102.再会 - 2

「あ……」


 アンジェリーナにとっては、あまりにも聞き覚えのある声だった。


『ああ、いけないいけない。錬金術師の悪い癖が出た。ついついこういう話が先に出ちゃうよね』


「パパ……?」


『そうそう、愛しのパパだよー』


「……肉体変換は不可逆で、もう人間の姿には戻れない」


『よく勉強してるね。そう、だから最終手段のつもりだったけれど結果はこの通りさ。無理のしすぎで命も長くないもんで、思い切って借金しちゃった』


「それで、【技巧貸与スキル・レンダー】さんにスキルを……」


『利息はトイチだってさ。暴利だよねぇ。でもおかげでこうしてまた会えた。……大きくなったね、ジェリ』


 アンジェリーナの左手が鎖を握りしめる。鎖から先端の錘へと水滴が伝い、坑道の地面に吸い込まれた。


「がんばった、がんばったよ……!」


『ああ、分かる。どれほど学んだのか、どれほど研鑽したのか、君の手から全て感じ取れる。本当にがんばったね』


「また、会えた……!」


『うん、会えた。長く一人にしてごめんね、ジェリ』


 チリリと鳴るだけの鎖が父親という異常事態にあって、アンジェリーナの理解はしっかりと追いついている。それが錬金術師の家系ということ。だが錬金術師らしからぬ家族の姿もまた、そこにあった。


 ただ、感動の再会などと呼ぶには少々やかましさが過ぎる。騒音の筆頭は竜の頭を指差してがなり立てる紅鎧の男。紅麟騎士団長、キルミージ。


「どういうことだ! どういうことだ!? 竜の頭だけがダンジョンから……それに、お前までがなぜ中から出てくる!?」


 そんな彼の前、竜の頭を背にするように、ダンジョンの入口から出てきた人影が立った。


「説明は不要だ、キルミージ。お前はもう何一つ知る必要はない」


「吠えてくれるな、マージ・シウ!!」


 狼人族の王、【技巧貸与スキル・レンダー】の保有者。

 マージ・シウがそこにいた。




    ◆◆◆




 ロード・エメスメスの理解は早かった。【神刃/三明ノ剣】を貸してすぐに特性を理解し、最も自分に適した使い方を見出した。


『【神刃/三明ノ剣】、起動。『鎖』を再構築開始』


 スキル【神刃/三明ノ剣】はマナの刃を形成する。マナとは世界を循環する力であり、それを用いて様々なことを行うのがスキルや魔術である。


 マナの扱いを極めれば、自分の肉体をマナと融合して別の物質に再構成すらできる、らしい。知識としては知っていたが実際に目にしたのはロード・エメスメスの鎖が初めてだ。


『千と二四本のマナの刃を生成。半数を鎖へと変換し、僕自身と一体化。並列思考開始』


 朱い竜を縛り付ける鎖がその長さと数を増してゆく。輝きもまた先ほどまでとはまるで別物、周囲の黄金が霞むほどの煌めきを放っている。

 そんな光景を前に、コエさんは心配そうにつぶやく。


「マスター、しかしあれは」


「ああ、自分の身体と脳をツギハギして大きくするようなものだ。とてもまともな思考じゃ扱えないし、扱えたとして気が狂うに決まってる」


 だが、やっている。ロード・エメスメスだった鎖は竜をいっそうに縛り上げ、一度は自由の身になりかけたその身体を締め付ける。

 彼の残りの命は短い。もう人間に戻ることも生きることさえも捨てて、ただひとつの目的のためだけに無理を通している。やがて『将』の間を埋め尽くさんばかりに金鎖と白刃が舞った。


『同期完了。――刎ねろ』


 ロードの指示に五百十二の刃が駆ける。竜へと殺到し、堅固な鱗も頚椎もものともせず首を刈り取った。首は床へ落ちる前に鎖に絡め取られて入口へと運ばれてゆく。


「竜の頭をどうするんだ?」


『パパからのお土産』


「……そうか、喜んでくれるといいな」


『半分冗談だよ。ダンジョンの外はどうやらのっぴきならない状況みたいだから、念のためにね。じゃあ入口へ向かおうか』


 そう語るロードの後を追うようにダンジョンを脱出した俺たちが見たのは、満身創痍のアンジェリーナにアズラ、そしてドワーフたち。持ち出された竜の頭が盾となって彼女らを魔術の嵐から守っている。


「キルミージが……?」


 アンジェリーナたちを攻撃し、今なお魔術を撃ち続けているのがキルミージであることは明白だ。だが、それほどの力が奴にあったというのか。


「いいえ、マスター。あれだけのことができるのでしたら、騎士団のいち団長などには留まっていないはずです」


「ああ、そうだね」


 そのままキルミージと対峙してみて確信する。


「吠えてくれるな、マージ・シウ!!」


 以前の奴とどこかが違う。纏う雰囲気もまるで別物で、どうやら何か大きな力が奴の手に渡ったとみるほかない。

 思考を巡らす俺の背後からアンジェリーナの声が飛ぶ。


「要注意です! 奴は、【技巧貸与スキル・レンダー】さんのスキルを使ってます!」


 アンジェリーナの説明は端的だった。俺が暗示でスキルを奪われたこと、アズラと協力して耐えたこと、シズクを先に脱出させたこと。俺がキルミージと牽制しあう間に説明を済ませたアンジェリーナは、アズラの手を握りながら俯く。

 小さな手の主の顔は、見るに堪えないほどに抉り取られていたが。


「アズラの治療は、すまないが後だ。今すぐ治しても暗示で何をさせられるか分からない」


「……アズラちゃんを任せると言われて、だけどこんな方法でしか、ジェリには守れなくて。でも、おかげでパパと、あの」


「アンジェリーナ」


 自分のこととなると急に口ごもり出したアンジェリーナ。

 それを遮って名前を呼ぶと、アンジェリーナはビクリと身体を震わせて顔を上げた。


「アンジェリーナがなぜ俺に接近したかはコエさんに聞いた。俺が聞き出した」


「……やっぱり、ダメですよね」


「いいや、それでいい」


 俺は人から好かれるような人間じゃない。かつてはお荷物と呼ばれ、今では悪の親玉だ。

 そんな俺を、アンジェリーナは両親にもう一度会いたいがために利用しようと近づいたという。


「それでいい。アンジェリーナは何も間違ったことはしていない」


「でも、ジェリは」


「いいんだ。あとは任せろ。ロードの命は、残り少ないそうだから」


 状況は分かった。

 俺がアズラの救出を焦ったがゆえの現状だ。アンジェリーナが待ち望んだ再会を誰にも邪魔させない責任が、俺にはある。

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