81.焼き肉
「せ、『宣言する』! 貴様らは我らにひざまず」
ソドムの言葉が最後まで聞き取れなかったのは、俺がドアを閉めたせいじゃないと思う。なぜならその後の悲鳴はドアごしにもしっかりと聞こえたから。
「地下三階、か。ダンジョンなら序盤も序盤だけど、地下室でこれは改めて広いな」
階段を二度降り、地下三階へ。鉱山へと通じる地下牢区域というから相応に不潔な空間を想像していたが……むしろ地下二階とともに状態は良い。
さらに先にある地下四階は、かつてダンジョンで血と泥にまみれた床を舐めさせられていた頃を思い出す、そんな臭いが漂っていたが。
「『客』を連れ込むための階層がここまで、ってところか。あとは非常時の備えだろうな」
戦争などで街の重要人物を逃がす際、おそらくは隠し通路として機能するのだろう。この屯所があるのは街の中心近く。地下を通って入り組んだ鉱山へ逃げ込めるのは大きな利点だ。
「で、『逆向き』に対しては防波堤になる、と」
言ってみて、合理的すぎて納得できることに自分で呆れる。
万が一にも鉱山のドワーフたちが暴動を起こした時にはどうなるか。便利な輸送路だった地下道は、街の中心部へ直結する侵攻路へと変貌する。それを水際で食い止めるための戦場として地下四階以下はあるのだろう。
もっとも、もしもこの街にいた亜人が
坑道掘りを得意とするドワーフ族を手中に収めたからこその地下空間だ。キルミージがドワーフをあくまで生かして使っているのは、奴の理念である以上に有用だからなのだろう。
「……ここだ」
めぼしい扉を見つけて切り刻む。
中には栗色くせ毛の少女がひとり鉄のベッドに寝かされ、手足を枷で固定されていた。粗末な衣服から見える手足は白く細く、長く日光を浴びていないことが見て取れる。痛々しい縄と傷の跡は白鳳騎士団の尋問によるものか。
「……誰?」
少女はちらとこちらに視線を向けるだけで言葉は少ない。長い監禁で憔悴し、体力も弱っていることだろう。何より心が擦り切れているかもしれない。
ならば最初に伝えるべき情報は、俺が誰の代表として来たかということ。
「狼人族の王、マージ=シウ。俺自身は人間だけどな」
「……!」
「この宝玉について聞いたことは?」
服の中に隠していた妃石のペンダントを見せる。少なくとも狼人族を知っていたなら、その王の証についても伝え聞いているかもしれない、そう思ったが。
「本物の、証拠は……?」
「無い。シズクを連れてくれば……いや、どちらにしろか」
宝石ひとつ見せたくらいで信用を得るのは難しい。
扉を切り刻んで入ってきたことで、どうやら敵か味方かで揺れているらしい気配は感じるが……。
「……?」
ふと、少女の目が俺の腰をじっと見つめる。その視線がやや左に移るや、翡翠色の瞳が小さく見開かれた。
「玉と、刀……!」
「……ああ、そうか」
俺も自分の腰に提げられた重みを思い出す。なぜ忘れていたのだろう。
刀を抜き放ち、その刃紋をわずかな光にかざしてみせた。
「その昔、ドワーフが作った刀剣だと聞いている」
「狼人族が、健在……?」
「そうだ。借り物だけどな」
宝玉と違い、刀は奪われそうになったらへし折るということができる。少なくとも狼人族ならそうするだろう。刀がここにあること。それが狼人族が今も存続し、俺を王に戴いていることの何よりの証拠になる。
それを理解してか、少女の目に少しばかりの力がみなぎった。
「……あの」
「ああ、今すぐ枷を外してやる。治癒スキルもあるから……」
「……く」
よく聞き取れなかった。疲労のせいか表情も薄くて読みづらいが、く? 「早く」か「仲間をよろしく」か、その辺りだろうか。
「焼き肉……」
「焼き肉」
焼き肉。すなわち焼いた肉。より正確には鳥獣の肉や内臓にタレ、塩などをつけて直火で焼きながら食べる料理。
考えてみればかなり長い監禁生活だ。食事だって粗末なものだったことは想像に難くない。よほど腹が減っているのかという俺の思考を読んでか、少女はこくりと頷いた。
「恥を、しのび……」
「ちょっと想像と違ったが、食欲があるのはいいことだ」
「肉……」
思ったよりは大丈夫そうだったので、すぐに枷を外して地上へと跳んだ。
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