91.紅奢の黄金郷

「ようこそ、ドワーフ族のダンジョン『紅奢ぐしゃの黄金郷』へ」


 猛烈な熱気で呼吸すら困難な中、ドワーフたちはじっと黄金の川を見つめるばかり。無尽蔵に湧き出すがごとき純金の清流など誰が想像しただろう。この世全てと釣り合うばかりの財宝を前に、誰もが一時言葉を失った。


「す、少しだけ……」


「おい、待て! 光に寄るなハエかお前は!」


 ドワーフ勢のひとり、途中で加わった若い女ドワーフが思わずといった様子で前に出た。手にした鉄の柄杓をそっと黄金の川に差し入れ、制止の声を振り切って一杯すくい取る。


「あ、あら?」


「下がらねぇか! 輻射だけで焼け死ぬぞ!」


 いや、すくい取れていない。柄まで鉄でできた柄杓は川に浸かると同時にどろりと溶け落ち、スプーンほどまで短くなった柄だけが残されている。先端だった部分は形を失いながら赤熱する川の下流へとゆっくり流れていった。


「アンジェリーナ」


「鉄が即座に溶けるほどの高温。どんな火山よりも熱い金のマグマです。生身で踏み込もうもんなら、ジェリたちが今夜の焼き肉になります」


「踏み込んだらどうなる」


 俺も軽く入口をまたいでみるが、一歩踏んだだけで靴底が焦げる音がした。たとえ話でもなんでもなくパン窯の中にいる気分になる。


「無理です。ドワーフさんなら一日くらい動けるかもですが、人間じゃ半鐘(約三十分)で肺が焦げて死にます」


「……ドワーフたちが隠そうとした理由が分かったな」


 アンジェリーナが額に汗を伝わせながら頷いた。

 これを人間が、騎士団が発見したならどうなるかは想像に難くない。ドワーフたちに陶器の桶を持たせて送り込み、喉が焼けただれるまで金を汲み出させるだろう。


 そうして得た財宝で騎士団はさらに力を強めてゆく。騎士団が強大な権力を持つ国の出来上がりだ。


「国ごと燃え上がって焼き肉ですね」


「焼き肉は食うものであって住むところではないな。騎士団がいずれやってくるのならそこを叩く。キルミージが陣頭指揮をとるならそのまま……」


 指示を出す俺の背後で、不意にチュナルが叫んだ。


「待て!」


 先ほどのドワーフがフラフラと黄金の流れに引き寄せられていく。ドワーフは黄金好きと聞いた記憶もあるが、ここまでか。アンジェリーナも「いくらドワーフでも危険」と目で訴えている。


「【阿修羅の六腕】、起動」


 ダンジョンの入口近くから不可視の腕を伸ばし、ドワーフの首根っこをひっつかむ。危うく赤熱した金の川に飛び込むところだった。


「呼ばれた、呼んでる……ナ……?」


「どうした?」


「ッ! マスター!」


 掴まえたドワーフが何かつぶやくのが聞こえたと、そう思った直後だった。コエさんのひっ迫した声。咄嗟に振り返ると俺の背後で溶けた黄金が大きくせり上がっている。

 速い。


「マス……!」


「ッ、【金剛結界】起動!」


 ドワーフに勢いをつけて洞窟の外へと放り出す。

 同時、自分とコエさんに防御スキルを展開。ダンジョン側へ身を乗り出してきた彼女を防護して熱気を防ぎ、溶けた黄金を浴びながらもどうにか引き込んだが、そうしているうちに入口はリンゴほどの大きさしか残っていない。


 もう【空間跳躍】も間に合わない。何を伝える。誰に伝える。


「アンジェリーナ」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さん!?」


「シズクとアズラを頼む」


「ちょ、そん……」


 アンジェリーナの返事までは通すこと無く壁が閉じた。試しに【阿修羅の六腕】で叩いてみてもまるで手応えがない。


「防護を一時解除。【亜空断裂】、起動。……無理か」


 殴れば鉄よりも硬く、切れば水のように軟らかい。金の溶湯がそのまま形を持ったように出入り口を塞いでいるという奇妙な状況だ。こんな魔術やスキルは聞いたことがない。


「【金剛結界】の防護で熱気は防げているから、俺のスキルが弱体化しているってわけではなさそう、かな。コエさん、外からはどう見えた?」


「外からは一切の兆候は見られませんでした。マナの流れも全て内側からでしたので、騎士団の策などではなくダンジョンの機能かと」


「入口がいきなり脱出不能の罠。驚きだ」


『王』や『将』の部屋ならともかく、入口が罠になっているなど前代未聞。『魔の来たる深淵』ですら入口近くは駆け出し冒険者の訓練場になっていたというのに。

 この過酷すぎる環境といい目の前の集団といい、あきらかにダンジョンの常識を超えている。


「マスター」


「うん、下がって」


 ダンジョン内には魔物がいる。そこはこの黄金郷も例外でないらしい。

 早速というべきか、這い出してきたあの魔物は赤銅の大蜥蜴トカゲ、文献に記された名は確か『サラマンドラ』。赤熱した鱗が保護色になる環境などここくらいのものだろう。

 壁や天井すら関係なく張り付いてこちらに牙を剥いている。体長は人間の身の丈の五倍といったところで、こちらは既知のものより大きい。


 S級ダンジョンであっても下層域で出てくる階級の魔物だ。相応に硬い上に動きも俊敏かつ狡猾で、これを一匹一匹切り刻んでいたら時間がいくらあっても足りない。


「以前と同じように?」


「【剛徹甲グレート・ラム】には地面がちょっと柔らかい。【阿修羅の六腕】、再起動。金塊を握り砕く」


 川べりから金塊を拾い上げ、小片に砕きつつ六腕を振りかぶった。


「【潜影無為】【空間跳躍】、起動。転移先指定、敵集団中央」


 腕を振るう。


 数が多いなら弾を増やせばいい。俊敏に避けるなら見えない弾で前後左右から襲えばいい。


「【無影弾ブランダ・バス】」


 金の弾丸を投げると同時、向きも位置もバラバラに転移させた。花火のごとく四方八方に飛び散った破片がサラマンドラに降り注ぐ。ギュギッ、と不細工な弦楽器のような悲鳴が上がり、それもすぐ着弾音に打ち消された。


 金の柔らかさゆえに貫きはしない。命中と同時に潰れ、広がり、破壊力を増しながら魔物を壁へと埋め込み圧殺した。

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