後にダンジョンを攻略する当主はゴーレム使いになることを定められていたのだと、ロード・エメスメスはどこか誇らしげに語った。
『未来の第五十代当主アンジェリーナは、スキルを覚えてるんじゃない。知識を持ってるんじゃない。あれはね、参照しているのさ。エメスメス家が誇る知識と継承のユニークスキル【
「アンジェリーナさんもユニークスキルをお持ちだったのですね……」
『ま、身内以外で知ってるのは統括ギルドのマスターくらいじゃない? 全ギルドの長だね』
「……あの噂話、実話だったんだな」
話を聞いてふと、有名な噂を思い出した。八歳の少女に会いに来た超名門のギルドマスターが、そのユニークスキルに惚れ込んでナプキンに契約書を書いて確保しようとした、という話だ。その子は断ったそうだけど。
真実というやつは意外と身近に転がっているらしい。
「今までこれを使わなかったのは? ……いや、使えなかったのか」
当然の疑問に、ロードは『ご名答☆』と錘を揺らす。
『ユニークスキルが発現するのは八歳くらいだよ? そんな子供にいきなり一一〇〇年ぶんの人生を叩き込んだらどうなる?』
思わず前方で悶えるキルミージに目が行った。
「ああなるんだろうな」
『そう、頭がパーンだ。だから当主は自分の子が成長するまでスキルに鍵をかけておく。子供を一人前と認めるか、当主自身の死によって解放される鍵をね』
「鍵を開いたのが今のアンジェリーナ、か。それだと、子供が小さいうちに当主が死んだらどうなる?」
『錬金術師は秘密主義なのさ』
解にたどり着けないなら全て消す。そういうものだとロード・エメスメスは何のこともなさげに語る。
なるほど、子供に知識だけ残しても悪人に利用されたり、あるいは半端者に育って自ら道を踏み外すことは十分にありうる。そうなるくらいなら残された次代を壊して廃人にしてしまおうというわけだ。
そんな合理的だが苛烈な綱渡りを渡りきって、彼とアンジェリーナはここにいる。
『悩んだよー。フランと毎夜毎晩話し合った』
昔を懐かしむように黄金の鎖は揺れ動く。
『ダンジョンが予定より早く発掘されちゃって、ジェリが錬金術師として完成するまでは待てなくなった。選択肢は大きく二つ。未熟なジェリの鍵を開けるギャンブルをするか、いっそ僕らだけで乗り込むか』
「……それで、アンジェリーナに冒険をさせるよりはと自分達で乗り込んだって言ってたな。結果的には一つ目になっているが」
『うん、うん。子供の成長って、親が思うより早いんだねぇ。もちろん今はまだまだ力を使いこなせていないけれど……。大丈夫。今までの努力がジェリを高みに導いてくれるさ』
アンジェリーナは両親を探すために自分を律し、厳しい研鑽を積んできた。それが結果としてここに活きている。
努力が報われたはずの本人はといえば、父の言葉に頬を膨らませているが。
「なんか、仕方なくゴーレムを使わされてるみたいで不本意なんですが。ジェリはゴーレムが最高だからやってます。それ大事です。すごく大事なとこです」
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