82.その頃、三人娘
「焼き、肉……」
「ちょっと想像と違ったが、食欲があるのはいいことだ」
「肉……」
思ったよりは大丈夫そうだったので、すぐに枷を外して地上へと跳んだ。
出たのは屯所の裏手、見張りや人気のない通りの死角。このまま焼き肉屋に駆け込むことも考えたが……まずは三人と合流せねばと考えて足を通りに向けた。客をとらせるために最低限の身支度をさせていたというソドムたちの言葉通り、表を歩けないほど目立ちはしないのが幸いした。
「それで、君の名前は?」
「アズラ。ドワーフ族」
迷わず答えてくれた。いくらかの信用は得たと判断して話を進める。
「アズラ、これから俺の仲間のところに向かうから、一緒についてきてくれ。……こっちだ」
スキルでコエさんたちの気配を見つけてひとまず安心する。さほど距離は遠くないとみて、街の中心と下町を結ぶ大通りへ。途中で右に折れると細い路地に入った。
何度か道を違えながらも気配をたどった先、古い住宅街の一角に、やがて庭に大きな
どうやらあそこで三人が待っている、ようなのだが。
「……剣戟?」
戦う音がする。とはいえ助けたばかりの少女はまだ走れないと思い、歩調を合わせて向かうと、到着したところでちょうど音がやんだ。
◆◆◆
――さかのぼること、約半刻。
騎士団を追うマージを見送った――スキル【潜影無為】の効果で見えはしないが――コエたちは、ひとまず拠点となる場所を探していた。
「宿屋はダメだね。何かあった時に騒ぎが大きくなるのはキヌイで実感した」
「しかし、私たちはヴィタ・タマの勝手を知りません。宿屋以外に滞在できる場所があるでしょうか」
「でも、騎士団は襲って来るですよ。騎士じゃなくても誰かが来ます」
そう断言するアンジェリーナにシズクも頷く。
「マージを罠に嵌めたら、次はボクらだ」
シズクは耳を立てながらぐるりと回りを見渡す。人通りが多く絞りきれないが、この中にきっと騎士団の見張りがいるはず。
こちらが油断すれば首を取りに来る。そう言ってシズクは声を潜めた。
「人目が多ければ尻込みする、なんて殊勝な連中じゃない。だから安全で人気の少ない場所を……」
「なのでこっちです」
「なんと」
すたすたと歩き出したアンジェリーナにコエとシズクが続く。
大通りを北進し、途中で折れて路地に入る。入り組んだ小道を慣れた足取りで抜けた先。やや古びた家々が並ぶ住宅街にそれはあった。コエの素直な感想はといえば。
「お屋敷ですね」
言葉通り、『屋敷』と聞いて誰もが思い浮かべる大きめの邸宅が建っていた。
変わった特徴を挙げるなら、まずは庭の半分以上を占める
残りの庭には花壇らしきものが広がってはいる。ただ一切の手入れはされていないようで枯れ草と低木が生い茂り、殺風景な赤に冬咲きの赤い花がわずかばかりの彩りを添えていた。少なくともここ数年内に人が暮らしていた様子はない。
「ここを使うです。広さは十分ですし、周りもしけてるから騒ぎも広がりにくいはずです。地下室もありますから万一のときは籠城だってできます。兵糧は二つ向こうの通りにあるパン屋さんで買うです」
「いや、空き家だからって勝手に使っていいの? それになんでこんな都合のいい家を知ってるのかが気になるんだけど……」
「空き家じゃないです」
至極当然なシズクの疑問を半分受け流しつつ、アンジェリーナは門に手をかけた。サビつきツタが絡みついた鉄門がギギ、と重い音を立てて引っかかる。
「あれ、開かない。ふんぬぬぬ……!」
「お手伝いしましょうか」
「いえコエさん、ここはジェリがさっと門を開けて衝撃の事実を言い放つ場面ですので……!」
「衝撃の……?」
「完全に錆びてるから、アンジェリーナの腕力じゃどうやっても開かないと思うよ。ほら、ボクも押すから」
シズクが手を添えると、引っかかっていたサビの塊が外れて門が動き出す。同時に傷みきった蝶番がバキ、と不吉な音を立てた。
「あ」
かくして、アンジェリーナは門ごと庭に倒れ込んだ。
「うちの門……」
「その、ごめん。あとでボクが直して……うちの?」
「あ」
やらかした、とアンジェリーナの額に一筋の汗が流れる。
しかし切り替えの早さは美徳とばかりに立ち上がると、神妙な顔を作ったアンジェリーナはコエとシズクを手招きした。
「なんと、ここがジェリの生家です。ようこそ、エメスメス邸へ」
「アンジェリーナってヴィタ・タマ出身だったの?」
「です」
「お邪魔します、でよろしいのでしょうか」
エメスメス家の屋敷は外側こそ荒れ果てていたが、内部はそれなりに整っていた。貴重な資材や機材があるためだと語りながらアンジェリーナは廊下を進む。小さい部屋が多い作りのようで、シズクは十部屋まで数えてやめた。
「アンジェリーナの家族は……?」
「いないです。研究のために出かけてそれっきりです」
「研究、というと?」
「ジェリの両親も、いえ、祖父母もその前もそのまた前もですが、みんな錬金術師で研究者でした。二人はここでダンジョンの研究をしてたです。錬金術師はだいたい秘密主義なので、詳しいことはジェリも教えてもらってないですが」
「それはなんとなく想像できるけど……。どうしてついてくる時には言わなかったの?」
「です?」
小首をかしげるアンジェリーナに、シズクは訝しげに尋ねる。
「学術的興味、とか言ってたから。素直に故郷だから案内すると言えばよかったのに」
「秘密主義だからです」
「なるほど」
「冗談です」
廊下の一角で立ち止まり、ぎぎ、ときしむドアを開くと、そこは小さな客間になっていた。ベッドにテーブル、椅子と簡素ながら最低限のものが揃っている。
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