88.【騎士団側】正しい努力-2
「ソドム隊長、ゴモラ隊長がお目覚めになったとのことなのですが……。『自分たちはソドムとゴモラではない』と二人揃って言っているのです」
「なんですって?」
「当人ではなく部下の名を名乗っているのですが、外見も声も明らかにソドム隊長とゴモラ隊長そのもので……」
「……マージ=シウが襲撃した日、地下から救出されたのは何名ですか」
「ソドム隊長とゴモラ隊長を含め、十二名です」
「私の記憶では、二人を合わせてあの場にいた騎士は十四名です。二名足りない」
よからぬものを感じ、キルミージは地下へ向かった。
地下三階の扉を開く。どこか熱の残る部屋にはドワーフの娘、アズラが変わらず縛り付けられていた。
全身に血混じりの液体をこびりつかせて脱力した様子の娘は、しかしキルミージを見るなり期待とも怯えともつかない目つきに変わった。それには構わずキルミージは右手をかざす。
「【偽薬師の金匙】、起動。ドワーフの娘アズラは、四日前の正午以降に見聞きしたことを偽りなく全て話さずにはいられない」
「……、……!」
「む?」
「……! ……、……!…………!!」
「元々口数の少ないドワーフではありましたが、これは」
口は動かしているが声が出ていない。暗示スキルを前に演技やごまかしが効かないのはキルミージが一番よく知っている。いよいよしてやられたことを予感しつつ、キルミージは外に待つ部下に声をかけた。
「喉を潰されているようです。誰か、書くものを持ってきてください」
ペンと板切れが鉄のベッドへ持ち込まれた。右手は爪を剥がされていたため左手の拘束が外され、改めて同じ質問がなされる。利き手ではないためかたどたどしく進まない。
それでも異常は明らかであった。
『キルミージ団長より侵入者の連絡あり。部下を率いて地下一階にて待ち構え、弩弓の一斉射により視認。次いで……』
「団長、これは!」
「アズラの記憶ではありません!」
板に書き出された文字を目で追いながら、キルミージは思わずギリリと歯を鳴らす。「やられた」という言葉を口に出しかけて呑み込んだ。
「……マージ=シウ。外道の極みめ」
行動記録を省略させる。マージとの会敵から一気に飛ばし、全ての結果として
『マージに身体を作り変えられた』
と記されていた。言葉で真実を伝えられぬよう、喉だけは潰された、とも。
「貴方はどちらですか。ソドム隊長かゴモラ隊長か」
『ゴモラ』
「ソドム隊長は?」
『分からない。気がついたら自分だけがここにいた』
板の記述に部下たちも浮足立つ。自分たちがとんだ勘違いをしていたという認識が広まってゆく。
「もしや、ドワーフに連れられて鉱山へ向かった方のマージ=シウが……!」
「そちらがソドム隊長だとするならば、報告にあった地上のマージ=シウが本物ということに!」
言われるまでもないと、キルミージは踵を返した。部屋を後にしながら手早く部下に指示を飛ばす。その目には怒りと、しかしいくらかの余裕が浮かんでいる。
「知恵比べのつもりか、狼人族の王【
と、背後でガタガタと音がしてキルミージは振り返った。ベッドに拘束されたままのゴモラが必死の形相で板に書き付けている。
『助けてください。ここから出してください』
「ゴモラ隊長、新たな任を命じます」
「……?」
「本物のアズラが確保される、あるいは死亡するまで、そこでアズラとして振る舞いなさい」
「……!?」
「努力が足りないから亜人の長ごときに遅れを取ったのです。向こう数日をアズラとして過ごし、自らの不徳を胸に刻む時間とします。ああ、心配はいりません。貴方の顔に変えられた騎士も元に戻る兆候が出始めたと言いますし、しばらく経てばあなたも元通りの姿に戻ることでしょう」
「……、……! ……ッ!!」
ゴモラが声なき声で何かを訴える中、脇で聞いていた騎士が生真面目に敬礼した。
「団長、『客』はいかがしましょうか!」
「呼ばなくては資金が不足します」
「……!!!」
「もとに戻るかアズラが連れ戻されるまでは職務のうちと心得るように。安心なさい、貴方の顔をした部下がいますから、顔見せ程度の職務であれば穴は空きません」
「……ッ! ッッ!? ……ッ!!」
鉄の扉がギイと軋みを上げて閉じられた。
閉まり際、マージ=シウへの呪詛が聞こえた気がして一度振り向いたキルミージだったが……。ゴモラがそんな高等なスキルなど持っておらず、そもそも声など出せないことを思い出し、そのまま立ち去った。
「七名を選出して地下を捜索させてください。ソドムが偽物なら、暗示で殺されないがゆえに情報を漏らしている可能性があります」
「承知しました!」
翌日、ソドムらしきものが坑道内で発見されたとの報告が入った。生命に別状はないが意識はなく、ドワーフに与えられているものと同じ食事を口からこぼしていたという。
マージと同じ顔だったと思わしき形跡があると、キルミージが受け取った報告書にはそう記載されていた。それを帳簿にしまい込み、キルミージは椅子に深く腰掛け息を漏らす。
珍しい様子に部下も戸惑っているのが見て取れた。
「団長、これからどのように……?」
「どうもしません。マージはこちらに楔を打ち込んだつもりでいるのでしょうが……。それはお互い様ということです」
「と、仰いますと?」
「奴もまだ気づいていないことがある、ということです。例えば……」
そこで言葉を切り、キルミージは空に目を向けた。彼を祝福するかのように青い空が広がっている。
「救い出したつもりでいる娘が、未だ私の暗示の中だということには考えが及ぶまい――!」
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