93.ロード・エメスメス
「竜と、鎖……」
広間中央にあるのは祭壇状の建築物。
赤い竜が、黄金の鎖に縛り付けられた姿で静かに眠っている。
「マスター、これは」
「戦いの跡、と見るのが妥当だろうね」
だが、見れば見るほど奇妙だ。
この竜が部屋の主なのは間違いあるまい。そこに何者かが侵入した。そして戦いを繰り広げた……のは分かる。
なぜ鎖で縛られているのか。ここまで拘束したのならなぜ倒さないのか。分からないことが多すぎる。
「ここで一体何があったのでしょう」
思案する俺たちの頭に、不意に声が響いた。
『誰だい……?』
「竜が、喋った……?」
「いや、音声じゃない」
頭に直接響くような男の声だ。【
そんな声が、祭壇の上から届いていた。
『ふむ、君たちは錬金術師じゃない。そうだね?』
「ああ、違う。お前は誰だ?」
『名乗るなら自分からが礼儀だね。僕はロード・エメスメス。つまり、エメスメス家という錬金術師の家系の当主だ』
エメスメス。
エメスメス家当主と言ったか。俺たちが拠点にしたあの屋敷の名と同じ。アンジェリーナの家名だ。
「俺はマージ。こっちはコエさんだ。……もしかして、アンジェリーナを知っているか? アンジェリーナ・エメスメス。錬金術師だ」
『おお、アンジェリーナ! 愛しの娘アンジェリーナ! その名をまた聞けるとは!』
やはりアンジェリーナの関係者だ。それも娘といった。
そこから導かれる事実に、コエさんは口元を手で覆う。
「アンジェリーナさんのお父様は、竜だったということでしょうか。マスター、竜から人が生まれることもあるのですね」
「……無いと思う」
コエさんは新たな知識を得て感動しているが、常識的に考えて無理だ。竜といえど魔物は魔物。人間とは生き物としての質が違いすぎる。
それに人と竜だと、こう、物理的にサイズ感が合わないだろう。
『竜と人間が交尾して子をなす。興味深いね。それが不可能かも検証したかったところだけど……そうじゃないんだ。僕はこっち、竜じゃなくてこっちだよ』
こっち、という言葉に意識を引きつけられる感覚がある。その通りに視線を動かした先には黄金の鎖。
その先端についた円錐が、意識の中心だった。
『やあ、鎖だよ』
「アンジェリーナさんは人と鎖の子、ということですか……?」
『愉快なお嬢さんだね。大丈夫、あれは僕が「人だった頃」の子だから』
「その姿は、錬金術で自分を変化させたのか」
『そういうこと。理解が早くて助かる。妻といっしょにこのドラゴンと戦ったんだけど、倒しきれなくてね。こうやって縛り付けるので精一杯だったんだ』
「戦ったのか、この大物と」
『いろいろあってね』
苦笑いするように金の鎖がチャリリと鳴る。
タハハ、とそんな苦境を笑えてしまう辺り、アンジェリーナの父親らしいといえばらしいのか。妻、つまり母親も一緒だという。
「奥さんはどこに?」
『もう一本の鎖が妻だよ。ただ、あれはもう意識が希薄でね。僕だって言葉を話すのもギリギリで、だから娘を呼び続けた』
「誰かに呼ばれている気がしたのはそういうことか」
『それで、アンジェリーナはどこだい? 大事な話がある』
「ここにはいない。ダンジョンの外で待っている」
『いやいや、そんなはずはないだろう。ダンジョン内に娘が入ってきたのを感知して、しっかり呼びかけたんだから』
「ダンジョン内に……?」
アンジェリーナはダンジョン入口に近づきはしたが、中に入ってはいない。そういえばフラフラと入っていった女ドワーフが何か言っていたような気がする。「呼ばれた、呼ばれる」と。
「……ロード・エメスメス。アンジェリーナを感知したっていうのはどうやって?」
『魔力の波長と、あとは身体の大きさや形だね』
「たぶん、近くにいた女ドワーフと間違えたな」
『ドワーフ?』
「ちょうどアンジェリーナのそばにいたのが、黄金につられてダンジョン内に踏み込んだんだ。それに話しかけてしまったんだと思う」
『……こんな時に言うべきことを、七代前のご先祖様が遺しているんだ』
「それは?」
『やっちまったぜ!』
「マスター、この方は本当にアンジェリーナのお父様と思われます。彼女も同じ言葉を伝承しておりましたので」
「そうなのか。……不運ではあったな」
アンジェリーナがそばにいたこと。
アンジェリーナは身長が低く、長身のドワーフ族とあまり変わらないこと。
それらが重なって間違えてしまったのだろう。
『よく考えたら、僕が知っているアンジェリーナはもう五年以上も前の姿だ。今は十八歳かな? きっとそちらのコエさんのような、すらりと背の高い美女になっているのだろうね』
「……まあ、自分で会って確かめてくれ」
教えないのも優しさだと思う。
アンジェリーナとの関係はよく分かった。だが、疑問は多い。まずはなぜアンジェリーナの両親が、こんな場所で鎖として竜を封印しているのかだ。
「それでロード・エメスメス。どうしてこんなところにいる? なぜ錬金術師がダンジョンの攻略を?」
この問いへの答えは、まったくの即答だった。
『人間全てを救うため』
「人間全てを救うため。……また大きく出たな」
『大げさじゃないよ。詳細は長いから省くけど、僕らエメスメス家はそのために錬金術を究めてきたんだ。千年以上もね』
「千年以上」
『これは僕らの仕事だ。エメスメス家の宿命だ。アンジェリーナもそう、そのために生まれたんだ』
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