85.二万三千

「焼き肉……」


 食べている。もりもりと食べている。

 ドワーフの少女アズラの小さな体には収まるはずのない量の肉が、どういうわけか収まってゆく。


「コエさん、こっちの肉もあっちの肉も全部とにかく焼いてくれ」


「はいマスター」


「……【技巧貸与スキル・レンダー】さん、ちょっと雰囲気変わったです?」


「これだけ肉を切って焼いてしていれば言動くらい変わる。しかし……美味いなこれは」


「脂の味が山の獣と違います、マスター」


 どうやらこの街は肉の質がよい。鳥獣どちらも新鮮かつ脂のノリが絶妙だ。そんな品が非常に安価に出回っていたので買えるだけ買ってきたが、肉汁したたる焼き肉が積み上げられては消えてゆく。

 その中でもよい焼き加減のものをめぐる争いも熾烈だ。


「あ、コエさん、それジェリのです」


「……?」


「迷いなく食べたですね」


「名前も書いておりませんでしたから……」


 里の者たちは食のことになると性格が変わると思うことが、たまにある。


 ともあれ、切って焼いて食べてを延々と繰り返して落ち着いたところで、俺はことの仔細を聞くべく少女に尋ねた。


「まずは改めて自己紹介だ。俺はマージ。マージ=シウ。狼人族の王を務めている。こっちのコエさんは俺の秘書みたいなものと思ってくれ」


狼人ウェアウルフの政務官アサギの娘で、シズク」


「ジェリはアンジェリーナです。錬金術士です。そしてこの家はジェリのです」


「コエ様、シズク様、ジェリ様……コエ様、シズク様、ジェリ様……コエ様、シズク様、ジェリ様……」


 ひとりひとりの名前を反芻し、少女は頭を下げた。挨拶で頭を下げる習慣は狼人ウェアウルフと同じ。森の時代の名残か。


「うち、アズラです。どうぞよろしく」


 栗色のくせ毛はドワーフの特徴だが、翡翠色の目はやや珍しいという。その目がくりくりと俺たちを順に見比べている。


「こんなによくしていただき、まことまこと」


「な、なんか独特の雰囲気があるね。聞いてたドワーフとちょっと違うというか」


「それで、だ。アズラ、君はどうして騎士団に捕まった? なぜ狼人族の里のことを知っている?」


「順をおいおい、説明したく」


「ああ、それでいい」


 この街に来た目的はアズラの救出だ。なぜか狼人族の里のことを知るドワーフの娘を騎士団から助け出し、調べるために俺たちはやってきた。


 アズラが何をどこまで知っているのか。なぜ知っているのか。それを確かめなくてはならない。


「まずこの街には、およそ、そうですね。二万三千人のドワーフが、暮らしておりまするが。そのうち一割ほどが」


「待ってくれ」


「待ちます」


「二万三千人?」


「地下の鉄鉱山と、西の石炭鉱山と、その他大小の鉱山と、すべて合わせてそのくらいかと」


 多い。予想を遥かに超えて多い。シズクが目をパチパチさせて言葉を失っている。


「シズクちゃん、狼の隠れ里って何人ですっけ」


「四十七、いや、この前生まれた子供で四十八人……」


「ざっと四八〇倍です」


「計算のお早い」


「で、でも森にいた頃より多いなんてことある!?」


 シズクの訴えも分からなくはないが、不自然というほどじゃない。


「シズク、狼人族はもともと主に狩猟で生きていたんだろう? そういう民は数が増えにくいんだ」


 畑を耕す農耕民族は、狩りを生業とする狩猟民族よりも数が増えやすいと読んだことがある。農業の方が安定して食料を得られるから……ではない。


 農耕民族が増えるのは、その方が有利だからだ。

 家族が多ければ多いほど、広い畑を耕して自分の家のものにできる。より豊かにより強くなれる。同じことを村単位、国単位、大陸単位で考えるから、結果として今の世界は農耕民族が席巻しているのである。


「ドワーフは鉱山を掘り鉄を売る種族。鉱山を広げていけばそれだけ豊かになる点では農耕に近い。鉱脈さえ大きければ数が増えてもおかしくないってことだ。……にしても二万三千人はどうなんだ」


「人と交易し、富が増すにつれて民も増えまして」


「ならどうして反攻しないんだ」


 単刀直入、シズクが焦れったそうに尋ねる。


 狼人ウェアウルフが里に隠れ続けたのは少ないからだ。打って出れば血が絶えるからと、あの狭い里で三代耐え忍んだ。

 もしも狼人族が二万人もいたなら、少なくともこうはなるまい。


「森でさんざ暴れまわったドワーフ族が、どうして騎士にいいように使われてるんだ」


「キルミージという騎士が、おりまして」


「……あの男か」


「あの人間、まこと厄介でして」


 紅麟騎士団団長、キルミージ。暗示のユニークスキルを持つ優男。ドワーフの自我を奪って人間のように生活させたり、恐怖の暗示を与えて戦力の駒としたりしているこの街の有力者だ。あれがドワーフを縛る枷となっているらしい。


 だから奴を倒してくれ……という話かと思いきや。

 アズラの話は、予想外の方向へと飛び出した。


「鉱山の地下にある、おそらく超S級のダンジョン『紅奢ぐしゃの黄金郷』。あの人間に知られる前に、消し去らねばなりませんで」


 聞き慣れない単語に思わず反芻した。


「超、S級ダンジョンか。穏やかじゃない話だが、アズラが狼人族の里を目指したのもそのためか」


「かつて森でともに暮らした狼人族。健在なれば助力を願えと、老人たちに言われて這い出した次第。さすれば我ら二万三千人、マージ様の膝下につきまして」

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