103.コケコッ

「それでいい。アンジェリーナは何も間違ったことはしていない」


「でも、ジェリは」


「いいんだ。あとは任せろ。ロードの命は、残り少ないそうだから」


 状況は分かった。

 俺がアズラの救出を焦ったがゆえの現状だ。アンジェリーナが待ち望んだ再会を誰にも邪魔させない責任が、俺にはある。

 ゆっくりと、しかし目を決して離さずに俺は紅色の騎士団長と対峙した。


「待たせたなキルミージ。お前らの基準は分からないが、首級としてはアンジェリーナより俺の方が高値がつくか?」

「んんんー?」


 こうして話している間に敵が何もせず待っているはずもない。坑道の壁と戦うので手一杯の騎士たちはともかく、その先頭に立つキルミージの手には大きな力が渦巻いている。

 この男にアンジェリーナたちの邪魔をさせてはいけない。


「ずいぶんと長話だったなマージ・シウ! その間に、見よ! 『冥冰術コキュートス』から『流河術エリダノス』までの七つに、さらに新規習得した五つを加えた十二重の術式が貴様を狙っている!」


「……お前のことをよく知っているわけじゃないが。紅麟騎士団長キルミージは、慎重かつ大胆に敵の裏をかき、密かに支配の手を広げてゆく人間だったはずだ。ずいぶんと派手好きになったな」


「はっ、何を言うかと思えば」


 キルミージは狡猾な男だった。それはドワーフの扱い方にも現れている。

 ドワーフたちに暗示をかけて反抗を禁じ、自分の意のままに操り、あるいは人間のように生活させて自分たちの社会に取り込む。敵の自由と尊厳を奪いながらじわじわと我が物とするやり方だ。新たな世代は人間に従って人間のように生きることに抵抗を覚えなくなってゆくだろう。


 時間も手間もかかる。それでも、二万を超えるドワーフを軍事力で押さえつけるよりはよほど冴えたやり方だ。ここまで着実に実行してきたキルミージの手腕は認めざるを得ない。


「それが今や、力技の魔術で敵を吹き飛ばすようなことをしているわけだ。相当な心変わりだな」


「必要に応じただけのこと! 今やこのスキルが与える圧倒的な知識、圧倒的な頭脳、圧倒的な力は私の、私だけのものだ! 陰でコソコソと這い回る役目は貴様にくれてやる! はは、ははははは!!」


 キルミージの術式が光を放つ。発動間近の今なら、妨害することもあるいは可能だろう。だが強力な神代の術に割り込めば力がどこに向かうか分からない。

 消滅させられれば最善だが……。


「コエさん」


「申し訳ありません。やはりスキルを貸し出したことを認識できません」


「取り立ての処理が行えない、と」


「はい、マスター」


 俺の確認に、コエさんは悔しげに答えてくれた。【技巧貸与スキル・レンダー】にまつわる暗示だけあって彼女にもいくらかの影響があったのだろう。


「コエさんのせいじゃない。奴だって、取り立てられないと分かっていたから種を明かしたんだろうしね」


 スキルを回収して終わりにできれば簡単だったが、今はいわば借用書なしで金を貸してしまったような状態。期限だって無期限になっているだろう。


 つまりは『神銀の剣』のアルトラたちと同じだ。


 無期限で貸したスキルの回収には、借りた側の『返す』という意思表示が要る。キルミージ側に返す意思がない限りは回収できない。ならば方法はひとつ。


「奴が返済する気になるまで相手をする、か。分かりやすくて結構だ。【斥候の直感】【神眼駆動】、起動。術式の動きを仔細に把握する」


 マナの流れを確実に捉える。どうやら向こうの術式も整ったようだ。


「連なり実れ。加重、加重、加重、加重! 発動、十二重神術ドディカテオス! さあさあさあ、どう凌ぐどう逃れる!? 見えたところで五体満足でいられるとでも思うか!」


「五体満足?」


 そんなもの初めから捨てている。迫る術式に、俺は右手をかざした。


「【金剛結界】【熾天使の恩恵】、起動」


「……は? 防御に回復?」


 防御のスキル【金剛結界】をもってしてもこれほどの力は防ぎきれない。下手に逸らせば坑道ごと吹き飛ぶ。選択肢はひとつだ。


「力を全て、俺の身体を壊すのに使わせればいい」


 結界に守られた腕が先端からガリガリと削れ、そのそばから再生されてゆく。次第に押し込まれてくるが決して早くはない。光の向こうにいるキルミージが苦々しく、半ば恐れるような表情で唇を噛むのがちらと見えた。


「マージ・シウ、貴様、正気か……!? 痛みを消せるような術式ではないはずだ!」


「痛いさ。痛くないわけがない。それでも、これは俺の責任だ」


 痛みで意識を失うことだけは【気絶耐性】系統のスキルで阻止している。それだけに痛みの全てを知覚することになるが構わない。

 俺がスキルを掠め取られなければ、アンジェリーナもアズラもドワーフたちもここまで傷つくことはなかったはずなのだから。必要とあらば痛みくらい受け入れるのが筋だろう。


 第八波、九波、十波、十一波。


「……十二波。終わりか?」


「ぐっ!」


 あの術式は十二の術を重ね合わせて複雑極まる力の塊とし、それを十二回に分けて撃つ。おそらくは一度に放出できる出力の限界があるのだろう。それを凌ぎきって、肘まで削れた右手をそのまま前へと向けた。


「【阿修羅の六腕】、起動」


「は、阻みしりぞけよ! 『巨壁術ヘカトンケイル』!」


 醜い巨人を象った障壁が、神の六腕を全て受け止めた。硬い。硬いが、それだけだ。構わず殴り続けるうちにキルミージは一歩また一歩と後退してゆく。


「貴様、勝ち目もないくせに往生際の悪い……ッ!」


「俺に勝ち目がないか。根拠は?」


 俺の問いに、キルミージは不敵に笑う。


「私が貴様から奪ったのは、貴様が持つ中でも最強のスキルだ! 貴様自身がそう評した! それが私の手の中にある限り、私の勝利が揺らぐことはない!」


「なら、どうする」


「決まっている! 【神代の唄】、起動! 追加習得、『穿射術アタランテー』『孕岩術レ・ア』『光明術ボイペー』、そうだ、痛みをより増すための『毒悶術ヒュドレス』……。それに、ああ、ああ、これだ、『真・海嘯術フォーセイドン』!」


 スキル【神代の唄】は神の時代にまで遡ってあらゆる魔術を識ることができる。その数はあまりに膨大、少なくとも、人間が名前をつけている数字の枠などには収まるまい。

 キルミージは防御の術式を展開しながらも、新たな術を次々に習得しては手の内に重ねてゆく。


「二十四重……四十八重……!」


「十二じゃ俺の右腕も削りきれなかったが、そんなものでいいのか」


「強がりも過ぎれば哀れよな! まだまだ、まだまだだ……!」


 不可視の豪腕で殴りながら、俺はキルミージの周囲を渦巻くマナの流れをじっと観察し続ける。半透明な障壁の向こうのキルミージは誰にともなく語り続けている。


 そろそろか・・・・・


「まだ、まだ足りない! 誰よりも『努力』したこのキルミージにこそふさわしい力はもっと、もっと……! 清潔で、高潔で、潔白で紳士的で何より理知的であらんとする、この私の道を阻む愚物を全て、全て、全て打ち払………………………………け、こ………………………………………………」


「キルミージ?」


「コケコッ」


 キルミージから漏れ出た声は、鶏に似ていた。

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