87.【騎士団側】正しい努力

「【熾天使の恩恵】はゼロから人間を一人作れる。なら、ボロボロの人間を治療がてら『加工』することも、あるいはできるんじゃないかと思ってね」


 騎士団は正義を名乗る組織だ。ならば敵対する俺たちは悪党で間違いあるまい。

 ならば相応の行動をとって然るべきだ。


「時間は稼げるだろう。今のうちにこちらも準備を進めるが……。ひとまず、今日はみんなも疲れたしな。アンジェリーナの厚意にあずかって休むとしよう」


「はい、マスター」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんは当主の部屋を使ってください。一番広いですしどうせ誰もいないので!」


 悪党ならば悪党らしく、道を外れたやり方をとらせてもらう。誰にともなくそう呟き、俺はアンジェリーナに案内を頼んだ。




    ◆◆◆




――騎士団屯所。


「マージ=シウが二人いる、と?」


「は、はい団長。屋敷を襲撃した者たちが、マージらしき男を見たと報告を」


「マージ=シウは娘の奪還に失敗し、ドワーフ忠国隊だった者たちと地下へ逃れたはずでは……?」


「そのはず、なのですが」


 キルミージは小さく眉間に皺を寄せる。

 彼が受けた報告によれば、マージは娘の奪還に失敗している。ソドムとゴモラを倒すも深手を負い、ドワーフたちの手を借りて地下鉱山へ逃れた、と。現場にいた騎士は全員が失神していたため状況からの推理ではあるが、地下でマージの姿を目撃した者が多数いるのだから間違いない。


「しかし、それとほぼ同時刻に地上でも目撃証言があるのです」


「情報をかく乱する作戦でしょう。ソドムとゴモラは?」


「まだ意識が戻りません。医師が『まるで別人のようだ』と言うほどの重傷で」


「ふむ、現場指揮官は不足中ですか」


「いかがしましょう」


 指示を待つ部下に、キルミージは端的に伝える。


「地下へ向かう準備に注力しなさい」


「地下、ですか? マージは瞬時に遠くへ跳ぶスキルを持っているとの情報があります。地上へ移動した後ということも……」


「ならば娘を連れずに逃げ帰るなどありえません。移動のスキルもそこまで万能ではないということです。

 例の娘……アズラはまだ地下にいる・・・・・・・のでしょう?」


「は、確認済みです。『客』も予約通りにとらせております」


「でしたら地上のマージが偽物です。我々の戦力を分散させ、地下に潜るのを遅らせるための偽装とみます。構わずに……む?」


 部下を手で制止し、キルミージは正面に目を向けた。歩いてくるのはやたらと恰幅の良い中年男。「『地下』の客です」という部下の耳打ちにキルミージは型どおりの挨拶を交わした。


 晴れ晴れとした顔の男はといえば、実に上機嫌といった様子で顔を扇いでいる。


「いやはや、なかなかのものですな。締まりが違う締まりが」


「お気に召されたなら何よりです」


「ただ静かすぎるのも考えようだ。涙は流すが声を上げんのでは張り合いがない」


「声すら? それは妙な……。いえ、ご意見に感謝致します」


「なんでも身体が小さすぎて誰も『使う』ことができなかったとか。もしも使えたなら、何がとは申さぬが短小と噂される、とあって客足が途絶えたそうですが」


「ええ」


「狭いのなら広げればよいのだ。ドワーフだろうと肉は肉よ、ははは」


「それはそれは」


「次はもう少し泣き叫ぶドワーフを頼むぞ、団長どの」


 キルミージの肩をポンポンと叩いて去る客の背中を見送り、キルミージは肩を布で拭った。階段を降りながら部下は悪態をついている。


「吐き気をもよおす金持ちではありませんか、キルミージ団長」


「この街の中央に居を構える有力者です。滅多なことを言うものではありません」


 あくまで冷静に言うキルミージだが、若い部下は「しかし」と食い下がる。地下の客とはつまり捕虜を『使う』者たち。そんな人間への軽蔑が表情に現れている。


「ドワーフとなど……! ヒトが豚と交わるようなものではありませんか! あまりに、あまりに道を外れています!」


「豚かどうかは本人次第です。よいですか、人と獣を分けるのは『正しい努力』ができるか否か。己をより知的に、より文化的に、より高尚に研鑽することが人を人たらしめるのです。

 それができるのならばドワーフであろうと『ヒト』と呼ぶべきでしょう」


「そのようなドワーフがいるのですか?」


「今のところはいません」


 だから先例として、正しい努力をできるよう暗示したドワーフを街に住まわせている。そう説明するが部下は釈然としない顔をしている。


「豚に人間の真似をさせたところで、豚は豚です」


「君もいずれ分かります。アズラについては、必要な情報は【偽薬師の金匙】にて全て取り出し済み。あとは資金源として休ませず利用しなさい」


「承知しました。豚をその、処理のために飼うことを禁じる法はないわけですしね。理解には苦しみますが」


 客のことなどすぐに忘れ、キルミージは地下へと向かう段取りを進める。それから五日ほどして、キルミージの元にまた報告が入った。


「ソドム隊長、ゴモラ隊長が会話できるまで回復したとのことです!」


「それは何より。証言の調書は?」


「それが、何やら錯乱しておりまして」


「説明を」


「『自分たちはソドムとゴモラではない』と二人揃って言っているようなのです」

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