90.黄金の穴
「確かめるまで断言はできないですが、おそらくダンジョンは本当です。それも特大のやつです」
「アンジェリーナがそう考える根拠は?」
「一個目に、そのキルミージさんだってバレバレすぎる暗示はかけないはずだからです」
コエさんが頭をぶつけて「はう」と声を上げた柱を、身長差で楽々とくぐりながらアンジェリーナは言葉を続ける。あとに続くシズクも屈みもせずにすり抜けた。
「ダンジョンが嘘だと暗示がバレるってこと?」
「アズラちゃんはダンジョンを見つけたから里を探しに出た。そこからごまかしてしまうと、もう何から何まで作り話です。辻褄合わせがとんでもないことになるです」
「じゃあ、二個目の根拠は?」
「カンです。ジェリのカンでジェリカンです」
「学者のカンほど恐ろしいものはない」
ものの道理を分かっていない人間のカンはただの願望か当てずっぽうだ。逆に言えば、世の理を知っている人間のカンはどこかで真理に通じている。やたら言い切った顔をしている天才錬金術師のカンであれば侮れない。
「こちらへー」
アズラに導かれ、坑道を進む。
坑道自体は古いもののようで見かけるドワーフは少数だ。人間は一人もいない。
そんなドワーフたちの態度は、どういうわけか好意的だった。薄暗い中を泥にまみれて進む覚悟はしていたが、道は照らされて泥や石は取り除かれている。
俺が狼人族の王と伝わっているにしては早すぎる。何か別に理由がありそうだと考えていたら、アズラが不意に足を止めた。
「ここです」
「……ただの行き止まりじゃないの?」
シズクがぺたぺたと壁に触れてつぶやいた通り、アズラに案内された先はただの岩壁だった。捨て置かれている資材から鉱脈が尽きて堀止められた箇所だと分かる。
コエさんとアンジェリーナも壁に触れてほぼ同じ反応を見せている。
「何かの偽装、でしょうか」
「無いですね。これ五歩先まで岩です」
「アンジェリーナのカンだとあるんじゃなかったの?」
「カンですし」
やはり暗示にかけられたアズラの見た幻だったのか、と誰もが思いかけた時。
背後に人の気配が増した。数人が駆け寄ってくる。
「お嬢!!」
「チュナル」
「遅れて申し訳ございません! よくぞご無事で!」
「マージ様、ご紹介を。付き人のチュナルです」
チュナル。その名前と顔には覚えがある。
地下で騎士団に『ドワーフ忠国隊』と名付けられ、俺にけしかけられたドワーフたち。その中にいた青年だ。切り落とされた右腕を治療するために戻った時は、特に何も言っていなかったが。
「あの時は、お互いそれどころではなかったので……」
「しかし付き人って、アズラちゃん何者です?」
「お嬢は始祖とも呼ばれるドワーフの直系で、言うなれば姫です」
「姫」
「ドワーフの」
「そんな大層なものではありませんで」
「……そういうことか」
アズラは俺の腰の刀を見て、ひと目で始祖が作ったものだと見抜いた。よくよく考えればおかしな話だ。苦境にあるドワーフ全員が百年以上昔の記録を共有して生きているなんて、そんなことがあるだろうか。もっと今を生きるために重要な情報がいくらでもあるだろうに。
だがそれも、始祖の子孫として継承されていたとすれば辻褄は合う。
「お嬢ならこちらから地下に来られるはずと考え、支度しておりました!」
「では、次にやることも分かりますね」
「ええ!」
「ではマージ様をお待たせしてはいけません」
ドワーフたちが一斉にツルハシを取り出した。
「掘ります!」
言うが早いかドワーフたちがツルハシを岩壁に突き立てた。まるでチーズでも削るようにガシガシと掘り進んでゆく。その迫力に圧倒されつつも、アンジェリーナは疑いの目を変えていない。
「いくら掘っても岩です。少なくとも五歩先まで岩なのは【泥土の嬰児】の力で分かるです」
「ドワーフにとって『壁』というのは厚さ十歩からでして」
「……です?」
「偽装のために七〇歩ぶん埋めました」
「七〇歩」
それは偽装ではなく封印というのではないか、そうシズクが指摘する間もなく。
穴の先から光が漏れ出した。
「抜けました!」
「……黄金色?」
シズクの【
「黄金、郷……」
ただただ輝きに満ちた空間が広がっていた。
同じ上級ダンジョンでも、『魔の来たる深淵』は暗く冷たい地下宮殿だった。『蒼のさいはて』は大自然の光景が広がる神秘の洞窟だった。
そのどちらともまるで違う。灼熱の炎と、それに鋳溶かされた黄金が川のように流れるこれは。
「ようこそ、ドワーフ族のダンジョン『
こんこんと湧き出す純金の清流など誰が想像しただろう。猛烈な熱気で呼吸すらままならぬ中、ドワーフたちはじっと黄金の川を見つめている。
この世の残り全てと釣り合うばかりの財宝を前に、誰もが一時言葉を失った。
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