100.悪

「『土や鉱石と語らい、命を下す』

それがアズラちゃんのエンデミックスキル【命使奉鉱メイシホウコウ】です」


「鉱石との会話……だからあれほど多様なことができると供述を……」


 ゴーレムの壁は削れて小さくなりながらも、まだ通路の半分を覆う大きさを保ちながらアンジェリーナたちを守っている。

 その強度を生み出しているのが暗示の中にいるアズラである。壁越しのアンジェリーナにそう告げられたキルミージは、しかし大きくかぶりを振った。


「だ、だがそんなはずはない! アズラが暗示で止まらない理由にはなっていない! 私のスキルが破られる理由がない!」


「あれ、そっちの理由も分からないですか?」


 こうする間にも坑道はうごめく。

 部下が一人、また一人と呑み込まれていく焦りからか。キルミージから次第に冷静さが失われてゆく。汗を流し、前髪を額に張り付かせながら唾を飛ばす。


「私と向き合った時点で、視覚か聴覚か、何かしらの形で『私』を認識する! そうなれば勝手に私に注目し、その言葉に耳を傾けるはず……!」


「でしょうね。そういう暗示をかけてあるはずだと思いました。自分から聞こう、見ようとするんじゃ目隠しも耳栓も万全じゃありません」


「だから! こうして壁も虫食いだらけの今、私の声が届かないはずがない! 私の姿を見ようとしないはずがない!」


「本当にそう思うです? だいぶ砂が舞っていますが、よく見るといいです」


「何が言いたい? 耳栓と目隠しでどうにかなる生温いスキルではない! そら、アズラは確かに私を、見、て……?」


 壁の向こうにいた時は、当然にキルミージからは見えなかった。

 壁が壊れだしてからは、猛烈な術の嵐と舞い上がる砂でよく見えなかった。


 キルミージはアズラの姿に気づいてはいたが仔細を見られていない。今初めて、キルミージはアズラの姿をしっかりと捉えた。


「バカな!? お前、それは!」


「女性の顔を見て驚くなんて失礼です」


「驚くのが失礼だなどと、どの口が言う!」


 キルミージの視線の先には、淡々と言葉を発し続けるアズラの姿。その顔はキルミージの知るものではすでになかった。


 目も、耳も、削り取られていたから。


「喰らえよ、喰らえよ、喰らえよ。守られよ、守られよ、守られよ」


「目と耳を潰して、決まった文句だけを繰り返しているだと……!?」


 見えるから暗示にかかる。

 聞こえるから操られる。

 目が、耳が自分をつまづかせる。ならば潰して捨ててしまえ。


「アズラちゃんの望みで、シズクちゃんが目と耳を削ったです」


「な、何かのまやかしだ! その小娘が、それほどの重傷を負ったまま冷静にスキルを使えるわけがない!」


「『宣言する』」


「……ッ!」


 それはキルミージ自身が設定した『後付けで命令するための文句』。

 今ここでアンジェリーナがそれを口にする。そのことの意味を理解して、キルミージはギリギリと奥歯を鳴らした。


「今のアズラちゃんは痛みも恐怖も感じません。暗闇と無音の中でただただスキルを使い続ける、そういう暗示を耳を削る前にかけてあります。【技巧貸与スキル・レンダー】さんの治癒スキルで治すまではずっとこのままです」


「だ、だが、それでは連携も何もあるまい! それにマージ・シウと合流できなければ……!」


「手の握り方でもなんでも合図はできます。それと、【技巧貸与スキル・レンダー】さんはここに来ます。ジェリの計算がそう言っているんです。あの人はジェリの知る誰よりも賢くて強いので、来る可能性は限りなく高い」


「貴様らどこまで外道か……! そんな見積もりで仲間の耳目を削るなど、豚にも劣る畜生めが! 壁の後ろに隠れていないで出てこい!!」


 キルミージの罵倒に、アンジェリーナは壁の真後ろ、キルミージからは決して姿の見えない位置から淡々と返す。


「ジェリを暗示にかけようと挑発したって無駄ですよ。お前が【偽薬師の金匙】を使うには、お互いが見えてないといけない。もう分かっています」


「な……!」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんからスキルを盗んだ話を聞いて気づきました。キルミージ、お前はお互いがお互いを見えてないと暗示をかけられない」


 キルミージは尾行していたマージに姿を現させ、暗示をかけてスキルを得た。

 だが、向き合えばよいならそんな手間をかける意味がない、とアンジェリーナは静かに指摘する。


「廊下でクルッと振り返ってスキル発動。尾行してたらそれでおしまいです。お前の声が届くだけ・・でいいのなら、それでよかった。これも【技巧貸与スキル・レンダー】さんが教えてくれたことです」


「ぐっ……!」


「そうしてスキルを奪い、クビを切られて死ぬように命じて去ったんでしょう。あいにくと【技巧貸与スキル・レンダー】さんは頸が飛んだくらいじゃ死なないですが」


「どこまでも、どこまでも人の道を外れた連中め……!」


 それでいい。

 壁越しの返答はごく単純。


「騎士団は正義なんですよね? だったらジェリたちは悪でいいです。悪は悪らしいやり方で、自分の守りたいものを守ります。ジェリにだって絶対負けたくない理由があるんです」

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