83.人形要塞

 廊下の一角で立ち止まったアンジェリーナが、ぎぎ、ときしむドアを開くと、そこは小さな客間になっていた。ベッドにテーブル、椅子と簡素ながら最低限のものが揃っている。


「ここ、使ってもらっていいです。聞くところでは、女子が寝間着で集まったら化粧品や色恋沙汰の話をするものだとか。夜になったらやるです」


「あるんだ、そんな文化……それで、話してくれるの?」


 シズクが促すのは当然、ヴィタ・タマが故郷であることを黙っていた件について。アンジェリーナもそれは分かっているとばかりに話しだした。


「それを説明する上で、最初にお二人にお願いがあるです」


「お願い?」


「お二人に【技巧貸与スキル・レンダー】さんに嘘をついてくれとは言えないです。もし聞かれたら全て話してくれて構いません。でも聞かれるまでは、これから言うことを内緒にしてほしいです」


「それは、どういう」


「ジェリには、一一〇〇年分・・・・・・の記憶があるのです。といっても、ほとんどが研究に関することですが」


「せん……!?」


 アンジェリーナは一冊の古びた本を取り出した。

 革の表紙に刻まれた表題は、『スキル【煌輝千年樹センネンジュ】の概略と継承』。


「全てお話しするです。いつかきっと【技巧貸与スキル・レンダー】さんにも打ち明けるですが、先にお二人に」


………………。


…………。


……。


「……マスターにとって不利益なお話でないことは分かりました。口外しないことは構いません」


 全て聞き終えて、コエは先にそう返答した。


「ありがとうございます。コエさんがそう言ってくれるなら安心です」


「しかし疑問があります。そういった事情でしたら、マスターにお話になった方がよいのではないでしょうか。きっと協力してくださいます」


「ジェリもそう思うです。【技巧貸与スキル・レンダー】さん、目つきが悪いだけでなんだかんだ優しいですから」


「でしたら」


 でも、と。アンジェリーナは姿勢を正してコエに向き直る。


「絶対ですか?」


「絶対、といいますと?」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんが面倒に思ったり、ジェリのことを嫌ったりしてジェリを追い出す。そうならないと、絶対に、天地にかけて言えますか」


「それは……」


「脅すような言い方で申し訳ないです。そんな可能性が低いことはジェリも分かってて、でも、それくらいジェリにとっては大切なことなんです。ジェリはあの人に絶対に嫌われたくないんです」


「……分かりました。私は構いません」


「シズクちゃんは?」


 アンジェリーナの問いかけに、シズクはなんのこともなく頷いた。


「言われるまでもなく、ボクらは他人に他人のことなんていちいちしゃべらない。陰口は狼人ウェアウルフのやることじゃない」


 コエとシズクの同意を得て、アンジェリーナはふうと息をついて椅子に腰掛けた。


「助かるです。何しろジェリは内気で口下手なので、もしも三人から問い詰められたら言い逃れできません。お二人が根掘り葉掘り聞いてくれないなら大助かりです」


「内気で口下手?」


「コエさん、さらっと真顔で聞き返すのはやめるです」


「ボクはいろいろ整理しきれてないけど……とりあえず敵襲に備えよう。こうしている間にも騎士団が迫ってるかもしれない」


 腰を上げたシズクに、アンジェリーナは何のこともなく言った。


「あ、もう来てるですよ?」


「……は!?」


「来てるです敵襲。今、正門前と西側ですね」


 慌ててシズクがカーテンを開くと、窓の外は戦場と化していた。通りを埋め尽くすばかりに押し寄せるのは赤鎧のおそらくは下級騎士に、差し向けられたと見える暴徒の群れ。そしてもう一方は『石塀』。


「石塀が戦ってる……」


「ジェリがなんでお二人をここに連れてきたと思うです? バレなくていいことまでバレるのに。ちっちゃい頃に書いた日記とか置いてあるのに」


「……なぜでしょうか?」


「【技巧貸与スキル・レンダー】さんにお二人を任せると言われた以上、何がバレても一番硬いところで守るべきと思ったからここにいるです」


 エメスメス家は代々錬金術師。ならばその住処であるエメスメス邸が普通の屋敷であろうはずもない、とアンジェリーナは言い放つ。


「『人形要塞』。それがこの家の通称です」

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