94.計算違い

『これは僕らの仕事だ。エメスメス家の宿命だ。アンジェリーナもそう、そのために生まれたんだ』


「アンジェリーナも?」


『そうだ。本当は僕らの代で終わらせたかったけれど、残念ながら結果は見て通り。ありったけのマナでドラゴンを押さえ込むのが精一杯の哀れな鎖さんだ。だからあの子に引き継いでもらわないといけない』


 勝手に話を進めてくるが、こちらは全く全体が見えていない。それを聞くまでは軽々に動くことなどできない。


「その前に、ここはいったい何なんだ。ただのダンジョンにしては奇妙な点が多すぎる」


『そうだね。あまり時間はないけれど、君には知る権利がある』


 そう前置きして、鎖はチリリ、と錐を鳴らした。


『ここは、「星の子宮」。その一角にしてドワーフ族の起源だよ』


「星の……?」


 星の子宮。初めて聞く言葉だ。

 言葉通りに捉えるのならば、何かが生まれる場所ということになる。この灼熱の黄金郷から漂うのは死の匂いばかりだが。


『だろうね。ごく一部の錬金術師だけに伝えられた特別なダンジョンだ。冒険者程度じゃ攻略できない、ね』


 冒険者には無理。

 元冒険者としてその言葉に引っかかるものはあったが、問いただすべきは今ではないと見て話を進める。


「……だから錬金術師が挑んだと?」


『備えたのさ。人の知恵は有限だ。一人が、一世代がいくら慌てたところで大事を為せはしない。だからエメスメス家は千年かけて備えた。それだけのことだよ』


 ま、ちょっと計算違いはあったけどね、と。

 そう、やたら軽薄に語りながら鎖がチリンチリンと鳴っている。


「計算違い?」


『ドワーフが、ここを掘り当ててしまった』


「……そういうことか」


『掘りすぎだよねぇ』


 ダンジョンのことをよく知らない者が、政府やギルドを非難する時の常套句がある。

 なぜD級やC級のうちにさっさと攻略してしまわないのか、と。A級やS級まで育ってしまうのは怠慢だからだ、と。

 たしかにダンジョンの発見が遅れるうちに成長してしまうことはある。だが無理を言ってはいけない。

 いくら地上の警戒を強めたところで、見つからないものは見つからないのだ。


「ダンジョンは地下で生まれるものだからな」


 地下で生まれたダンジョンが地上に向かって伸びてゆく。露出した時点でS級なら、それはもう防ぎようがない。

 そうなんだよねぇ、とため息でもつくように鎖が揺れる。


『エメスメス家にもダンジョンの正確な位置までは分からなくてね。いろいろ調べてはいたんだけど、気がついたらドワーフが掘り当てていた。本来ならもう少し準備の時間があるはずだったんだけども』


 そうして地上に現れる前のダンジョンが露出してしまい、予定を大幅に繰り上げることになった。それでもできる限りの準備をして挑み、しかし、ここで行き詰まった。

 ドワーフの鉱山がたまたまここの真上にあったばかりに。


「……偶然にしてはできすぎてないか?」


『起きてしまったのなら偶然ではなく必然なのさ。ドワーフに土を掘る力を、小さくも逞しい身体を、そしてエンデミックスキルを与えたのはこのダンジョンだ。惹かれるものがあったのかもね』


「それもよく分からない。ドワーフ族の起源っていうのは?」


『ああ、そこからか。いいかい、人間や亜人はもともとひとつの種だったんだ。

 それが各々、別の『星の子宮』から力を受けて変化した。鉱人ドワーフ族も森人エルフ族も巨人ギガント族もそうだ。原型が人間だったのか、それとも今は失われた別の人種だったのか、そこまでは分からないけどね』


「そんなことに気づいて備えた人間が、千年以上も前に……」


 遠大な話に思わず天井を、眠る竜を仰ぐ。


 上位のダンジョンの中では、ただの石が夜光石に、宝石ならば妃石になったりすることがある。それと同じようなことが人間に対して起きてしまうほどのダンジョン。

 それはどれほどの規模だというのだろう。


『分かってもらえたかい? これは君ら冒険者じゃお話にならないレベルの戦いなんだ。初対面で頼みごとをして悪いけれど、アンジェリーナを呼んできてくれたまえよ』


「……そういうことか」


『どうしたんだい?』


「いや、こっちの話だ。お前さんの娘は本当に優秀だよ」


 アンジェリーナが俺を求めた理由は『不可能を探すため』だった。

 学術的興味とは言っていたが、このダンジョン攻略に向けた準備の一貫だったと考えれば辻褄はあう。こんな不条理で過酷な環境で生き抜こうと思ったのなら無理もない。

 なんなら戦力として数えていたのかもしれない。


「里に居着いたのも役目のため、か」


「マスター、その」


「どうかした?」


「……いえ、なんでもありません」


『説明はこのくらいでいいかい?』


 言うべきことは言ったとみてか、ロード・エメスメスは急かすように黄金の鎖を鳴らしてきた。


『というわけで、どうか娘を呼んできてくれたまえよ。アンジェリーナは自慢の娘だ。きっと僕らがいなくなったあとも、独自に研究と探求を進めているはず。そこに僕らの力が加われば無双の錬金術師になるだろうさ』


「ああ、事情は分かった。アンジェリーナを連れてくることも構わない。入口を開放してもらえるか?」


『助かるよ。入口もすぐ開こう。自分が黄金になることで、このダンジョンの黄金と同期していてね。入口の開け閉めくらいはすぐに……ッ!?』


「どうした?」


『どこかに掴まれ! 今すぐ!』


 ロード・エメスメスが何かに身を固くしたのが分かった。やや遅れた警告の、その直後。

 猛烈な風が黄金の間へと吹き込んだ。ただの風ではない。

 サラマンドラを巻き込み、黄金を巻き込み、弾丸の雨のようにダンジョンの奥へと流れてゆく、さながらマナの濁流だった。

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