99.【命使奉鉱<メイシホウコウ>】

「シズク様。人の身を削ったことは、ありますか?」


「お嬢!? どうされるつもりですか!」


「チュナル、おだまり。時間がありません」


「……削ったことはあるよ。ある。マージが治した」


「それは重畳」


「二人ともちょっとほんとヤバめです。壁の向こうのマナがえげつないことになってます。完全に過剰供給です」


 キルミージは坑道どころかヴィタ・タマごと吹っ飛ばす気かとアンジェリーナは舌を打つ。

 少ない残り時間で最後の打ち合わせを終え、アズラは静かにまぶたを閉じた。


「では、参りましょう」


「シズクちゃん! みっつ数えたらいきます!」


「ああ、失敗したら好きなだけ恨め! 父祖の霊魂よ、どうかこの一度だけお頼み申す!」


 地殻を循環するマナにとって、地中のダンジョンは障害物だ。

 だからダンジョン内の石にはマナが吹き溜まることがある。長い時間をかけて多量のマナが蓄積すると、ただの石であればぼんやりと光る『夜光石』に。宝石であれば色が変わって『妃石』になる。


 狼人族の王位の証でもあるペンダントはその『妃石』だ。狼たちの土地でマナを吸い続けた黄金色の宝玉を握りしめ、シズクは全身に力を巡らす。同時にアンジェリーナが叫んだ。


「いちにの、さん!」


「【装纏牙狼ソウテンガロウ】、起動!」


【マナ活性度:10】


 光の爪を一度振るい、壁の右隅にできた隙間からシズクが飛び出す。騎士たちは追う必要もないとばかりに隊列を保ったままだ。黄金の光に包まれたシズクは一直線に駆け抜け、たちまち坑道の奥へと消えていった。

 キルミージは壁越しのアンジェリーナに鼻で笑うように語りかける。


「あの亜人に助けでも呼びに行かせましたか。無駄ですよ」


「へえ、ジェリはそうは思わないです。なぜ無駄と思うです?」


「あれは報告にあったエンデミックスキル【装纏牙狼ソウテンガロウ】でしょう? どんな手品を使って発動したのか知りませんが、どうせ長くは保ちますまい。街に出たところで警らの騎士に捕らわれて終わりです。そもそも助けを求められる相手などいないでしょう?」


「丁寧なご説明ありがとうございます。おかげで『もうひとつのエンデミックスキル』が間に合いました。アズラちゃん!」


 アンジェリーナがアズラの手を握る。それに応えるように、スゥ、とアズラは息を吸い込んだ。


「――火とあらがねとに奉る。汝が眷属に力をば貸し候え」


「ほう……?」


「エンデミックスキル【命使奉鉱メイシホウコウ】、起動しまして」


 ずるり、と。

 それは大きなうねりとして来た。アズラの声が反響する中、騎士たちが周囲の変化に浮足立つ。


 壁が動いている・・・・・・・


「聞こえまするか石よかねよ。我らに仇なす者あらば、ことごとくを呑み、喰らいて、肚に封じ候え」


「壁、いや床も天井も軟らかくなった……!」


「これはもしや蠕動ぜんどう? このドワーフ、我らを取り込む気か!?」


 蠕動ぜんどう

 胃や腸が行うぐねぐねとした運動のことだ。口から入った食物はこの動きによって身体の奥へ奥へと送られてゆき、やがて消化される。

 坑道が起こしているそれは、細長い構造も相まって腸の蠕動そのものだった。


「ふん、坑道を操るスキルですか。ドワーフらしいといえばドワーフらしい」


 その中にあって、キルミージは退屈そうにため息をつく。 


「エンデミックスキルについてはいくら聞いても要領を得なかったので、これでも警戒はしていたのですがね。蓋を開けてみればくだらない。あれができる、これができる、と雑多に言っていたのはなんだったのか」


 一度は乱れた隊列が整ってゆく。団長の落ち着きにあてられたか、あるいはダンジョン攻略に随伴するだけあって非常識には耐性があるのか。

 キルミージは呆れたように半球の向こうにいるアズラに語りかけた。


「アズラ、『即刻、スキル使用を中止せよ』」


 暗示による命令。だが蠕動は止まらない。


「む、ゴーレムの壁越しでは効き目が悪いようですね。ではあの壁を砕き、アズラに直接語りかけるまでです。ちょうど準備もできました」


「ッ、皆! 来ます!」


「連なり実れ。


冥冰術コキュートス

獄熱術プロメトゥス

嵐風術アイオロス

閃電術ユピテル

闇府術ハーデス

蝕樹術ペル・セフォネ

流河術エリダノス


 発動、七重神術セプテオス


 それは冷気でも熱気でも雷電でもない。あらゆる力がないまぜになったマナの嵐が、一直線にアンジェリーナの建てた半球の壁へと突き刺さった。

 ゴーレムだった白磁の盾と力の奔流とが真っ向から激突する。


「ぐっ、これは、重……!」


「おや、苦しそうですね。まだ序ノ口ですよ」


 二度、三度、四度。波状攻撃が白磁の壁を襲う。

 アンジェリーナが力を注ぎ込んだ半球はたちまちに砕けてゆく。端から蝕まれるようにガリガリと、耳障りな音を立てながらチリへと変わる。数秒のうちに半球はその半分を失い、後ろにいるアンジェリーナたちの姿があらわになった。

 その中にアズラを認めたキルミージは目に力を込める。


「【偽薬師の金匙】、起動。ドワーフの娘アズラは、そのスキルで以ってアンジェリーナと同胞のドワーフを殲滅する!」


 対面しての命令。

 止まらない。


「なんだと? せ、『宣言する』! ドワーフの娘アズラはクビが飛んで死ぬ!」


 止まらない。

 そればかりか壁の動きはますます激しくなってゆく。一度は整った隊列も、後列の騎士数名が岩壁に取り込まれて乱れだした。キルミージの顔に汗がにじむ。


「なぜだ! なぜ止まらない! それにおかしい、残りわずかなゴーレムの壁がどうして未だに破れない……!?」


 五度、六度、七度。

 アンジェリーナの盾はその半身を削られながら、しかし後ろの者たちを守り続けている。うろたえるキルミージにアンジェリーナは汗を拭いながらも語りかける。


「その理由、耳をすませば聞こえるんじゃないです?」


「なに?」


 言われるがまま耳に意識を向けるキルミージ。術式の余波が舞う中にあって、それでもかすかに聞こえたのはアズラの声。


「どうか砕けませぬよう。どうか我らの砦となりますよう。どうかどうか、眷属らをお守りくださいますよう。どうか、どうか、どうか」


「これは……?」


「アズラちゃんのエンデミックスキル【命使奉鉱メイシホウコウ】は、坑道を動かすだけのケチなスキルじゃないです。


『土や鉱石と会話し、命を下す』。


それがこのスキルの力です」


 岩壁に語りかければ、その通りに壁が動く。

 土に語りかければ、その通りに呑み込み、埋め立てる。

 鉄に語りかければ、その通りの形に変化する。


 ゴーレムも岩と泥の人形である以上、そこには確かな相乗効果がある。


「スキルはシナジーが大事だって【技巧貸与スキル・レンダー】さんも言ってたです。至言だと思います」


 アズラのスキルで強化された盾を支えながら、アンジェリーナはぐっとキルミージを睨みつけた。一瞬気圧されながら、しかしキルミージは後に退かない。


「鉱石との会話……だからあれほど多様なことができると供述を……。だ、だが暗示で止まらない理由にはなっていない! 私のスキルが破れる理由などどこにもない!!」

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