80.命乞い

「て、鉄のベッドがひとつあるだけの部屋だ。手足を固定する枷がついていて、そこに……」


「…………。」


「ああ、衛生状態なら心配しなくていい! まだ来たばかりだし、それに一部の成金が来るからそれなりの身支度を……」


「来たのか」


「え、いや、来たは来たんだが、その、何もできなかったというか……」


 妙に歯切れが悪い。何もできなかったというのは一体どういうことだろう。その状態で抵抗できるとも思えないが、何かしらのスキルだろうか。


「とにかく二階下、地下三階だな。地上は二階建てなのに地下は……ずいぶんと広いな。それになんだ、この蟻の巣じみた複雑さは」


 感知スキルで走査してみて驚いた。軽く探った程度では全体が見えてこない。下手すると狼の隠れ里よりも広いかもしれない。


 ソドムの止血をするゴモラに尋ねると、何を焦ったか目をつぶって答えが帰ってきた。


「こ、鉱山と繋がってるんだ。鉱山のドワーフを直接連れてこられるように」


「……そうして連れてきたドワーフを痛みと暗示で支配して、戦力にするなり自我を奪って街に住まわせたりしているわけか。……キルミージはなぜそんなことを?」


「いくら亜人でも殺すなんて野蛮だからやめろ、と団長が……。お、俺たちもそれしか聞かされてない。本当だ!」


「殺すのは野蛮だからと、やることがこれか。奪う側の理屈が身勝手なのはどこも同じだな」


 全てを差し出すなら生かしてやる、とでも言いたげだ。全てとは財産や土地だけじゃない。ここのドワーフたちは文化も生活も、人格さえも奪われている。これを生きていると言ってよいのか。


 生きていればそれでいいだとか。命あっての物種だとか。その手の言葉は世間にいくらでもあって、往々にして弱者に向けて投げかけられる。俺やシズクは否定してきたが……。


 ある意味で、『命あっての物種』の究極形がこの街なのかもしれない。


「人間じゃないから殺すのが白鳳騎士団、人間じゃないからどんな方法を使っても人間にするのが紅麟騎士団。そんなところか」


「白鳳騎士団のような野蛮な者どもと我々は違うのだ!」


「ああ、そうかい」


 もう少し詳しく知りたいことはあるが時間もない。ソドムとゴモラもそこまで多くを知らされていそうにないし、そろそろ先に進むとしよう。


「そ、それでだなマージ=シウ。ドワーフの娘なぞ救出してどうする気だ? 慈善事業のために自分の民を放置し、無意味に食い扶持を減らす王など……」


「里の水車や機織り機にガタが来ててな。いい機会だから腕の立つ技師が欲しくてドワーフを連れ出しに来た」


「あ、そ、そうか……」


「じゃあ俺はもう行くが、いいのか?」


「何がだ?」


 俺が右を指差す。ゴモラと、右腕の止血が済んでようやく落ち着いたらしいソドムが視線を移すと、そこには当然といえば当然の光景。


「助けてくれ」「目を潰さないでくれ」「腕がまだ痛むようだ」「嫌だ、嫌だ」「もうたくさんだ」「誰でもいい」「解き放ってくれ」


 二十一人のドワーフたちが武器を構えたまま、ソドムたちへじわり、じわりと迫っていた。


「かけた暗示は『マージの頸を切れないと自分や妻子の右目が潰れる』『マージの生命が終わるまで、足を止めることがない』だったな。俺の生命はまだ続いてるわけだが……。足を止めずに何をするんだろうな」


「あ……!」


 もとより無理矢理に従わされていた者たちだ。妻子を人質にとられ、背後を弩弓に狙われては前進するよりほかになかったのだろうが……。今やその縛りはない。


「ドワーフたち、ここは鉱山に直結しているそうだ。終わったら下へ向かえば隠れる場所くらいあるだろう。それと……武器は足りているか? 錆びた斧じゃ心もとないだろう」


「で、でもあんたは素手じゃないか」


「【技巧貸与スキル・レンダー】、起動。順に名前を言ってみろ」




【債務者:チュナル 貸与スキル:斬撃強化】

【債務者:アフメト 貸与スキル:腕力強化】

【債務者:バリス 貸与スキル:鷹の目】

【債務者:ファティ 貸与スキル:脚力強化】

【債務者:ブニャミン 貸与スキル:疲労耐性】

【債務者:ハリト 貸与スキル:投剣の心得】

【債務者:デニス  貸与スキル:刹那の閃き】

【債務者:バリス 貸与スキル:応急治療】


…………

……



「これは……!」


 手持ちから当面の役に立ちそうなコモンスキルを【1000】ずつ十日限定で貸し与える。もともと強靭なドワーフであれば、これだけでも大きな武器になるだろう。


 二十一人が小さく頷く。騎士たちに錆びた斧を振り上げたドワーフたちは、早口につぶやきだした。


「目が潰れるのは痛い」「舌を抜かれるのは苦しい」「指を一本ずつ折られるのは頭がおかしくなりそうだ」「その前に爪を剥がされるなんて」「耳に鉄串を差し込まれる時のおぞましさは」「腸を結ばれて」「鼻骨を砕く音は」「自分の睾丸の色なんて知りたくない」


 武器を振るう時は命乞いをするという縛りは生きている。脅迫にしか聞こえないが、なるほど、命乞いのセリフは『する側』が口にすればこうなるらしい。

 どうあれ、これで。


「涙を流し、命乞いしながらお前らを解体するドワーフたちの完成だ」


「か、解除! 解除だ!! 『解き放たれよ、其は夢幻に過ぎぬ』!」


 その言葉が符丁になっているらしい。ドワーフたちの動きがピタリと止まり、ソドムとゴモラは胸をなでおろす。


 それを見届けて部屋を後にしながら、俺は去り際にひとつ教えておいた。 


「暗示を解けば、強制的に足を進まされることはないだろうが……。彼らはお前らに大きな借りがあるんだろう? 進まないかどうかは、また別の問題じゃないか?」


「あ……!」


「借りたら返す。当たり前だ」


「せ、『宣言する』! 貴様らは我らにひざまず」


 ソドムの言葉が最後まで聞き取れなかったのは、俺がドアを閉めたせいじゃないと思う。その後の悲鳴はドアごしにもしっかりと聞こえたから。

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