84.合流
エメスメス家は代々錬金術師。ならばその住処であるエメスメス邸が普通の屋敷であろうはずもない、とアンジェリーナは言い放つ。
「『人形要塞』。それがこの家の通称です」
「人形の、要塞」
「迎撃人形、『忠義なる青年』と『生まれ得ぬ嬰児』が起動済みのようです」
シズクたちの眼下では今も騎士とゴーレムとの戦いが続く。
石塀がゴーレムの姿をとって敵勢を押し留め、かろうじてすり抜けた騎士は地面から生えた腕に足を掴まれて転倒、全身を腕に絡め取られている。そのまま地獄にでも引きずり込まれていきそうな光景が広がっていた。
「うわ……」
「状況に合わせて『嬰児』から始まる大小十六種類のゴーレムが起動。自動で撃退する仕掛けです。あらゆる攻撃や災害に対応が可能で、それがこの家をぐるりと囲んでいるです」
「でも、ボクらは普通に入ってきたよね? どうやって敵味方を見分けてるの?」
「エメスメス家の人間が開けた門から入れば大丈夫です。まっすぐドアまで来る道は邪魔されない高性能です」
「なるほど、こっそり忍び込む泥棒にも対応できるんだ」
「です。門を開けっ放しにでもしてたら素通りですが」
「……なんと」
この時。自分たちはおそらく同じことに気づいたと、三人全員がそう思った。
「門?」
「門です」
「門ですか」
エメスメス家の者が開けた門を通ったならゴーレムに襲われない。つまり門が閉まっている限りは安全ということだ。
閉まっている限りは。
「門、壊したよね」
「です」
「その場合ですとどうなるのでしょうか?」
「方法はどうあれジェリが開けた門ですからね」
一斉に窓へと駆け寄って正門側を見やった。
敵は正門側にも押し寄せている。それなりの数が来れば、いや、そもそも突入しようという敵陣の門が開いているのだ。飛び込んでしまえば安全だと気づくのに時間はかからない。
まだ動ける騎士は壊れた門へと殺到し、すでに庭に侵入を開始していた。
その様子を眺めてアンジェリーナはうんうんと頷く。
「こんな時に言うべきことを、七代前のご先祖様が遺しているです」
「言うべきことって……呪文? 門を通ってきた相手にもゴーレムをけしかけられる符丁があるってこと?」
「『やっちまったぜ!』ですね」
「たしかにこういう時にこそ言うべきだよね、アンジェリーナのご先祖様は正しい。とりあえず下へ降りよう! 正面扉を塞いで迎撃準備を整える!」
「やっちまったから仕方ないです」
部屋を飛び出そうとするシズクとアンジェリーナ。それを、コエは静かに制止した。
「その必要はないようです」
「へ?」
直後、剣で鉄板を叩きつけたような甲高い音がした。続いて何かを引きずる、いや押し戻す音。正面扉前に飛来した黒い影が敵勢を押し留めていた。
「【阿修羅の六腕】、起動。ほら帰れ、もうすぐ晩飯だぞお家へ帰るんだ」
数十人を力ずくで押し返し、外へ。不可視の腕に阻まれた敵勢は何をされているかすら理解できていない。全員を壊れた門の外へ押し出し、門を塞ぐものを探した末、腕の主は落ちていた門を拾い上げて元の場所に突き刺した。
「夕食の準備をしましょうか」
◆◆◆
「コエさん、こっちの肉も焼いてくれ」
「はいマスター」
コエさんたちと合流して無事を確かめ、まずは夕食にしようと準備にかかってしばらく。
アンジェリーナたちの気配を追ってきて辿り着いた先、古く寂れた様子の館は襲撃に遭っていた。どうやら門を破られた――それにしては綺麗に外れていたが――らしく、敵勢が中へと雪崩込んでゆくところに鉢合わせた形だ。
「物陰にいてくれ」と言い含めてアズラを隠し、【空間跳躍】で敵勢の前へ。そのまま押し返して門を再建。敵が撤退して今に至る。
「コエさん、こっちの肉も焼いてくれ」
「はいマスター」
「恩義……恩義……」
「タレですね。やはり味つけは複雑怪奇であってこそです」
「塩だよね。肉はそれだけで旨いんだよ」
さて、ドワーフ族と戦った際、彼らは痛めつけられた体で、錆びきった斧で、しかし俺の頸を一刀両断にしてみせた。人間で同じ体格の人間がいてもああはいくまい。ドワーフの肉体そのものが人間とは異なるものであることがよく分かる瞬間だった。
「肉……」
つまり何が言いたいかと言うと、食べている。もりもりと食べている。
この小さな体には収まるはずのない量の肉が、どういうわけか収まってゆく。
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