101.再会

「仲間の目も耳も平気で潰すなど、どこまでも、どこまでも人の道を外れた連中め……!」


「騎士団は正義なんですよね? ならジェリたちは悪でいいです。悪は悪らしいやり方で、自分の守りたいものを守ります」


 壁越しに言い切るアンジェリーナ。その意思に応えるように、白磁の盾はさらに硬さを増す。

 しかし、とキルミージは唾を吐きながら吠える。


「所詮は小娘の寄せ集め! 神代の力に及ぶものか!」


 手を前へ。撃ち終わったばかりの魔術を再び呼び戻す。


「【無尽の魔泉】がある限り魔力消費は無いのだ! 盾があるなら破れるまで撃つのみよ! 『冥冰術コキュートス』から『流河術エリダノス』までいくらでもくれてやろう!」


「ぐ、早さ重視だからってこんな雑な重ね方を……!」


 アンジェリーナの言う通り先のものよりも雑多で荒々しい力の乱流。マナの暴風が再びアンジェリーナたちを襲い、身を守る盾をガリガリと削り取ってゆく。盾を維持するアンジェリーナの手に汗が滲んだからだろうか。アズラがアンジェリーナの焦りを抑えるように手を握り返した。


「ジェリ様。マージ様は、来られるのですね……?」


「来ます! いえ、来なくても! ジェリは『任せる』って言われました!」


 だから、負けない。負けるわけにはいかない。

 いつにない声で叫ぶアンジェリーナの言葉は、術式の轟音に呑まれかき消されてゆく。


 アンジェリーナとキルミージの攻防の裏で、騎士たちも黙って岩壁に呑み込まれているわけではない。隊列を維持しながら次第に壁の動きに対応し始めている。今や壁が騎士団を飲み込むよりも、術式に盾が削られる速度が上だ。

 それを目視で確かめてキルミージは勢いづく。


「どうした!? どうしたどうしたどうした!?」


「ぐっ……!」


 盾の大きさは残り三割といったところ。これ以上は背後を守りきれない域に入りつつある。反撃の手などあるはずもなく、アンジェリーナとアズラの姿は徐々にさらけ出されてゆく。

 マナの嵐の中、キルミージはただただ勝ち誇る。


「ここまでよな錬金術師! 分かるか、塔に籠もり知恵者を気取るだけの貴様らと、天下を往来し真に理知を得た私との、これが差なのだ!!」


「何か、ずいぶん勝手なこと言ってるですかね……!」


 アンジェリーナの絞り出すような声を、しかしキルミージは嗤うのみ。


「何を語ろうが詭弁! 全ては努力の差よ! 美しく清潔、紳士的で高潔、理知的にして潔白! それこそが正しきヒトの姿であり、そこに向かって努力を続けた者こそが、すなわち私こそが! 勝者となって然るべきなのだ! ははははは!!」


「こんな奴に……! ジェリは、ジェリだって、任されたことくらいやれるんです! やれないと、【技巧貸与スキル・レンダー】さんに認めてもらわないと! もう、会えな――」


 アズラの手を握りしめる力が強まる。【命使奉鉱メイシホウコウ】の力がいっそうに強まるが、それすらもマナの激流が押し流してゆく。


 盾はあと二割。背後のドワーフたちが苦痛を堪える声がする。


 あと一割。アンジェリーナのローブも半分が灰に変わり、髪留めが風化したように切れ落ちた。編んでいた赤髪が風に舞いながら少しずつ灰に変わってゆく。

 その手を握るアズラは潰れた目と耳で、しかし何かを感じ取ったように土と鉱石への呼びかけを中断してアンジェリーナへささやく。


「ジェリ様」


「……アズラちゃん、よく聞いてください! 今から球体ゴーレムを作ってアズラちゃんを収めます! 一人しか入れませんが中の空気は半日もちますから、岩壁を操って地中を逃げてください! 他のドワーフさんのことはジェリに任せて【技巧貸与スキル・レンダー】さんとの合流を最優先に!」


「ジェリ様」


「分かってます、何人が生き残れるか責任なんて持てません。ジェリの不出来を恨んでもいいです。でも、ジェリはアズラちゃんのことを任されたんです! アズラちゃんだけはなんとしても生きてください!」


 自分自身も、どんな恥辱を受けようが絶対に命だけはつないでみせる。何を差し出すことになろうが構うものかと、崩れゆく盾を前にアンジェリーナは唇を噛む。その手を引くドワーフの姫は、あくまで穏やかしとやかに。


「ジェリ様」


 いくら見えず聞こえずでも、痛みを感じずとも、これほど濃密な術が肌を焼いていれば危機に気づかないはずもない。それでも静かに手を引いて、アズラは背後を指差した。

 それは一目見れば誰の目にも明らかな、しかし坑道の壁を意識していたアズラにしか気づけなかった変化。


「『紅奢ぐしゃの黄金郷』への入口が、開いております」


「……へ?」


「何かが、来まする」


 盾が割れる。

 それと同時、アンジェリーナが振り返った先に大きな口が開いた。黄金の川が流れ、灼熱の風が吹き荒ぶダンジョンの姿が顕になる。そこから飛び出したのは赤熱した金よりもなお赤く巨大な力の権化。


「竜、の頭だけ!? それに剣と鎖が……!」


 竜の鱗はいかなる金属よりも硬い。かつてマージが相対した蛇龍ヴリトラも『殺せずの龍』の名に恥じない頑強さを見せたという。

 そんな竜種の頭が、無数の鎖に運ばれてきてアンジェリーナの前に落下した。続いて飛来する白銀の刃。飛び交う刀剣が竜の頭を床に縫い付け、崩れた盾に代わって巨大な障壁をなす。


「ひっ!?」


 いきなり眼前に現れた竜の顔にキルミージは狼狽し術式を放つ、が、全力の斉射も竜鱗をわずか削ったのみ。さらに強固な竜の頭蓋を破壊するには至らず、そのまま散逸して消えていった。


 突然の出来事にアンジェリーナも理解が追いつかず竜の頭をじっと見上げる。数拍の後、そこに絡みつく黄金の輝きで事態を察した。


「金の鎖……。まさか、そんな」


 泥まみれの手で黄金の鎖の一本に触れる。指先から伝わった魔力が、目を持たない鎖に彼女が彼女であることを認証させた。とたんに上機嫌な声が一方的にまくし立ててくる。


『やあやあ、すごいねこれは。剣のスキルに並列思考なんてどういうことかと思ったもんだけど、使ってみたら便利なことこの上ない。五百十二の自律思考体、この場合は剣が術式の処理を補助してくれるおかげで今の余力でもこれだけ鎖を増やせたよ。あとは剣らしくドラゴンこいつの首を切り落としてここまでひとっ飛びさ。竜の頭なんて本腰入れて研究したら一代終わってしまうかな、ハハハ』


「あ……」


 アンジェリーナの探し求めた声が、そこにあった。

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