97.急冷
「我らは
大げさに名乗りを上げたキルミージ。
暗示を警戒して目と耳を塞ぐドワーフたちを背中にかばいながら、シズクは騎士団の出方をじっと窺っている。
「お前らのことはマージから聞いてる。賢い割には、アツアツのダンジョンに鉄の鎧で来るんだね。鉄板が火に当たったらどうなるか知ってる?」
「焼き肉ならこの前食べたです」
「焼き肉……」
アズラはドワーフの長としてシズクの横に立ってはいるものの、その足は小さく震えている。その姿がキルミージの目に止まった。
「おや、よく見ればアズラじゃありませんか。こんなところにいたんですねぇ。マージ=シウに焼き肉も与えてもらえたようでよかったよかった。好物ですよね」
「なんで、好物だって」
「言うまでもないでしょう。あなた自身から聞いたんです。好きなもの嫌いなもの、生い立ち、人間関係まで何もかも。記憶には残っていないでしょうけれどね」
「そんな、ことまで。なんのために」
「使いようはありますから。『油虫が焼肉に見える』『馬糞がソースに見える』と暗示をかけた『客』もいたと聞いています。しばらく腹痛と嘔吐で苦しんだそうですが、お加減はいかがですか?」
「……ッ!」
思わず口元を抑えたアズラに、キルミージはくすくすと笑いかけた。
「あなたは暗示にかかりやすくて助かります。今回も、しっかりと彼女らをここへ誘導してくれましたね。マージ=シウも近くにいるのですか?」
「誘導って、そんな、ち、違……」
「アズラ、耳を貸すな! 何が本当か分かったもんじゃない!」
「シズク様、違います、違うのです、うちは、そんな」
信じてと言いたくとも言えない、そんなアズラを後ろに押し込みながらシズクはキルミージだけをにらむ。
「ボクだってお前の言うことを信じてるわけじゃない。でも、マージはアンジェリーナに言った。『シズクとアズラを頼む』って。
「シズク様……」
「おやおや、仲良くなってしまって。豚には豚の友情があるのでしょうか」
後退したアズラを追うようにキルミージが一歩前に出ると同時、最前に立つアンジェリーナは手を地面に付いた。
「【
白磁の人形が次々に立ち上がり通路を塞いでゆく。狭い坑道を石の巨人が埋め尽くし、騎士の隊列と向かい合った。
「それ以上は近づかせません。ここならゴーレムの生成も楽々です。ジェリがスキルを発動できた以上、何百人来ようが通れると思わない方がいいです」
「ほうほう。ああ、君たちは下がりなさい」
キルミージの前で盾を構えた騎士たちは、しかしそのキルミージの命令で隊列へと戻った。キルミージ本人は何のこともないようにゴーレムへ近づき石の肌を撫でる。
ゴーレムが石柱の腕を振りかぶると、二歩下がってあっさりと拳を躱した。
「ふむ、これが情報にあったゴーレムですか。実物は初めてですが強そうですね」
「二〇九二代先の旦那様です! 気安く触らないでください!」
「旦那?」
「【
「アンジェリーナ、それは」
疑問を挟んだシズクをアンジェリーナが目で制する。
「【
そこでシズクも気づいて口をつぐむ。
マージが五分で戻る保証などない。だが「マージはダンジョンに呑み込まれて、出てくる気配もありません」などと敵に知らせて得はない。
ゴーレム越しににらみ合う中、キルミージがくすりと笑った。
「アンジェリーナ、でしたね。あなたは二つ勘違いをしています」
「いいえ、していません。ジェリは計算を間違えたことがありません」
「ひとつ目に、あなたは所詮は錬金術師。暗示の専門家と騙し合いをして勝てるわけがない。マージ=シウは、そうですね。いつ来られるかも分からない状況とみました」
「ッ!」
「そんな顔をしなくてもいいですよ。ふたつ目はより絶望的な勘違いですから」
相変わらず大仰に、キルミージは講義でもするように語る。
「どれだけ泥のお人形を敷き詰めようと、我らを止めることはかないません。いいえ、いいえ。たとえマージ=シウがここにいようとも、我らの勝利は揺るがないのです」
「……それこそ勘違いです。証明してみろです」
数十のゴーレムで通路を塞いだこの状況。やすやすとは突破させない自信をアンジェリーナは滲ませる。ましてあのマージすら敵でないなど笑止千万。
そんな赤髪の少女を、しかしキルミージは鼻で笑った。
「では、証明開始。ああ、先ほどそちらの
「何を……」
ゴーレムの群れに向かい、キルミージは右手を翳した。
「【神代の唄】、起動」
「かみ……!? それは【
「騙されるなアンジェリーナ! そういう暗示だ!」
いいえ、と。キルミージは短くそれを否定した。
「【詠唱破却】により即時発動。【無尽の魔泉】により魔力消費を無効化」
手に冷気が宿る。その圧倒的な存在感は暗示なのか現実なのか、確信を持てないアンジェリーナに向けて術は放たれた。
「
ビキリ、と。
冷気を受け止めたゴーレムから耳障りな音が響く。キルミージに近いものから順に、圧倒的な早さで
「で、【
追加のゴーレムを生み出して壁を増した、その直後。
前線に立っていたゴーレムたちが音を立てて粉々に砕け散った。衝撃による砕け方ではない。内部から亀裂の入ったような独特の割れ方に思い当たり、アンジェリーナは目を瞠る。
「急冷却による収縮で、石を砕いた……!?」
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