98.七重神術<セプテオス>

「『冥冰術コキュートス』」


 冷気を受け止めたゴーレムが、内側から崩れ落ちるように砕け散った。


「急冷で石を砕いた、ですか!?」


「さすがに理解がお早い。神代の魔術『冥冰術コキュートス』。さすがの威力といったところでしょうか」


 この魔術ならばアンジェリーナも知っている。アビーク公爵の率いる領主軍と戦った際、会談の場を作るために行使したのを目にした。

 神代の強力無比な氷魔術であり使い手などそうはいない。


「やっぱり、【技巧貸与スキル・レンダー】さんの……いえ、そんなはずがありません。きっとこれも暗示の幻です」


「やれやれ、現実を見られないのも不幸ですね。では、次です。吹き荒べ、『嵐風術アイオロス』」


「ッ! 皆、受け止めて!」


 猛烈な風で押し込まれる石の巨体を、壁と床から生やした腕で掴んで食い止める。ようやく弱まり出した風に乗ってくるのは凄絶なる熱気。


「冷気に風ときてお寒いでしょう。鋳溶かせ、『獄熱術プロメトゥス』」


「内部に気泡を残したゴーレムを生成! 断熱性能を高めて……うぐっ」


 石壁で抑えきれず、ローブを焼かれてアンジェリーナは一歩退いた。


「おや、粘りますね」


「これは暗示! 暗示の、はず……!」


「何度でも言いましょう。現実です。マージ=シウから聞いてないのですか? 私を尾行した彼が、地下で私と対峙したことを」


「それが、何だって言うですか」


「なぜ、私自らが・・・・対面した・・・・のだと思いますか」


「……まさか」


 暗示というのは、かけられた本人は気づかないものだ。そのことはマージがアズラを使って証明済みである。

 だが、マージ自身もその術中にあるとしたら。


「私のスキルは互いに向き合って使うものでして。どうしても一度は互いに姿を晒し合う必要があったのです」


「顔を合わせた時に【偽薬師の金匙】を……?」


「ええ、ええ。ご明察。彼もどこか焦っていたのでしょうね」


「アズラちゃんを早く助けないとっていう【技巧貸与スキル・レンダー】さんの心理を利用したですか……!」


「そうして暗示をかけ、『貸させた』のですよ」


『貸させた』。

 いわば、借用書なしで金を借り、その記憶すら消した状態。それでは借りた側が名乗り出ない限り譲渡と変わらない。


「マージ=シウに『手持ちでもっとも強力なスキルはどれか』と問い、答えた通りに借りました。スキルが減っていることに気づかないよう暗示をかけて、結果はこの通り。なるほど強力ですね」


「だから、【技巧貸与スキル・レンダー】さんがいても勝てる自信があったんですか……!」


「彼もツメが甘い。部下の顔を作り変えて捕虜と入れ替えられた時は面食らいましたが、私の勝ちはあの時点で決まっていたのです」


「……勝利宣言をするのは負けの始まりです」


「強がりも可愛らしい。では、勝利を証明しましょう」


 そこで言葉を切り、キルミージは再び右手を前へ翳す。アンジェリーナも手に力を込めた。


「【神代の唄】、起動。鳴り閃け、『閃電術ユピテル』」


「ゴーレムの金属含有量を増加、表面に偏在させて雷電の散逸を……うぐ……!」


 術に対応したゴーレムが次々に生成されては砕け散ってゆく。

 ゴーレムの隊列と魔術の境界は次第に後退し、すでに残るは五列ほど。


「アンジェリーナ嬢。それだけの力を得るには相当な努力をされたのでしょう。よければ騎士団に入りませんか? 努力と研鑽を好む方は大歓迎です」


「……ジェリ、別に努力は好きじゃないです。しなくていいならしたくないけど、しなくちゃ何もできないからやってるだけです」


「では結構。あまりいたぶるのも心が痛みますし、そろそろ終わらせましょう。

 凍抜け、『冥冰術コキュートス

 鋳溶かせ、『獄熱術プロメトゥス

 吹き荒べ、『嵐風術アイオロス

 鳴り閃け、『閃電術ユピテル

さらに【神代の唄】、起動。術式を習得。

 包みしなめ、『闇府術ハーデス

 吸い尽せ、『蝕樹術ペル・セフォネ

 濁り溢れよ、『流河術エリダノス』」


「術式を七つ……!!」


七重神術セプテオス、とでも呼びましょうか。さすがに少しばかり発動に時間がかかりますね。ほら、攻撃の好機チャンスですよ?」


 キルミージの挑発に対し、アンジェリーナが即座にとった行動は『さらなる防御』。


「全ゴーレム隊列解除! 一体化して形状変更、半球形!!」


「……ほう、攻撃の機会を捨てますか? せっかく防御術式を用意していたのに」


「そんなこったろうと思ったです!」


 白磁の半球が通路を完全に塞ぐ。攻防ともに可能な人型を捨て、専守防衛の構えを見せたアンジェリーナにキルミージはほくそ笑む。

 半球内部にはアンジェリーナにシズク、アズラ、そして数人のドワーフ。壁越しにも感じる猛烈なマナの流れに、アンジェリーナの額を汗が伝って落ちた。大きく息をして、アンジェリーナは後ろを見ずに口を開く。


「壁は固めましたが七重神術セプテオスをしのぎきれはしないでしょう。だからシズクちゃん」


「ああ」


「確認です。『妃石』のペンダントは持ってきてますね。狼の隠れ里のマナが封入された石です」


「ああ、ある。首に下げてる」


「じゃあ中のマナで【装纏牙狼ソウテンガロウ】を少しだけでも使える前提で進めます。あの土地でできたものだから理論上は可能です」


「分かった。何をすればいい」


「奴はジェリたちが立てこもったと思っています。これから壁に隙間を作りますから、そこから一人で脱出してください。行き先はジェリの家です」


「……分かった」


「もう勝てないから一人だけでも逃がそう、なんて話じゃないです。一か八かですが一発逆転を狙います。まず……」


「あの」


 わずかな時間で算段を立てる二人を、アズラが遮った。


「お待ちくださいませ」


「アズラ、残念だけど君にできることは何も……」


「エンデミックスキルを、使わせていただきたく」


 地精のエンデミックスキル。土地のマナに根ざし、その力を借りることで発動する希少なスキル。狼人族においてはシズクの【装纏牙狼ソウテンガロウ】がそれにあたる。

 ドワーフ族にも存在は予想していただけにシズクもアンジェリーナもさほど驚きはせず、しかし首を横に振る。


「君はキルミージの暗示が解けていない。奴の一言で、いや、騎士の誰かが『宣言する』って言っただけで何をさせられるか分からないんじゃ危険すぎる」


「心得ております。そこで、シズク様」


「なんだ」


「人の身を削ったことは、ありますか?」

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