92.竜と鎖
「【
黄金の弾丸雨がサラマンドラの群れの、その中央で炸裂した。
金の柔らかさゆえに貫きはしない。命中と同時に潰れ、広がり、破壊力を増しながら魔物を壁へと埋め込み圧殺してゆく。後に残った血痕は高温の金に焼かれるように消えていった。
「……?」
魔物はたしかに倒した。だが様子がおかしい。
壁にめりこんで死んだはずの魔物が動いている。
「マスター、あれは一体」
「いや、違う。魔物じゃない。壁そのものが動いてる」
道が自動生成される型のダンジョンかと身構えるが、動きは迎え入れるように穏やかで危険は感じない。やがてそれまで壁だった部分にひとつの口が開いた。
「通路……。罠、でしょうか」
それまで見えていた通路から左に逸れるように、もうひとつ黄金の道が現れた。罠にしてはあまりに露骨。むしろ呼ばれているようにすら見える道は奥へとまっすぐ続いている。
「呼ばれる、か」
ドワーフが同じようなことを言っていた。「呼ばれた、呼んでる」と。
それを聞いたせいかは分からない。ただ何か、魔物とも違う気配を感じる。特殊な『王』かとも思ったが……それにしては距離が近い。S級ダンジョンは四〇以上の階層を持つ。この規模のダンジョンであれば最深部など、五〇層六〇層、いや七〇層下でもおかしくないはずなのに。
まるですぐそこにいるかのように濃い気配が、結界ごしに肌を刺しながら漂っている。
じっと動かずにいた俺を案じてか、コエさんが肩に手を添えてきた。
「マスター、どうかされましたか?」
「先に進もう。中から脱出はできそうにない。外からもアンジェリーナがゴーレムや錬金術で壁を破ろうとはしたはずなのに、こっちには音すら聞こえないんじゃ望みは薄いだろう。ならここで待つより攻略を目指す方が確実だ」
「はい、マスター。それより火傷は大丈夫でしょうか。私を優先したばかりにご自身の保護が遅れたのでは……」
「もう治ったよ。ありがとう」
コエさんを伴い歩き出す。
幸い、【金剛結界】を張っている間であれば熱気をある程度まで防いでくれるらしい。それでもいつまでもつかの保障はない。一刻も早い攻略が必要だ。
「外のシズクたちが騎士団と鉢合わせしていないかも気になる。それに……ここには、何かあるかもしれない。あまりのんびりしない方がいい」
「何か、とは?」
「分からない。ただ異常なんだ」
周囲の気温は進むにつれてますます高まる。これだけの高温なのだ、ドワーフたちが最初にここを掘り当てた時、あるいは先ほど封印をこじ開けた時にとてつもない熱風が吹き出して周囲を焼き尽くしてもおかしくなかった。
だが外へ漏れ出たのはわずかな光だけ。熱気はまったく感じなかった。
「それは、奇妙なのですか」
「コエさん、パン窯を近くで見たことは?」
「ありませんが……?」
パン窯を開けた瞬間で例えようとして、早速つまづいた。なにせ狼の隠れ里では麦の栽培に失敗したことでパン焼きの設備も失われている。麦粉は麺作りに使っているが、そちらの技術再興も急務かもしれない。
「パンの窯を開ければ、とたんにものすごい熱気が吹き出す。そうなるのが当たり前なんだ」
「なんと」
「このダンジョンは『出さない』んだ。俺たちだけじゃない。中のものを外には決して逃さない、それも強大な力は絶対に封じ込める。そんな意図を感じる」
「意図、と言うことは何者かの意思があると?」
「その答えが奥にあるはずだ」
進むことしばし。時たま襲いくるサラマンドラを撃退しながら通路をゆく。
常に明るいために時間の感覚は希薄だが、二鐘(※約二時間)ほど過ぎたころだろうか。空気の流れが変わるのを感じて俺は足を止めた。
「ここは……。コエさんは俺の後、みっつ数えてから入って」
「はい、マスター」
狭かった視界が不意に開けた。天井が高く広々とした空間、ここまでとは趣が異なる部屋が存在していた。
「『王』の部屋……?」
上級ダンジョンの場合、最奥に待つ『王』までの道中を阻む『将』がいることが多い。このダンジョンであれば『将』がいて不思議はないだろう。それでも俺がここを『王』の部屋とみたのは、単純にその威容によるものだった。
広間の壁際には見たことのない魔物をかたどった黄金の像が立ち並び、その奥の壁に刻まれた意匠は……太陽を模したものだろうか。それらの合間を水路のように張り巡らされた黄金の川が、音もなく川面を波打たせて部屋中をいっそうにきらめかせている。
「それにしては扉も無いのは不自然だが」
「いえ、マスター。扉はあちらに」
「……シズクとアンジェリーナが壊したのかな」
扉はあった。コエさんの指差す先、部屋の右隅に門扉だったらしい残骸が転がっている。何者かに突き破られた後らしいと理解して、ようやく部屋の中央にあるものに合点がいった。あれは戦いの結果なのだ。
「竜に鎖。封印されている、ということでいいのかな」
広間中央にあるのは祭壇状の建築物。
真紅の竜が、黄金の鎖に縛り付けられた姿で静かに眠っている。
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